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2017年5月18日木曜日

LOCUST 「You'll Be Safe Forever」


SEEFEELを外からそっと見守る男:マーク・ヴァン・ホーエンのソロユニット、2013年作五枚目。
PITAことピーター・レーバーグが運営するオーストリアの名門:Editions Megoからのリリースで、装丁はレーバーグのKTLでの相棒:ステファン・オマリー

M-01 Fall For Me
M-02 I Hear A Quiet Voice
M-03 Strobes
M-04 The Worn Gift
M-05 Just Want You
M-06 Remember
M-07 Oh Yeah
M-08 Do Not Fear
M-09 More Like Prayer Than Science
M-10 The Washer Woman
M-11 The Flower Lady
M-12 Subie
M-13 Corporal Genesis



2017年3月28日火曜日

FORD & LOPATIN 「Channel Pressure」


時代の寵児になれるか!? ONEOHTRIX POINT NEVERの名義で著名なダニエル・ロパーティンが、胡散臭い臭いのぷんぷんするジョエル・フォード(小学六年生以来の旧友らしい)と組んだ、2011年発表の初アルバム。
Mexican Summer傘下、ロパーティン所有のSoftwareより。ミキサーにはアトランタのイッチョカミ野郎:スコット・ヘレンを迎えている。

音楽性を一言で表したいのなら『シンセポップ』。もう一言加えたければ『ニューウェーヴの香りがする』とでも。
無論、そんな通り一遍なヒトコトで済ませられるほど平易な音楽性をしていない。全くもって困った奴らだ。

表面上は、総じて甘い声質なフォードを含めた三名のヴォーカル(と、二名のヴォイス)と、二機のシンセを軸に据えたポップミュージックの体裁を執っている。
それっぽさが出るよう、声に軽くエフェクターを掛けたり、シンセの音色を80年代風のディスコっぽさ重視で選択したり。曲によってはゲストヴォーカルの一人が弾くギターを有効活用したり。ビートはゲストドラマーを呼んだり、フォードがシンプルに打ち込んだり。
そうやって灰汁は丹念に掬い、表面をつやつやに磨き上げ、音に辻褄を合わせてはいるが、彼らの本質は見事に隠蔽されている。
後ろ暗い者は表を見栄えが良いように飾り立てるものだ。

そもそもポップミュージックなら、音像のど真ん中にヴォーカルをでーんと鎮座させ、聴き手の耳が周りの副音に感けないよう誘引するだろう。
だが彼らの用いるヴォーカルという大正義主音は、ハナからぶれている。例えば、やや右チャンネル中央から左チャンネル中央へと揺すったり。歌のワンフレーズどころか一単語単位で切り刻んで、一音毎に左右チャンネルへと刷り込んだり。フレーズをサンプル化してコーラスのようにぺたぺた貼り付けたり。エフェクトを掛けて模擬シンセ音として潰したり。
コレが主音か!? というくらい酷使する。
そうやって主音への集中力を奪ったところで、シンセで生成した派手な副音をこれまた左右チャンネルに瞬かせる。それはもう多種多様な物量を手練手管で。一方、背景に淡く塗った長音をエフェクトでねじ切る不快な工作も人知れず行う。
それなのにビートの刻みはタメずズラさず、一切奇を衒わない。シンセポップの型枠を堅持するためか、聴き手にこれ以上耳移りさせないようするためか。とはいえ、稀にビート系音色を左右に振り、副音のような扱いもするが。

もうこれは聴き手の音的快楽中枢を掌握する、洗脳行為ではなかろうか。
けど上辺の耳触りの良さのお蔭で心身への実害は一切ないし、聴き手は好きに溺れるが良かろう。
各曲をコンパクトにまとめ、ランタイムを三十七分程度に抑えたのは悪意なのか、それとも良心からだろうか……? (深い意味はなさげなんだけど)

M-01 Scumsoft
M-02 Channel Pressure
M-03 Emergency Room
M-04 Rock Center Paronoia
M-05 Too Much MIDI (Please Forgive Me)
M-06 New Planet
M-07 The Voices
M-08 Joey Rogers
M-09 Dead Jammer
M-10 Break Inside
M-11 Surrender
M-12 Green Fields
M-13 World Of Regret
M-14 G's Dream


2017年2月28日火曜日

CLARK 「The Last Panthers」


同名のイギリス犯罪TVドラマ(放映開始は2015年11月。日本未放送)の劇伴を、Warpの映画部門・Warp Films絡みであのクリストファー・ステファン・クラークが担当。2016年3月にサントラとして発表したブツ。
ちなみにオープニング曲はデイヴィッド・ボウイ(遺作……)。エンディング曲はLeaf Label所属のROLL THE DICE。(いづれも当作品には未収録)

いびつでカッコイイビートを組める才にも定評があるCLARKだが、そこはオールラウンダーの彼、サントラを意識して全編ノンビートのアンビエント作品に仕上げてきた。
そもそもアンビエント曲は彼にとって、いつもオリジナルアルバム末尾(や日本のみのボートラ)に添えてきた守備範囲内の手法。あとは他ミュージシャン曲のリミックスでいつも無茶苦茶演るような、持ち前の傍若無人さがこの大事な局面で鎌首を擡げないか心配ではあったが――

まるで問題なかった。(ニッコリ

彼の近作で見られた幽玄かつ奥行きの広い音像の中、シンセやエレピを主音に用いた静謐かつ荘厳な雰囲気で、なおかつ2・3分とコンパクトにまとめる、といった劇伴のセオリーに忠実な創りで非常に好感が持てる。残念ながらドラマは未見だが、これならどんなシリアスな映像にも合いそうだ。
彼も大人になったなあ……と感慨深くなった。
ただ、アンビエントは音数を切り詰める作風ゆえにビッグネーム以外は個性が発揮しにくいジャンルなのだが、それも問題なし。各曲のそこかしこに彼が如何にも用いそうな音色が散りばめられており、打ち込み系音楽ファンに目隠しテストしてもCLARK謹製の音楽と回答するはずだ。
逆に一聴で分かる個性を有した彼に、大きくなったなあ……と感慨深くなった。

総評すれば、らしくはないし番外編なれどCLARKはCLARKだった、と。

で、実際のドラマはFoxチャンネルとかAXNとかで日本放映しないの? トレイラーを見る限り、面白そうなんだけど。
放映されない限り、本作もBeat Recordsから日本盤発売されなそうなんだけど。

M-01 Back To Belgrade
M-02 Hiero-Bosch For Khalil
M-03 Diamonds Aren't Forever
M-04 Panthers Bass Plock
M-05 Chloroform Sauna
M-06 Serbian Daffodil
M-07 Naomi Pleen
M-08 Open Foe
M-09 Strangled To Death In A Public Toilet
M-10 Cryogenic
M-11 Brother Killer
M-12 Omni Vignette
M-13 Actual Jewels
M-14 Dead Eyes For Zvlatko / Heaven Theme
M-15 Diamonds Aren't Forever II
M-16 Upward Evaporation
M-17 Hide On The Treads 1
M-18 Hide On The Treads 2
M-19 Hide On The Treads 3


2017年2月24日金曜日

THE INTERNAL TULIPS 「Mislead Into A Field By A Deformed Deer」


LEXAUNCULPTのアレックス・グレアムと、MEDICINEを仕切っているブラッド・レイナーが組んだカリフォルニア産ユニットの一枚目、2010年作。
〝コーンウォールのガリ勉野郎〟マイク・パラディナスのPlanet Muより。

クレジットを読む限り、打ち込み畑のグレアムが機械や鍵盤系担当。バンド畑のレイナーがギター・ドラム・ベースのような基本楽器と歌担当。非常に分かりやすいパートナーシップを築いている。
さてこんな二人から出て来た音は……Planet Mu産だからして、高速ブレイクビーツと電子音の上モノが荒れ狂う如何にもなアレ? それとも同レーベルが近年ひたすら青田刈りしている、最新鋭のクラブミュージックからの影響が強いスカスカペナペナダンサブルな感じ?
いやいや、アラ50のオッサンどもがそんなん演りたいと思う?

作中に通底するは、ふわふわゆったりとしたノンビート、もしくは3/4拍子の曲調。ピアノを要所で用いつつ、なよっとして感傷的なメインヴォーカルよりも脇で引き立つ甘い多重コーラスの方に焦点を当てるような、わざとらしいポップセンス。音割れやグリッチなど気にせず、様々な個所で生活音やブリープ音を織り込む作為的なテクスチャ――
これはもう、一昔の(今も!?)ミュージシャンが唸るほど金を得た時にするコトを黒い皿上で表現した、イギリス代表のコレとかアメリカ代表のアレ――そうそう、上っ面はイイ子ちゃんしているけど裏はー? みたいな、大衆音楽の湖底に堆積した汚泥からの影響が強い、現代のサイケミュージックだ。
そんな紙片ではなく角砂糖にイケナイ溶液を染み込ませた妖しい怪しい本作は淡々と進み、陽気だがそこはかとなく空しく聴こえるカントリー風のM-11から一転、病室を思わせるM-12で心電図がフラットラインして終劇した刹那、本編では殆ど扱われずじまいの生ドラムによるぱたぱたしたビートが敷かれたスタッフロールっぽいM-13で幕を下ろす。
『貴方のハートには、何が残りましたか?』と言わんばかりに。

シュールなのだろうか。メランコリックなのだろうか。シネマティックなのだろうか。だが思ったより投げっ放しではなく、じめじめもしておらず、思った以上に情景が脳内で浮かび上がる音楽をしている。
聴き手を選びそうなのに、ちゃんと万人に向けて大きく両手を広げている懐の深さが魅力の本作、コンセプトアルバムらしい。

M-01 1/2 Retarded Tuner Of Hurricanes
M-02 Bee Calmed
M-03 9 Tomorrows
M-04 Arlie
M-05 Dead Arm Blues #B510
M-06 Talking Hoshizaki Blues
M-07 Mr. Baby
M-08 Songbird
M-09 Parasol
M-10 Fixed Confidence
M-11 Long Thin Heart
M-12 Invalid Terrace
M-13 We Breathe


2016年7月2日土曜日

HELIOS 「Yume」


ペンシルヴァニアのエモエモなメガネっ子:キース・ケニフの当名義四枚目は2015年作。
ジャケ絵はコレとかコレ描いてるマシュー・ウッドソン(メガネ)

いつも通りなんで特に書くコトないのを何とか。
ピアノやアコギを主音に立て、背後に長音のシンセを垂れ籠め、おそらく自ら叩いているだろうドラムパターンをループさせて底に敷く。
メロディは最重要視で。低音はあまり取らない。各音色を微かにくぐもらせて生々しく。
ビートは落ち着いた鳴りで、歯切れ良く。その一方でアンビエントも能くする。
だいたいこんな感じ、いつも。

相変わらず隙がない。

だからこういう手堅い作品はリピート率が非常に高いと常日頃書いている。
多少感傷的(エモい)だが、負の要素はほぼないため聴いて気分が落ちることはない。日々の暮らしのほんの一匙分おセンチになりたいのなら、これ以上の処方箋はない。
そうじゃなくても、音楽として完成度が(毎作毎作常に)高く、奇を衒った部分がかけらもないため、聴いていて邪魔にならない。
ならば聴かない理由もない。
だから逆にこの界隈の一番星になれないのかもなあ。いわゆる〝地味過ぎて〟。
となるとイチゲンさんを取り込みにくい立ち位置に居るのかもなあ。筆者はこの手の音楽の入り口としてまず彼を薦めたいのに。

なお本作で、この名義としては初めてゲストプレイヤーを迎えた。
M-03と06でそれぞれチェロとヴィオラ奏者。(トラックに溶け込み過ぎてて気付かんかった)
また、原盤技師は某白髪のオッサンと仲良しなテイラー・デュプリー

M-01 Every Passing Hour
M-02 It Was Warmer Then
M-03 Sonora Lac
M-04 Pearls
M-05 Yume
M-06 Skies Minus
M-07 The Root
M-08 Again
M-09 Sing the Same Song Twice
M-10 Embrace
M-11 You The Rose (Bonus Track For Japan)


2015年7月20日月曜日

FOUR TET 「Morning / Evening」


〝音色の魔術師〟キエラン・ヘブデンの七枚目は2015年作。
アナログ、ファイル配信は自己レーベルText Records。US盤CDはFRIDGEの過去作でお世話になっているTemporary Residence Limited

ご覧の通り、約二十分の長尺二トラックをA/B面に割り振った剛毅なアルバム。
当然、アナログの良音質を保つランタイム(片面二十分弱)でまとめられ、ヒスノイズやチリチリノイズも気にせず録られ、ボトムに速めの四つ打ちが敷かれ、紙ジャケ仕様(今回は口が外開きなのでディスクが取り出しやすいぜ!)を施した、現場志向の強い前作の流れを汲む仕上がりとなっている。
が、その精神性と当作品における本質はやや異なっているように思える。

出だし爽やか。まるで晴れの日の朝のよう。
ぽそぽそっと拍を刻むビートに、インドかタイ風の節回しが強烈なインパクトを与える女声歌ネタが、寝起きのぼやけた視界を飛蚊のように舞う。その裏で柔らかいシンセ音がまどろみのように鼓膜を喜ばせ、ベース音代わりのドローン音色がシーツのようにまとわりつく。
ここら辺で聴き手も首を傾げだすことだろう。
ひたすらループする主音の歌ネタは、前作のただサンプラーのキーパッドを押しましたと言わんばかりの稚拙な用い方ではなく、エコーをかけたり、被せてコーラスのように絡めたり、リバーブをかけて歪ませたり、左耳から右耳へ通したり、ピッチを上げ下げして声のトーンを高くしたり低くしたりと、それはもう(朝なのに)白昼夢のような甘い甘い音色に仕立て上げている。
その上、たゆたうような各種シンセ音も緻密に織り上げ、さり気なく装飾音をあちらこちらに散りばめ、浮遊感をかさ増ししている。

えっと、クラブノリじゃ……ないよね?

さて、M-01後半から跨いでM-02前半はほぼアンビエント状態。二度寝したのかな? と思わせるよなチルアウトパート。ほぼノンビートで、覚醒的なシンセ使いや女性のコーラスとハミングが優しく添い寝する様は文字通り夢見心地。
そこからじわじわとビートが復活。午後は夜型民族(と書いてパーリーピーポー)、目覚めの時。M-01でのような弱い打ち方ではなく、パワフルなスネアと歯切れの良過ぎるハイハットがミニマルに、しかもやや遠巻きに鳴り続ける。
――さあ今日もクラブが呼んでるぜ! と言わんばかりに。
アルバムはそんな推量を聴き手に抱かせつつ、幕を閉じる。
――後は俺が回すクラブに遊びに来てくれ、と言わんばかりに。

つまり、皿と箱は別物だと気付い(てくれ)た模様。
やったね。

M-01 Morning Side
M-02 Evening Side

Hostessから今回も日本盤出ているけど……ステッカー、要る?


2015年7月16日木曜日

JAMIE LIDELL 「Jamie Lidell」


Warpのファンキーソウル兄貴、2013年作の五枚目。

前作ではゲストを多数迎えて拡散志向を打ち出した訳だが、今回は焦点を絞っている。
早くも断言してしまうが、彼の脳内で思い描く音世界は完成したのだから。
自身のクセのある超個性を前面に打ち出し、卓を駆使したにもかかわらず暑苦しさ熱量も情感も伝わる変態濃厚ファンクがアルバム全編で繰り広げられている。
そろそろ世界は、このエキセントリックでスタイリッシュでホットでカリスマティックなジーニアスの存在に気付いた方が良い。
そのくらい彼がネクストレヴェルに達した作品だろうと思う。

さて、本作最大の長所だが、彼自身の声が類稀なるキャラクター性を有していることを自覚して創っている点にある。
低音に渋みがあり、中音に張りがあり、高音に艶がある。全体的にアクがある。
本作はそんなオールラウンドシンガーな彼がオーヴァーダブを駆使して全ての歌を担当している。もうこれだけでおなかいっぱい彼のカリスマ性が存分に感じられようもの。
曲後半で〝俺Featuring俺With俺コーラス隊〟な熱い暑い掛け合いが左右チャンネルに分かれて繰り広げられる、大興奮のM-02。タメの利いた装飾過多なトラックへ向けて、多重俺コーラスが更に覆い被さるM-03。モジュレイターを玩具に、人を食ったようなやさぐれヴォイスで酔っ払い感丸出しのM-06。プリ様リスペクトなねちっこいトラックにも関わらず、第一声で兄貴が来たと思わざるを得なくなるM-08など――今までの彼の音楽性よりも、巧く彼のキャラクター〝声〟を利用したトラックが耳を惹く。
創造に大切な、第三の眼で己を見られている。

俺がトラックを組んで、俺が歌って、俺が編集しているのだから俺じゃない訳がない! と胸を張って言い切れるソロ音楽クリエイターが世界に何人居るのか。当たり前のコトじゃないかと反論されるかも知れないが、虚空を見上げ思い浮かべてみて欲しい。果たして何本指が折れるだろうか。
筆者は三本目くらいで彼の名をコールすることだろう。
『タイトルを付けるのは好きじゃないだけなんだけど、コレが俺の初作品と言って良いから』と語るくらいセルフタイトルがぴったりの作品。まだまだ上がるぞ。

M-01 I'm Selfish
M-02 Big Love
M-03 What A Shame
M-04 Do Yourself A Faver
M-05 You Naked
M-06 Why_Ya_Why
M-07 Blaming Something
M-08 You Know My Name
M-09 So Cold
M-10 Don't You Love Me
M-11 In Your Mind
M-12 I'll Come Running (Bonus Track For Japan)

ボートラM-12はちゃんとトラックになってるものの、あってもなくても。


2015年6月30日火曜日

SOONER 「Scale Of Rime」


ウェブデザイン会社を経営する可児瑞起、CAELUMの塚原幸太郎からなるニカユニット。2009年作。
ジャケは無論、可児が手掛けている。

ユニットの主導権は一日の長がある塚原が握っているのかと思いきや、彼の役割は主に音色の提供(M-13の『はい向かってー、右!』という声ネタループは塚原の肉声かも知れない)。テクスチャを組んでいるのは可児なので、CAELUMとはまた違った感覚が味わえる。同時に、テクスチャ作業が地味にトラックの彩を左右しているのが良く分かる。

塚原らしい可憐で美しい上モノが楽しめ、CAELUMよりも聴き心地爽やかな音世界が当ユニットの特徴だ。

で、肝心な可児のマニピュレイターぶりだが……なかなかどうして堂に入っている。しっかり音空間を把握して組まれ、鳴らし方に音の快楽原則を忍ばせるゆとりがあり、各音色の整理も行き届いている。ビート構成もCAELUMと同様に細かく刻むタイプだが、きちんと差異が感じられる。
要らぬ情報がなければ『本業持ちの余暇』と揶揄する声も出まい。
ただ、くど過ぎる音色チョップや、聴き手への効果が薄い無意味なエフェクト、洒落っ気で持ち込んだっぽい唐突なエレクトロ風味など、デザイナー上がりらしい『一手間加えて作品をより向上させよう』とする作業が多少空回りしているような気がしなくもない。
ただその違和感とやらも、要らぬ情報さえなければこのように難癖として列挙されているかどうか疑わしい。
ニカ人種が匿名性を堅持したがる理由が何となく分かる。

結論は、几帳面できっちり質の高い日本産ニカ。
こういう手堅い作品は意外とリピート率が高い。

M-01 Clavier Montage
M-02 Sparkling Swallow
M-03 Fuzzy Sun
M-04 Delta
M-05 Alliance
M-06 Presse
M-07 Billions Of Galaxies
M-08 Blurred May
M-09 Half A Mile Reverse
M-10 Wanderer
M-11 Resistless
M-12 Two Shades Of Yellow
M-13 Take Ya Shoes Off


2015年5月6日水曜日

CLARK 「Clark」


Warpの二枚舌男、クリストファー・ステファン・クラークもとうとう七枚目。2014年作。
アートワークはリミックス盤に引き続き、アルマ・ヘイザー

ここにきて、ようやくセルフタイトルだ。
どうせコイツのことだからアルバムタイトルなんてどうでも良いみたいなダダイズムというか当ブログらしい表現でニカ人種っぽい思想で付けたんだろうと踏んだら、何と総決算的な内容だったので驚いた、初聴の感想から。
彼にしては着地点があまりに真っ当。何か悪いモノでも食べたのかと思った。

臓腑に響く音圧と、おそらくチューバであろう低音金管楽器が唸りを上げるイントロM-01で幕を開けたかと思えば、以降ボトムはおよそ四つ打ち。四枚目に回帰したかのようなシンプルさでキックを四つ並べる。
だが四枚目のようなぶんぶんすっ飛ばす破壊的な面は見られない。むしろシンプルなビートに繊細で浮遊感のある上モノを絡める方法論でアルバムをほぼまとめている――つまり上モノは前作っぽさを残して。前述の低音金管楽器やピアノ、鉄琴などの生音色をちょぼちょぼ用いる点も、その思いを助長させる。お蔭で、作中でアクセントを取るかの如くぽつぽつと割り込むイキの良さそうなトラックですら、どこか落ち着き払って聴こえる。締めのM-13も前作同様、穏やかでちょっぴり不穏なアンビエントトラックだ。
そこら辺で老練した彼の総決算っぽさが垣間見られなくもないが、音響的には根の深い構造が組み込まれているのを見過ごす訳にはいかない。

本作は近年のクラブ系の流行に即し、ダビーだ。
ダビーといっても、音色の加減算と拡大縮小で構築する古き良きダブメソッドを用いて組まれている訳ではない。幽玄な背景音色を垂れ込めたり、一部音色を籠らせたりノイズを塗したりして遠巻きに追いやりつつ、出来た広いスペースの真ん中で主音を奏でつつ、副音をあちらこちらで踊らせる、詐術のようなダブステップ以降の空間処理法だ。現にM-07はCLARK流ダブステップと称して憚らないトラックだ。
この現代的なダビーさが本作のキモだ。前作でもそれっぽさはあったが、世相と巧みに折り合いをつけて自分なりに深化させてみせたのはコレが初めてなのだから、結局は何をしでかすか分からない彼なりに奇を衒っていることとなる。
そうか、そう来たか。

コレを成長と見るか、迎合と見るか、老練と見るかは人それぞれ。
ただ前作でちょっとだけ窺わせた借り物臭さを、間に挟んだミニで修正し、本作できっちり払拭している点を指して、聴き手はどう感じるのだろうか。
筆者的聴きどころは、あちらこちらで瞬く電子音色を歪ませたピアノ音色が切り裂くM-03から、風の強い草原で遠巻きに鳴らされる流麗な長尺ピアノループを軸としたM-04へ進み、やがて曇天となり雷を呼び、力強い四つ打ちキックを取り巻くようにエコーがかった攻撃的な音色が雪崩れ込んでくるM-05の流れ。

M-01 Ship Is Flooding
M-02 Winter Linn
M-03 Unfurla
M-04 Strength Through Fragility
M-05 Sodium Trimmers
M-06 Banjo
M-07 Snowbird
M-08 The Grit In The Pearl
M-09 Beacon
M-10 Petroleum Tinged
M-11 Silvered Iris
M-12 There's A Distance In You
M-13 Everlane
M-14 Treat (Bonus Track For Japan)

M-14のボートラは、BOCみたいなうねうねした古臭いシンセ使いのノンビートトラック。ぶっちゃけ単調だわ、大した余韻もなくフェイドアウトするわで、特に必要は。


2014年10月20日月曜日

THE GENTLEMAN LOSERS 「Dustland」


フィンランド出身、サムとヴィルのクウッカ兄弟による2009年作の二枚目。

本作を抽象的な言葉で表せば〝ぜんまい仕掛けのフォーク〟か。個人的にはこういうコトをあまり書きたくないのだが、近似値の高い具体的な比較対象を挙げるならば、BIBIO(リミックスもしているし)エモメガネの別ユニット:GOLDMUNDになる。
つまり、数多くの生音を縒り合わせ、良く言えばヴィンテージな機材でモノラル録りする、セピア色の似合う哀愁の追憶フォーク。北欧らしい寒々しさを添えて。
もちろん、演奏も録音もジャケデザインもクウッカ兄弟。DIYの極み。
ああそう言えば〝フォークトロニカ〟なんて言葉、あったよね。

そんな彼らのキモは音色の多さ=演奏する楽器の数にあるのだが、これがまた巧いトコロを突いてくる。
以下、各々の担当楽器。()内はメーカー、機種。

サム:ローズピアノ(フェンダー)、ピアノ、ハープシコード、アナログシンセ(ヤマハ CS-15D、SY-1)、メロトロン、オルガン、キーボード(ローガン・ストリングメロディII、Siel Orchestra)、サンプラー(AkaiS5000)、リズムマシーン(エーストーン・リズムエース)、ベース(ヘフナー、ギブソン)、弓弾きアコギ、ログドラム(太鼓系じゃないよ)、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン。
ヴィル:ギター(ギブソン・レスポール、フェンダー・ストラトキャスター、テレキャスター)、ラップスティールギター(フェンダー)、六弦/十二弦アコギ、クラシックギター(ラミレス)、E-ボウ、ウクレレ、ベース(スクワイア)、ドラム(スリンガーランド)

どうやらサムは鍵盤系担当、ヴィルは弦楽器系担当らしい。またサムは写真とデザインを、ヴィルは録音を専任している。またケイサ・ルオツァライネンなる女性がヴァイオリンやヴィオラ、ワイングラスでゲスト参加している。

さて、ここで本題。
ご覧の通り、彼らはポピュラー音楽としては非常にオーソドックスな楽器ばかりを用いているのが分かる。普遍的たれと考えているのだろうか。
いや、重要なのは、更にその中でもよりオーソドックスな楽器に関して使用機材を明確にしている点であろう。
同じコードを同じ楽器で鳴らすにしても、ストラトとレスポールでは聴こえてくる音がまるで違う。更に掘り下げれば、同じフェンダーのベースでも純性モデルと廉価版では大いに音色は異なるはずだ。
逆に木・鉄琴系やアンプラグドの鍵盤系など、象徴的かつエフェクターやアンプが介在しない楽器について、機種まで明記する必要などない。
別に所有リストを晒して自慢している訳ではない。ココに彼らの音へのこだわりと、音色に対する考え方が表れていると思う。

何々に似てる似てないなんてどうでもいい。それぞれ創っている者が違うのだから、そこに提示された作家性を理解する必要が、聴き手にはある。

M-01 Honey Bunch
M-02 Silver Water Ripples
M-03 The Echoing Green
M-04 Ballad Of Sparrow Young
M-05 Bonetown Boys
M-06 Oblivion's Tide
M-07 Lullaby Of Dustland
M-08 Midnight Of The Garden Trees
M-09 Farandole
M-10 Spider Lily
M-11 Wind In Black Trees
M-12 Pebble Beach


2014年9月24日水曜日

CLARK 「Feast / Beast」


Warpのオオカミ青年:クリストファー・ステファン・クラークの二枚組リミックス盤。2013年。
ジャケはアルマ・ヘイザー

〝ごちそう〟と題したDisc-1は座して聴くようなイメージで、〝けだもの〟と題したDisc-2はクラブで踊るようなイメージで選り分けたそうな。
彼的に韻を踏みたかったらしい。(そういや〝Beast Feast〟なんてラウド音楽イベント、あったよね)

で、まあ……あのCLARKだし、容易に予測出来た結果なのだが――
相変わらず原曲を踏まえる気が更々ない。
具体的には、BATTLES流爆走ナンバーのDisc-2:M-02が、タメの利いたデジデジしい触感のトラックに挿げ代わっていたり。Disc-2:M-06に至っては、歌モノなのにヴォーカル音色をハナから無視した上、代わりに自分で歌っていて、ただただ愕然とした。
リミックスをしてくだすっているBIBIOやネイザン・フェイクら友人は、ある程度テメーの原曲を踏まえて己の色を出してくれているのに、この勝手気ままさ。
リミックスをしてくれた友人のトラックは彼にとって〝ごちそう〟で、一切元ネタに配慮しないオマエは〝けだもの〟そのものとちゃうんかい。
いや〝けだもの〟なこの野郎にとって、各クリエイターの捧げてくれた元ネタこそがなによりの〝ごちそう〟なのかも知れない(生贄的な意味で)

ただ、CLARK謹製としか思えないトラックが三十曲・二時間超分詰まっている――それこそがCLARKファンにとって〝ごちそう〟だと考えれば如何であろうか。
しかも彼の音楽には定着化した〝CLARKテイスト〟なんてものが存在せず、APHEXチャイルドと騒がれてた一枚目二枚目期、生音に色気を見せ始めた三枚目期、衝撃のフロアユース化で度肝を抜いた四枚目期、騒がしい上モノを整わない拍で引っ掻き回す五枚目期、生音回帰で(悪)夢見心地な六枚目期――と、各々をくっきり分別出来るコトが本作で更に浮き彫りとなった。
――人の創ったトラックを踏み台にして。(その割には原曲より遥かに凝った創りをしているモノばかりだったりする)
ゆえに、リミックスアルバムを指してこう評すのは不適切かと思うのだが……『未発表曲で編んだコンピレーションアルバム』である、と。

なお、CLARK当人は『コレを機に、もうリミックスしない』とかまたテキトーなその場限りの発言をほざいている模様。
そら(原曲踏まえぬリミックス曲など)、そう(自作のトラックと変わらん)よ。

Disc-1 (Feast)
M-01 THE BEIGE LASERS - Smoulderville (Clark Remix)
M-02 DM STITH - Braid Of Voices (Clark Remix)
M-03 AMON TOBIN - Kitchen Sink (Clark Remix)
M-04 NATHAN FAKE - Fentiger (Clark Remix)
M-05 CLARK - Alice (Redux)
M-06 KUEDO - Glow (Clark Remix)
M-07 BARKER and BAUMECKER - Spur (Clark Remix)
M-08 SILVERMAN - Cantstandtherain (Clark Remix)
M-09 RONE - Let's Go (Clark Remix)
M-10 NILS FRAHM - Peter (Clark Remix)
M-11 GLEN VELEZ - Untitled (Clark Remix)
M-12 CLARK - Absence (Bibio Remix)
M-13 CLARK - Ted (Bibio Remix)
M-14 VAMPILLIA - Sea (Clark Remix)
M-15 PRINCE MYSHKIN - Cold Caby (Clark Remix)
M-16 CLARK - Absence (Switchen On Barker Revoice) (Bonus Track For Japan)
Disc-2 (Beast)
M-01 MASSIVE ATTACK - Red Light (Clark Remix)
M-02 BATTLES - My Machines (Clark Remix)
M-03 LETHERETTE - D&T (Clark Remix)
M-04 CLARK - Growls Garden (Nathan Fake Remix)
M-05 AUFGANG - Dulceria (Clark Remix)
M-06 MAXIMO PARK - Let's Get Clinical (Clark Remix)
M-07 THE TERRAFORMERS - Evil Beast (People In The Way) (Clark Remix)
M-08 CLARK - Suns Of Temper (Bear Paw Kicks Version)
M-09 HEALTH - Die Slow (Clark Remix)
M-10 DEPECHE MODE - Freestate (Clark Remix)
M-11 Mr. BOGGLE - Siberian Hooty / Fallen Boy (Clark Remix)
M-12 DRVG CVLTVRE - Hammersmashed (Clark Remix)
M-13 MILANESE - Mr Bad News (Clark Remix)
M-14 FEYNMAN'S RAINBOW -The Galactic Tusks (Clark Remix)


2014年9月16日火曜日

BURIAL 「Untrue」


謎めいた男:ウィリアム・エマニュエル・ビーヴァンによる2007年作の二枚目。

ダブステップだそうな。
籠っているけど奥行きがだだっ広い〝ダビー〟な音像の中、拍を刻みたいんだか装飾音として自由で居たいのか分からないビートを軸に、これまた〝ダビー〟なぶっといベースラインと切り貼りのヴォーカルフレーズを散りばめる、ようなクラブミュージック――
だそうな。
今やそのトップランナーとなった彼がその公式にぴったり当てはまるかと言うと、思ったよりそうでもない。
そうでなくて良かった。だからこの場で書けている。

ダビーなのは合っている。と言っても本来のダブのような、全音色のどれかを気分次第で偏愛(過度のエフェクトを掛けて可愛がったり、えこひいきするために邪魔な音色を抜いたり)はしない。一枚靄(フィルター)の掛かった音像の中、各音色をはっきりしない位置取りに据えてトラック毎に固定し、鳴らすような感じだ。
彼、BURIALの場合、そのテクスチャ管理が非常に巧みで、聴き手は一寸先は霧で視界が定かではない位置から無限の空間が広がっているような心地にさせられる。
音の抜けが良くてがちゃがちゃしていないのに、一トラックで用いている音色は意外と多い点に秘密がありそうだ。

次にボトムだが、これがしっかりと拍を打っている。最低速度でBPM124、最速だと138のアグレッシヴなテンポでカツカツ刻んでくる。ダブステップが2ステップという20世紀末に一瞬流行ったジャンルの派生ということもあって、四拍子の一と三を強調する特異なビートのトラックもあるが、クラブで聴く音楽を前提とした創りなのでノリは失われていない。
筆者は一番コレが意外だった。どうせ裏を取ってるのかテキトーなのか分からないビートのような何かを敷いて小難しいアート風吹かせているのかなあ、なんて斜に構えていたがとんでもない。むしろループ感が強いくらいだ。
それが身体で拍を取りたくなるほど、おしなべてカッコイイ。
カッコ良いビートは正義。

最後はなにげに大事な点なのだが、切り張りヴォーカルパーツの扱い方が非常に巧い。誰かさんの最新作のように、ただ単純にワンフレーズをループさせることなく、ワンショットとして安易にぶっ込まれる声ネタに堕せず、要領良く様々なフレーズを継いでいる。
それはもう、あたかも彼のために歌ってくれたフィーチャリングシンガーのように。
M-02のRAY J(離れ目米女性R&Bシンガー:BRANDYの弟)以外声ネタ元は明かされていないが、歌モノトラックっぽくなっている点は非常に大きい。最強の音色である人声を匠の技で普遍的に聴こえるよう操るだけで、聴き手の層が格段に広くなる。

本人はあまり有名になりたくないようなのだが、逸材がこのような高品質の作品を世に送り出した時点で世間が黙っちゃいない訳で。
とっとと内に籠る気質と自己顕示欲に折り合い付けて、三枚目を出しておくれよ。単発ばかり切られても物足りないんだよ。

M-01 Untitled
M-02 Archangel
M-03 Near Dark
M-04 Ghost Hardware
M-05 Endorphin
M-06 Etched Headplate
M-07 In McDonalds
M-08 Untrue
M-09 Shell Of Light
M-10 Dog Shelter
M-11 Homeless
M-12 UK
M-13 Raver
M-14 Shutta (Bonus Tracks For Japan)
M-15 Exit Woundz (Bonus Tracks For Japan)

日本盤はM-04をA面に据えた12インチEPのB面二曲を追加収録。


2014年8月20日水曜日

CHRIST. 「Cathexis Motion Picture Soundtrack」


元BOARDS OF CANADA:クリストファー・ホームの、2012年作・六枚目。
Benbecula Records閉鎖により、Parallax Soundsへ軒を移しての初アルバムで、シュテファン・ラーション監督が手掛けたアニメのサントラとなる。

強烈にアート臭い形而上的なアニメの導入曲ということもあってか、想像を掻き立てやすいアンビエントトラックが多め。M-04でようやくビートを敷いた曲になる。
後は歯切れの良いブレイクビーツで軽快に進んだり、キックで拍を取るだけの上モノ任せな感じでまったりしたり、ノンビートで御想像通りのぼわーっとした背景音を立ち籠めたりと、何だかんだでソレっぽく料理している。
元々、地味なパーツをテクスチャで活かす才に長けた人。上モノの出来は言わずもがな。アンビエントなど得意中の得意であろう。最後のM-11、スタッフロール映えしそうなアルバム総決算っぽいブレイクビーツトラックで締めるのも良い。
また、元からメロディを軽んじない人。アニメはあんなんだが、劇伴まで難解そうだなと身構える必要は一切ない。
彼は彼。普段通り。相変わらず。

――と、ニカクリエイターらしからぬ作風の継続性が売りの人。特にこれ以上書くことはないと言えばないのだが……強いて挙げれば生成された音色がやや平べったい鳴りになったような気がする、Benbecula期よりも。
ま、機材を変更したなどの記述を確認出来ない以上、あくまで筆者の感覚なのであしからず。無論、元々ゴージャスな作風ではないので安っぽくなろうがCHRIST.らしさに何の陰りもないのは論を俟たない。

派手な主音を立てて、一発豪打で大量得点! ではなく、軽打と進塁打を地味に重ね、守り抜いて勝つニカを推進するクリス・ホーム。コレ以降、活動拠点を失って沈黙状態だったが、そのままフェイドアウトせずに戻って来てくれて、本当に良かった……!

M-01 Eternity In Our Lips And Eyes
M-02 I Have No Mouth
M-03 Indrid Cold
M-04 Zeroth Law
M-05 Epoch Six
M-06 Twynned
M-07 Need Between The Station
M-08 Singular
M-09 Ehaye
M-10 We Two Are One
M-11 Kardashev Type One


2014年7月2日水曜日

FOUR TET 「Pause」


そういや書いてなかったね……。
FRIDGEの才人:キエラン・ヘブデンのソロ二作目。2001年作。
レーベルは本作より、本体と共に移籍したロンドンのDomino Records

琴に似た音色(ねいろ)、アコギ、更に逆回転音色、それらにスネアをリムショットで取ったブレイクビーツ――生っぽくて、でも作為的な、摩訶不思議FOUR TETワールドの雛型のようなM-01から始まる。
それから、軽快なビートにアコギやウィンドウチャイムや小刻みな声ネタを被せつつ、さり気なく高らかに鳴らしたトランペットでアクセントを取るM-02あたりで、聴き手の予想と期待を裏切らない展開に小さくガッツポーズをするか、渋い顔をしてスカしたままか――その者の感性の品性が問われる。

つまりかなり有体な作品だと思う。
その割にはヘブデンらしく音遊びがそこかしこに仕込まれているのだが、特に着目する必要のないくらい普遍的な創りがなされている。各トラックで、まず何を聴かせたいかはっきり意識付け出来ているせいだ。
そのため、ニカ入門者にはうってつけのブツかと思われる。
だが前述の音遊び――逆回転音色の多用、執拗なディレイ、即興風味の卓加工、部分的に用いるダビーな音像、ひょうげた声ネタ、無意味な生活音のサンプリング、などなど――を効果的に当てはめたせいか、聴くたびにいろいろな発見がある奥深き作品でもある。
『なーんか当たり前ーなニカだよなー』と斜に構えてるアータ、ちゃんと聴いてごらん。結構ハチャメチャだよ。

この絶妙なバランス感覚こそが、彼をトップニカクリエイターに押し上げた要因であろう。

後にみんなが取り入れ、普遍的な手法となる〝生音折衷打ち込み音楽(フォークトロニカ)〟のFOUR TETとしての完成度は次作に譲るが、こちらだって負けてはいない。
でも、今となってはちょっと古臭いのかなあ。小気味良くて良いモノデスヨ、古き良きブレイクビーツを敷いた打ち込みは。

M-01 Glue Of The World
M-02 Twenty Three
M-03 Harmony One
M-04 Parks
M-05 Leila Came Round And We Wached A VIdeo
M-06 Untangle
M-07 Everything Is Alright
M-08 No More Mosquitoes
M-09 Tangle
M-10 You Could Ruin My Day
M-11 Hilarious Movie Of The 90s


2014年6月8日日曜日

BIBIO 「The Green EP」


六枚目から、本人お気に入りのM-01をフィーチャーした、2014年作のEP。
EPなので、ボートラ含んでも三十分満たないランタイム。

嬉しい、M-01以外は全て未発表曲。
さて、Mush Records期を思い起こさせるM-01を立てた創りなら、後続の曲もその路線に準ずるのが〝流れ〟と言うモノだ。つまり、未発表曲を詰め込んだ安易な作品ではないと言うコトだ。
さあ、ゆったりと流れる調べに身を任せ、たゆたおう。

あのテレコ音像が強烈なレトロ感を醸し出すM-02(LETHERETTEの片割れとデビュー前に録った音源らしい)、本編の流れを汲む弾き語り曲のM-03と、本編収録曲〝Wulf〟の別ヴァージョンにあたるM-04まではあっさりとした小品。
M-05からようやく本編と言って良い、あの儚くも優しい歌声入りのトラック。終盤は歌が止み、甘いアコギの音色を愛でつつ、くぐもったトーンのビートを併せて締める。
M-06はM-02や04よりしっかりとした構成のインスト。乾いた音のエレクトリックギターや、表・裏の拍を単調に取るカウベルとタンバリン、それとは別個に存在する何となくジャジーなビート――の背後で揺らぐシンセがどんどん幅を利かせてゆく佳曲。
で、ボートラのM-07は各音色に強いフィルターを掛け、まどろんでEPを締める。
そんな流れ。

とりあえず本作が彼の今後の展開を示唆しているとは考えづらい。本人が、M-01を中心に据えるべく手持ちのアーカイブを漁り、相性重視で並べてみた、と語っている通りの内容だと思う。
だからこそ、おかわり盤としてはこのくらいあっさりしてた方が腹八分目で良いかと。
無論、コレをお試し盤にすれば、肝心の本編が気になること請け合いかと。

M-01 Dye The Water Green
M-02 Dinghy
M-03 Down To The Sound
M-04 Carbon Wulf
M-05 A Thousand Syllables
M-06 The Spinney View Of Hinkley Point
M-07 Vera (Bonus Track for Japan)

CDは日本盤のみ(ボートラ付)。輸入盤はアナログのみだが、タイトル通りのグリーンヴァイナル盤なので、得した気分になれればそちらでも。


2014年5月24日土曜日

HIMURO YOSHITERU 「Where Dose Sound Come From?」


なにげに十五年以上のキャリアを持つ、大分県出身のヴェテランニカクリエイター:氷室良晃の六枚目。2010年発表。

彼のデビューは1998年FREEFORMトム排出輩出したロンドンのWorm Interfaceから。何と逆輸入クリエイターだったりする。
現在は日本のレーベルを転々としながらもコンスタントに活動を続けているが、音楽性は変わらず忙しない。とは言え、初期の作品を今聴くのは猛烈に恥ずかしいらしい。
デジデジしい上モノをがちゃがちゃ引っ掻き回し、アタックの強いビートをケンカ腰に叩き込んでくる、チップチューンばりの安さに、コーンウォール界隈が演るドリルンベースばりの粗雑さを加えた音楽性は未だ健在。M-05あたりがその頃を垣間見せてくれる。

ただ、これがワイや! と開き直り続けず、原型を残しつつも老練していった点に、彼の高い学習能力を感じ取ることが出来る。

本作におけるトラックはいずれも予期せぬ展開に満ちている。それを支えるのは、変幻自在の打ち方で独特のずれ感覚を演出する卓越したビートセンスだ。
速いBPMでがんがんぶっ飛ばしたかと思えば、後半ずるりとテンポを落として電池切れを待つかのような終わり方もする。シャツのボタンを掛け違えたような裏打ちビートが、やがてオーソドックスなブレイクビーツや四つ打ちへと整っていくのかと思いきや、結局はサボってみせたりもする。まるでDJプレイさながらにビートをシャッフルしまくって、崩壊一歩手前でぶった切ってみせたりもする。
またトラック構成も異質で、前半と後半がまるで様相の違う二層構造も多い。M-04などその代表格で、終盤に突如としてノークレジットの男声レゲエディージェイが割り込み、我が家の如く振る舞う暴挙も。
無論、破壊衝動よりもメランコリックな彩が強いトラックも存在する。また〝破壊〟美ではなく、シンセを効果的に使った純粋に美的なトラックもある。

この通りハチャメチャなのだが、そこかしこに計算が見え隠れする。これ以上音色を崩したら何が何だか分かんなくなっちゃうとか、ここらでトラックを終えとかないとだらだら聴こえちゃうとか、ここから何か変化付けないと流されて聴かれちゃうとか――ちゃんと聴き手を置いてけぼりにしない配慮が随所に込められているからだ。
ゆえにポップですらある。
だが本人はそんなことないよ、と嘯いてそう。こんにゃろう、シャイなあんちくしょうめ!

M-01 The Adventure On My Desktop
M-02 Is Resistance Futile?
M-03 We, Mess-Age
M-04 Start It
M-05 I Wanna Show You What I'm Seeing
M-06 Unwind And Rewind
M-07 Bold Lines
M-08 Laser Diode
M-09 BSK - Miss Kimono Dancers (Himuro Remix)
M-10 Sort Of DnB
M-11 Hi!
M-12 Why Done It
M-13 If I Could Play Guitar
M-14 Me Vs Me

M-09は福岡のチップチューンソロユニット:撲殺少女工房(BSK)とのコラボ。BSK側にオリジナルトラックがないようなので、氷室があちらからトラックを貰って自分なりに仕上げたものと思われる。


2014年5月18日日曜日

RIOW ARAI 「Graphic Graffiti」


2011年作、大台の十枚目。
本作から、自ら立ち上げたRARでのリリース。

今回も異色作の内に入るかと思われる。何せ切れ味鋭いワンショットのブッコミが特徴の上モノ使いを、ループを立てたミニマル路線にシフトしたのだから。
M-03のように、如何にも彼っぽいベースラインをあえて寸断して短尺ループを生成し、回しっぱなしにするメソッドで、いつもとは違う匂いを感じ取っていただきたい。
そこで固定観念とやらが邪魔になるので、同時に取り払っていただきたい。
加えて、ヘッドフォンもご用意いただきたい。

さて今回、短尺ループを主音に立て、副音もループで固め、そのループの抜き差しの妙で勝負を挑んでいるかのように思える。
あらら? 日本ビート学の権威の金看板は?
いやいや、ここでヘッドフォンを。聴いていた印象ががらりと変わるので。

とりあえずいつもの左右チャンネルで音色をちらつかせる手管は、以前より控えめだがちゃんと残してある。それよりもM-05やM-07のようなスネア音色に過度のエコーを掛けたり、カットしたり、カットした残響音で拍を取ったりするダビーな創りの方が特徴的だ。
だがそれを以て新しいビート解釈! と語るのは表層的かと思う。
本作は、やけにビートが刺すのだ。
今まではアタックの強いビート音色を用いていても、刺されるような触感はワンショットの上モノが担っていた。だが今回、鈍器で殴打一辺倒ではなく、時には大剣、らしさを求めて突剣、いやらしく待ち針、と要所用途に合わせたビート音色で鼓膜を貫いてくる多角的かつ逆転の発想を用いているのだ。
おそらくスネアよりもキックの入れ方に力を入れた結果かと思われる。それよりも、ループという刺せない上モノを立てた以上、彼の持ち味である歯切れの良さを保つための結論かと筆者は考えている。
鼓膜を突き刺す鋭利なビート――ビート特化の彼らしい新たな方向性かと。

最後に、今回は恒例のイントロはないものの、終いのM-10はアンビエントで優しく締める。いろいろ音楽性は冒険するのだが、アルバム内ではこのような法則性を堅持するのも、几帳面な人柄が伺えて面白い。

M-01 Adam
M-02 Centerposition
M-03 Middleage
M-04 Beatleaks
M-05 Desolation
M-06 Regret
M-07 Stopcoolconfine
M-08 Exposure
M-09 Newstream
M-10 Graphication

なおRARで、ただでさえダビーな本作のダブヴァージョンがオンライン配信販売されている。


2014年5月10日土曜日

TIM EXILE 「Listening Tree」


ベルリン在住の英国人:ティム・ショウによる2009年作のEXILE名義(苦笑)を含めて三枚目。
Warp Recordsデビュー盤だが、正確には〝コーンウォールのガリ勉野郎〟マイク・パラディナス(μ-ZIQ)率いるPlanet Mu Recordsとの共同リリースになる。

Planet Mu単独リリースの前作(2006年発表)は、クラブミュージックの極北:ブレイクコアが強いレーベルからということで、音楽的破綻も辞さぬはちゃめちゃな出来だった。
それがもう……ココまで端正な作品を創れるものかと。
きらびやかなメロディの主/副音と重厚感のある背景音を耳一杯に広げ、朗々とした低音が魅力の彼自身による歌唱をフィーチャーし、絶妙なタイム感で組まれるいびつなボトムラインに心踊らされる。
ブレイクコアの名残りは、たまに音色を崩壊させたがったりする部分やら、前述したビート構成のいびつさくらい。

ここで〝ブレイクコアを忘れたカナリア〟と叩くのは非常に偏狭な意見かと思う。
なぜなら彼は幼少期に聖歌隊に所属し、バロック音楽などクラシックの教育を受けた後、ローティーンでクラブミュージックに開眼する異端児だからだ。

それを踏まえて聴けば、この本作のムダなくらい大仰な曲調の根幹が見えてくる。
M-02やM-07の加速/減速を交えたドラマティックな構成。ニューロマ派生かと思われた自身のヴォーカルスタイルや、M-05での高音パートの絡ませ方。静かにアンビエントで締めるかと思いきや、後半でTIM EXILE AND HIS COMPUTER ORCHESTRA化する壮大なM-10など――
自分のバックボーンを今自分が一番楽しめる音楽で小出しに表せるなんて、何と芳醇な音楽環境であろうか。
なお、音響工作も込み入っており、各音色が有機的な粒子となって生き生きと鼓膜を通じ、脳内で自由に弾け回っている。
それは打ち込み派生の上モノに限らない。ワンフレーズごとに細切れにしたヴォーカルや、ビートパーツも例外ではない。取り込んだ生音を加工し倒して別物に精製するセンス(M-05の出だしのループ、明らかに音楽室の人気者:ギロだよね)も特筆すべき点だ。

音色過多を聴きやすく整えるテクスチャ面、良質な音色選択感覚、意外にも有す大衆性など、興味本位の者まで取り込めそうな秀作。

M-01 Don't Think We're One
M-02 Family Galaxy
M-03 Fortress
M-04 There's Nothing Left Of Me But Her And This
M-05 Pay Tomorrow
M-06 Bad Dust
M-07 Carouselle
M-08 When Every Day's A Number
M-09 Listening Tree
M-10 I Saw The Weak Hand Fall
M-11 Carbon Tusk (Bonus Track For Japan)


2014年4月14日月曜日

FREEFORM 「Outside In」


前作に引き続きSkamから、サイモン・パイクの七枚目。2005年作。
ジャケデザインはもちろん、Universal Everythingを主宰するデザイナーで実兄のマット

悪食に近い音色センスは相変わらず。
舌鳴らし(正式名称〝舌べらクリッカー音〟)や口笛。気が向いたら鳴る、大よそどうでも良いブリーピーな装飾音。アナログシンセから生成してるっぽい、星屑の如く散らばる背景音。鉄琴や、レーベルメイト・WEVIE STONDERのメンバーに弾かせたギター(M-01、05、10)などの生音。前作でも幅を利かせていた中近東風味――エトセトラ、エトセトラ。
あと稀に、おそらくパイク自身のぼそぼそっとした歌声(声ネタに近い)。
これらが手を変え品を変え、一切目的意識を持たず、やはり一癖ある微妙にダビーなベーシックトラックへと絡んでいく形で曲が構成され、アルバムが進んでいく。
しかも難解かと思いきや、主音に比較的平易な音を用いて取っ付きやすくしたり、わざとお茶目な装飾音を飛ばして聴き手をからかってみたりと、表現に於けるバランス感覚が絶妙なので面白可笑しく聴き通せるはず。

ただし、本作は前作に比べて幾分か地味な印象を受ける。
前作はある意味アッパーだった。躁状態でがんがん、執拗にへんてこな音色を盛って盛って盛り込みまくる。
だが本作は盛るには盛るのだが、加減を心得て? 内向的に? FREEFORMにあるまじき理路整然として? 各音色がテクスチャ化されているよう〝聴き〟受けられる。さしづめ、鬱状態だ。

結論として、音色センスに劇的な変化が感じられない分、本作と前作は対の関係にあると考えれば納得いくかと思われる。

なお、本作を以てこの名義はほぼ休業。本名名義で兄を音楽面でサポートしつつ、ちゃっかりWarp Recordsへと返り咲いていたりもする。
こっちの方が好き勝手に演れるんだぜ? サイモン。

M-01 Wild Stew
M-02 Taking Me Over
M-03 This Is Your Life
M-04 Follow Your Shadow
M-05 Don't Wait Up
M-06 Walk
M-07 Eating Weather
M-08 Carnival
M-09 Magic Tap
M-10 Puzzle
M-11 Everything Changes
M-12 Wonderplucks


2014年3月28日金曜日

JACKSON AND HIS COMPUTERBAND 「Glow」


御仏蘭西の変態王子:ジャクソン・テネシー・フォウジューが! 八年ぶりに! 帰って来た!! 2013年、二枚目。
今回はカーチャン(ポーラ・ムーアakaバードポーラ)抜き。代わりに英国の奇妙な女性トラックメイカー:PLANNINGTOROCK(M-03)、PLAIDやHERBERTと仲の良いウクレレおばさん:マーラ・カーライル(M-05)、サミー・オスタ(M-01でギター)とアンナ・ジーン(M-07、11)からなるフランスのフォークデュオ:DOMINGOなどが参加。
コレは親離れではなく子離れである。

前作は音色密度のやたら高い切り張り過多ニカを演っていたが、今回も例に違わない。相変わらず一曲に用いる音色の多いこと多いこと――無論、各音色にきちんと目配りが行き届いた巧みなテクスチャで。
ただ、解釈がストレートになったと言うか、ロックのフレイヴァーを入れたと言うか、更にダサカッコ良くなったと言うか……音楽性が幅広くなった。
凶暴なちんこ生命体が次々とグラマラス美女に襲い掛かる! 強烈なPVで股間をひゅんとさせたシングルカット曲M-04を始めとするロック――いや、ニューウェーヴっぽいダサさ紙一重のアプローチは、音楽的変態性の強い彼の彩にすっかり浸透し切っている。はっきり申し上げて、ちょっと前にロック側で流行ったニューウェーヴリヴァイバル連中の付け焼刃っぽさとはモノが違う。
それはやはり、オリジナルのニューウェーヴが模したエレクトロやディスコポップなどの要素を、フォウジューが既にバックボーンとして有していたからに他ならない。

とは言え、そればっかり演るほど先の見えていない男でもなく。
M-05のような荘厳さも、M-07のような物悲しさも、M-09のようなエレクトロポップかと思いきや模造オーケストレーションを用いた勇壮さも、上記の下世話なニューウェーヴ風味も、一枚のアルバムに収めて雑多な感じがまるでしないのは人徳か魔法か才能か。
それとも、もはやおどおど音楽性を探りながら創る時期はとうに過ぎたと言うのか、たった二枚のアルバムキャリアで。(実はデビューから足掛け15年選手だったり)

あれこれ触手(食指ではない)を伸ばしても一切ブレない、ある意味漢臭い一枚。
己も男根も仁王立ち! だが、裏で音色には細やかな配慮を尽くす――コレが音楽的変態紳士のあるべき姿哉。

M-01 Blow
M-02 Seal
M-03 Dead Living Things
M-04 G.I. Jane (Fill Me Up)
M-05 Orgysteria
M-06 Blood Bust
M-07 Memory
M-08 Arp #1
M-09 Pump
M-10 More
M-11 Vista
M-12 Billy
M-13 Junk Love Vision (Bonus Track For Japan)