ラベル %ひのもと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル %ひのもと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年6月30日火曜日

SOONER 「Scale Of Rime」


ウェブデザイン会社を経営する可児瑞起、CAELUMの塚原幸太郎からなるニカユニット。2009年作。
ジャケは無論、可児が手掛けている。

ユニットの主導権は一日の長がある塚原が握っているのかと思いきや、彼の役割は主に音色の提供(M-13の『はい向かってー、右!』という声ネタループは塚原の肉声かも知れない)。テクスチャを組んでいるのは可児なので、CAELUMとはまた違った感覚が味わえる。同時に、テクスチャ作業が地味にトラックの彩を左右しているのが良く分かる。

塚原らしい可憐で美しい上モノが楽しめ、CAELUMよりも聴き心地爽やかな音世界が当ユニットの特徴だ。

で、肝心な可児のマニピュレイターぶりだが……なかなかどうして堂に入っている。しっかり音空間を把握して組まれ、鳴らし方に音の快楽原則を忍ばせるゆとりがあり、各音色の整理も行き届いている。ビート構成もCAELUMと同様に細かく刻むタイプだが、きちんと差異が感じられる。
要らぬ情報がなければ『本業持ちの余暇』と揶揄する声も出まい。
ただ、くど過ぎる音色チョップや、聴き手への効果が薄い無意味なエフェクト、洒落っ気で持ち込んだっぽい唐突なエレクトロ風味など、デザイナー上がりらしい『一手間加えて作品をより向上させよう』とする作業が多少空回りしているような気がしなくもない。
ただその違和感とやらも、要らぬ情報さえなければこのように難癖として列挙されているかどうか疑わしい。
ニカ人種が匿名性を堅持したがる理由が何となく分かる。

結論は、几帳面できっちり質の高い日本産ニカ。
こういう手堅い作品は意外とリピート率が高い。

M-01 Clavier Montage
M-02 Sparkling Swallow
M-03 Fuzzy Sun
M-04 Delta
M-05 Alliance
M-06 Presse
M-07 Billions Of Galaxies
M-08 Blurred May
M-09 Half A Mile Reverse
M-10 Wanderer
M-11 Resistless
M-12 Two Shades Of Yellow
M-13 Take Ya Shoes Off


2014年8月18日月曜日

RIOW ARAI 「Survival Seven」


タイトル通り七枚目、2006年作品。

三作目あたりから見えだした己の方向性の許容範囲内で試行錯誤しつつ、その一方でじわりじわりとその音楽的テリトリーを広げて来た彼だが、今回は本質的な進化があまり感じられないように思える。
巨人丸太で拍を刻むかのような、いびつでバカデカいビート。作為的な音色でぶっとく鳴らす細切れのベースライン。ワンショットを軸に(ループがないとは言っていない)構成した、メロディを欲しがらない上モノ。忙しなく左右にちらつかせる音響工作。イントロ(M-01)で開けて、メロウな曲調でアウトロ(M-11)のように閉めるアルバム構成。
M-06のようなインターリュードを初めて組み込んだからとて、新機軸と触れ回るほどではないでしょうに。

ただ本作はこれまでの〝アルバムをリリースするという研究〟の成果を総括した作品であると考えれば合点がいく。
三作目のような音割れ上等のビートで攻め、四枚目のように聴き込むとより楽しい工夫が仕込まれ、五枚目のようにその効果を分かりやすく向上させ、六枚目のようにヒップホップフォーマットに近付いてノリを良くしたアルバムがコレ。
正しくコレ、良いトコ取り。
うわコレ、もしかして最高傑作じゃね!?

――と、皆に思われていないらしく、地味な扱いを受けている(よう見受けられる)本作。各トラックの出来もいつもながらおしなべて良いのに。
おかしい、こんなことは許されない。
とは言いつつも、いろいろ産みの苦しみを味わいながら確実に何かを掴んでいく、彼の他の作品の方に魅力を覚えていたり。逆に比較的安定感のある彼は、本作のようにあるべきだと思ってみたり。

M-01 Intro
M-02 Slide Slender
M-03 Electro Smash
M-04 Plus Alpha
M-05 Death Breaks
M-06 Mid-Day
M-07 Fundamental
M-08 Criminal Groove
M-09 BeatCast Yourself
M-10 Survival seven
M-11 Over Circle
M-12 Dead Or Alive (Inst.Version)

M-12は前年に発表したNONGENETIC(SHADOW HUNTAZ)とのコラボ作品収録曲のインスト。一応、ボートラという枠組みだが、日本盤しかフォーマットがない


2014年5月24日土曜日

HIMURO YOSHITERU 「Where Dose Sound Come From?」


なにげに十五年以上のキャリアを持つ、大分県出身のヴェテランニカクリエイター:氷室良晃の六枚目。2010年発表。

彼のデビューは1998年FREEFORMトム排出輩出したロンドンのWorm Interfaceから。何と逆輸入クリエイターだったりする。
現在は日本のレーベルを転々としながらもコンスタントに活動を続けているが、音楽性は変わらず忙しない。とは言え、初期の作品を今聴くのは猛烈に恥ずかしいらしい。
デジデジしい上モノをがちゃがちゃ引っ掻き回し、アタックの強いビートをケンカ腰に叩き込んでくる、チップチューンばりの安さに、コーンウォール界隈が演るドリルンベースばりの粗雑さを加えた音楽性は未だ健在。M-05あたりがその頃を垣間見せてくれる。

ただ、これがワイや! と開き直り続けず、原型を残しつつも老練していった点に、彼の高い学習能力を感じ取ることが出来る。

本作におけるトラックはいずれも予期せぬ展開に満ちている。それを支えるのは、変幻自在の打ち方で独特のずれ感覚を演出する卓越したビートセンスだ。
速いBPMでがんがんぶっ飛ばしたかと思えば、後半ずるりとテンポを落として電池切れを待つかのような終わり方もする。シャツのボタンを掛け違えたような裏打ちビートが、やがてオーソドックスなブレイクビーツや四つ打ちへと整っていくのかと思いきや、結局はサボってみせたりもする。まるでDJプレイさながらにビートをシャッフルしまくって、崩壊一歩手前でぶった切ってみせたりもする。
またトラック構成も異質で、前半と後半がまるで様相の違う二層構造も多い。M-04などその代表格で、終盤に突如としてノークレジットの男声レゲエディージェイが割り込み、我が家の如く振る舞う暴挙も。
無論、破壊衝動よりもメランコリックな彩が強いトラックも存在する。また〝破壊〟美ではなく、シンセを効果的に使った純粋に美的なトラックもある。

この通りハチャメチャなのだが、そこかしこに計算が見え隠れする。これ以上音色を崩したら何が何だか分かんなくなっちゃうとか、ここらでトラックを終えとかないとだらだら聴こえちゃうとか、ここから何か変化付けないと流されて聴かれちゃうとか――ちゃんと聴き手を置いてけぼりにしない配慮が随所に込められているからだ。
ゆえにポップですらある。
だが本人はそんなことないよ、と嘯いてそう。こんにゃろう、シャイなあんちくしょうめ!

M-01 The Adventure On My Desktop
M-02 Is Resistance Futile?
M-03 We, Mess-Age
M-04 Start It
M-05 I Wanna Show You What I'm Seeing
M-06 Unwind And Rewind
M-07 Bold Lines
M-08 Laser Diode
M-09 BSK - Miss Kimono Dancers (Himuro Remix)
M-10 Sort Of DnB
M-11 Hi!
M-12 Why Done It
M-13 If I Could Play Guitar
M-14 Me Vs Me

M-09は福岡のチップチューンソロユニット:撲殺少女工房(BSK)とのコラボ。BSK側にオリジナルトラックがないようなので、氷室があちらからトラックを貰って自分なりに仕上げたものと思われる。


2014年5月18日日曜日

RIOW ARAI 「Graphic Graffiti」


2011年作、大台の十枚目。
本作から、自ら立ち上げたRARでのリリース。

今回も異色作の内に入るかと思われる。何せ切れ味鋭いワンショットのブッコミが特徴の上モノ使いを、ループを立てたミニマル路線にシフトしたのだから。
M-03のように、如何にも彼っぽいベースラインをあえて寸断して短尺ループを生成し、回しっぱなしにするメソッドで、いつもとは違う匂いを感じ取っていただきたい。
そこで固定観念とやらが邪魔になるので、同時に取り払っていただきたい。
加えて、ヘッドフォンもご用意いただきたい。

さて今回、短尺ループを主音に立て、副音もループで固め、そのループの抜き差しの妙で勝負を挑んでいるかのように思える。
あらら? 日本ビート学の権威の金看板は?
いやいや、ここでヘッドフォンを。聴いていた印象ががらりと変わるので。

とりあえずいつもの左右チャンネルで音色をちらつかせる手管は、以前より控えめだがちゃんと残してある。それよりもM-05やM-07のようなスネア音色に過度のエコーを掛けたり、カットしたり、カットした残響音で拍を取ったりするダビーな創りの方が特徴的だ。
だがそれを以て新しいビート解釈! と語るのは表層的かと思う。
本作は、やけにビートが刺すのだ。
今まではアタックの強いビート音色を用いていても、刺されるような触感はワンショットの上モノが担っていた。だが今回、鈍器で殴打一辺倒ではなく、時には大剣、らしさを求めて突剣、いやらしく待ち針、と要所用途に合わせたビート音色で鼓膜を貫いてくる多角的かつ逆転の発想を用いているのだ。
おそらくスネアよりもキックの入れ方に力を入れた結果かと思われる。それよりも、ループという刺せない上モノを立てた以上、彼の持ち味である歯切れの良さを保つための結論かと筆者は考えている。
鼓膜を突き刺す鋭利なビート――ビート特化の彼らしい新たな方向性かと。

最後に、今回は恒例のイントロはないものの、終いのM-10はアンビエントで優しく締める。いろいろ音楽性は冒険するのだが、アルバム内ではこのような法則性を堅持するのも、几帳面な人柄が伺えて面白い。

M-01 Adam
M-02 Centerposition
M-03 Middleage
M-04 Beatleaks
M-05 Desolation
M-06 Regret
M-07 Stopcoolconfine
M-08 Exposure
M-09 Newstream
M-10 Graphication

なおRARで、ただでさえダビーな本作のダブヴァージョンがオンライン配信販売されている。


2014年2月24日月曜日

NUMB 「Helix Of Light」


四年間の沈黙の後、2010年にを変えて運営を再開したRevirth。その共同経営者であるNUMBが満を持して切ってきた、2012年作の三枚目。
アートワークはsonoe

NUMBと言えば、羽虫にも似た微細なグリッチを聴き手の両耳一杯に広げ、その真ん中をビートと呼ばれる鉄棒で小突く音世界が思い当たる。
でもそれだけじゃないよ、と胸を張ったのが二枚目だった。
そこで本作。『それだけじゃない』どころか、二つも三つも縁石を飛び越える大きな変化を遂げていた。

まず挙げられるのがビート。
以前は徹頭徹尾、メタリックと言うかセラミックと言うか……硬質だが弾性に富んだビート音色を用いてその奇々怪々な音世界を演出していたが、本作はリムショットやらパワードラムやら、多彩な切り口で目先を変え始めた。
次に音色使い。
本作はM-03のシンバル連打や、M-04を装飾するパーカッションのような音など、生っぽい音色が散見される。坪口昌恭菊地成孔とのTOKYO ZAWINUL BACHや、吉見征樹井上憲司とSAIDRUMのDRACOなど、数々の他流試合経験を自身の作品にフィードバックさせつつあるのだろうか。
で、締めに上記二点が消し飛ぶほど大きな改革――

シンセを駆使することで、上モノが記譜出来そうなくらい有機的になった!

今までは、グリッチにグリッチを重ねた無機質なニヒリズム漂う上モノで聴き手の鼓膜を圧迫していた。
そこへきて本作。メロディアスとまではいかないが、上モノの音符化はどうだ。今までが今までだけに、『優しくなった』なんてにわかに信じ難い意見も出ている。
本人は『オッサンになったからじゃないか』と嘯いていたが、やはりコレも他流試合による効果かと思われるし、本人も自覚している節もある

ただし、これらが今までの彼をすっかり塗り替えて、真っ新な再出発を本作から歩み始めたのかと言えば然に非ず。
やっぱり背景音として、あの羽虫が群れているかのようなグリッチを垂れ込めたり。今まで通り、装飾音が左(右)から反対側に通ったり、左(右)・中央・反対側と点在させたり、左右から中央へ寄せたり離したりと忙しない卓加工が施されていたり。結局、記譜出来る上モノとやらも、音色使いが彼独特のメタリックのようなセラミックのような質感だったり。
そこら辺は譲れない部分だろうし、日和ったと揶揄されぬよう音楽的な棘を残すべく腐心したのが見て取れる。

何よりも、これだけの変化と自我を両立した本作が、まだ彼の成長の過程である点。
この音楽性をさまざまな角度から弄れる可能性を含ませた上に、今後もうちょっと違う動きが出来るかもよ? などと示唆出来たのは大きい。
ブランクの六年間でとうとう四十代に突入したオッサンにまだまだ高い伸びしろが期待出来るなんて、日本の音楽界も捨てたモンじゃないよ。

M-01 Darkmatter
M-02 Helix Of Light
M-03 Vesica Piscis
M-04 Torus
M-05 Annulus
M-06 Cluster
M-07 Covalent Bond
M-08 Monad
M-09 Paradox


2013年8月18日日曜日

R + NAAAA 「R + Naaaa」


日本ビート学の権威・RIOW ARAIが五名の女性シンガーを迎えた歌モノアルバム。2009年四月発表。(コチラ同年十一月発表)
ユニット名は〝あーるぷらすなー〟と読む。

参加シンガーはNONPAREILLE(ノンパレイユ)こと平松奈保子ANNA YAMADA(山田杏奈)、スペイン帰りのAKANE DEL MAR、日独シューゲイザー同盟・GUITAR(注:ユニット名)AYAKO AKASHIBA(赤柴亜矢子)KARENACHICO。しんみり型あり、クール型あり、ウィスパーあり、オーソドックスありと、人選に多様性があり〝音色としての歌〟を意識していることが窺われる。
だからと両極端に、静謐トラックとガッツンガッツンアゲていくアッパートラックが同居している訳もなく、おおむねアルバムはチルアウト方向でしっとり進行してゆく。

ではRIOW ARAIのほぼ代名詞であるボトムラインはと言えば……相当シンプルに組んである。上モノも、流れに〝刺す〟のではなく、流れに〝沿って〟いる。歌モノだからシンガーを立てる、という前提もあるが、ツジコノリコとのRATN同様、彼の中で〝コレはコレ、アレはアレ〟と意識的に分けているよう見受けられる。
それが良く出ているのは、意外にもM-07。メイン活動の「Mind Edit」のラストに置かれ、作中で浮いていた〝Daybreak (I Dine At)〟の歌入り/ボトム打ち替えリメイクなのだが、NONPAREILLEの優しい声色も相俟って、元ネタでは寸足りなかった部分が埋まった好トラックに仕上げ直されている。
メイン活動のトラックを流用して、どこが〝コレはコレ、アレはアレ〟なの? なんて疑問もあろうが、荒っぽいビートのアルバムを心地良く締める意図を持って組んだチルアウトトラックを、チルアウト的構成のアルバムで再構築して何か問題でも? と返答したい。

いつものブロークンなビートを期待しては肩透かしを食らう内容だが、一皮剥けた「Rough Machine」以後の活動からして、一作品中でアレやコレやと音楽性を掻い摘んでも自分の作品の聴き手は付いて来てくれない、と判断したかのような一作毎での作風の統一感は、彼なりのレッテルの剥がし方と考えれば、作品へ素直に入っていけるはず。
そうなれば、学究肌でありながら常に自分の可能性を探求し続け、かつ冷静に自己分析が出来る、彼らしい作品だと気付くだろう。
ただ、外国語詩の拙い発音や、現時点でアルバム一枚歌い切らせるに至らない実力のシンガーも居る点が引っかかったり、そこまで気にする必要もなかったり。

M-01 ルーム4307 (NONPAREILLE)
M-02 クチカケトマト (ANNA YAMADA)
M-03 家 (ANNA YAMADA)
M-04 Volar -羽ばたき- (AKANE DEL MAR)
M-05 CRY4U (AYAKO AKASHIBA)
M-06 UNI-CO (ACHICO)
M-07 トーキョー (NONPAREILLE)
M-08 Ilusion Eficaz -価値ある幻想- (AKANE DEL MAR)
M-09 Aerial Line (ANNA YAMADA)
M-10 Ride On (AYAKO AKASHIBA)
M-11 Noche Del Aire -空気の夜- (AKANE DEL MAR)


2013年7月14日日曜日

HARMONIOUS BEC 「Her Strange Dreams」


日本人二人からなるニカユニット、2010年初作品。ロンドンのMonotreme Recordsより。
根元気になるこの蠱惑的なジャケイラストは、ウエハラによるもの。

無論、棒歌ロイドを用いた作品ではない。そもそも本作はインストだ。
過剰にフィルターを掛け、強烈な靄で覆ったトラックから幕開け。ジャケの美少女が誘(いざな)う奇妙な夢を、まずは音で具現化する。
そこから弦楽器とビートが縺れ合うM-02、両耳のあちこちでさまざまな音色が騒ぎ立てるM-03、レーベルメイトの65daysofstaticを思わせる高速ブレイクビーツが音割れ上等! と荒れ狂うM-05など、音世界を限定しないニカらしい創りで聴き手を翻弄する。
また、ヴォーカルチョップを偏執的に駆使するトラックもあれば、ポリリズミックなトラックも平然と組める。生音っぽい音色も散見される。
そんな落としどころの知れないトラック群を、ダビーなのかスモーキーなのかドリーミーなのか知れぬ奥行きのあるテクスチャで統一して録ったお陰か、作品にブレがない。
その上〝夢〟を演出するためか、各音色にほぼフィルターを被せているため、日本人ニカクリエイターが犯しがちな〝デフォルトのプリセット音色をまんま用いて作品を陳腐化する〟過ちは華麗に回避出来ている。これだけでも筆者は好印象だ。
研究熱心な人々なのかも知れない。

ただ、まだまだ一枚目。勢い任せで細部のアイデアのおざなりさも見受けられるし、どこぞから借りてきた個性を披露している部分もある。
そんなのは時間が解決してくれるから、何の問題もない。
久々に我々日本人から、高い伸び代を感じさせるニカユニットが出て来てくれて、筆者はにこにこ。後は数を出して欲しい。

M-01 Giantland
M-02 Funny Hierophant
M-03 In The Bright Oval
M-04 Shunrai
M-05 Progress
M-06 Cryptomeria Rain
M-07 Falling Ash plume
M-08 PlanetS
M-09 Arms Girl
M-10 Solitary Bronze Prayer
M-11 Asahigaoka


2013年5月10日金曜日

RAINSTICK ORCHESTRA 「Floating Glass Key In The Sky」


本職がデザイナーの角田縛とSEの田中直通からなるデュオ、2004年作は何とあのNinja Tuneから。
当然、ジャケデザインは角田が手掛けている。

ビートの刻みはこまめだが、BPMは速くない。装飾音は多用するが、すっきり構成されているのでうるさく聴こえない。各音色配置がきちっと整頓されて把握しやすいが、ダブのような局所的な音色の偏愛はなく、全てほぼ等価で鳴らされている。
たまにジャジーだったり、Ninjaらしくブレイクビーツをボトムに這わせたり、まったり牧歌的だったりするが、基本的にはミニマル。また、似たような音色をトラック毎で使い回しているのが最大の特徴。
とまあ、音響へのこだわりよりも、自分たちが気持ち良い音を使ったトラックを組みたがっているのが良く分かる創り。そのため、割とメロディの立ったアルバムだ。

そこで『同じような音色を曲毎に使い回して単調にならないのか?』という疑問。
コレが意外とそうならない。
元々音色使いの志向が、奇を衒いたがる〝破調〟タイプではなく、アルバム全体の空気を乱さない〝調和〟タイプ。よって用いる音色自体が淡白となるので、脳裏にへばり付いて来るくどさがない。
あとはテクスチャの妙で聴きやすい環境を整え、巧く反復の魔力を用いて印象付け、各パーツを弄る匙加減を吟味してフックを与える――このような、地味ながらも小憎らしい工夫を施すだけで〝統一感〟の名の下に許容出来る雰囲気となる。
メンバー二人の背景も相俟って、アート臭くないのもその一端だと思う。

ただ、プリセット音色をそのまま用いたようなデフォルト臭は、商業作品として避けるべきではなかろうか。作品が途端に安っぽくなる。
そこで興醒めせず聴き通せるのも、本作の地味ーな旨味ゆえなのだな。

M-01 Trick
M-02 Waltz For A Little Bird
M-03 Kiteletu
M-04 Powderly
M-05 Overflow
M-06 Electric Counterpoint Fast
M-07 A Closed Circuit



2013年3月8日金曜日

NUMB 「空 -Kuu-」


奇々怪々。鬼沢卓(きざわ たかし)によるソロユニット、2006年作・二枚目。
もちろんSince 1997、自ら設立に関与したRevirthより。

鉄板の上で鉄球を弾ませたかのようなビート。記譜化を拒絶するメロディ徹底排除の上モノ。左右の中耳で揺らぎ、吹き荒び、蠢く、むず痒き卓加工――
これらが前作よりクリアな音像で繰り広げられていることを素直に喜ぶべきだ。
むしろ本作は、創り手側が聴き手側に幾許か歩み寄ってくれた感もある(それでも十分アクの強い、聴き手を選ぶ音楽性なのだが)
それは何も、音質が良くなっただけではない。

まずは、唯一無二のNUMBサウンドの根幹たるビートがマイルドになった。
何の衒いもなく、ボトムに四つ打ちを敷くトラックもある。M-08では、彼独自の音世界が固まる前に演っていたドラムンベースをふと思い出したかのようなビートを披露している。
よってボトムがソリッドになり、驚くべきことにノレるようになった、と。
加えて、全体的な構成が心なしかループ感を大切にするようになった。
常にアクセントを入れることで聴き手の脳裏に引っ掛けていくだけでなく、反復の魔力で聴き手の脳裏に刷り込めるようにもなった訳だ。
よって上モノがソリッドになり、驚くべきことにノレるようになった、と。

この考え方はやはり、彼もクラブ界隈の住人。
もちろんNUMBがNUMBたる音世界を堅持したまま、この意識改革を成功させている。付け焼刃の音感では成し得ない前進だろう。

まずはコレを先に試してから前作に移ると、『(一作目は)言うほど難解じゃなくね?』なんて嗜好誘導も出来る優れモノ。
音源漁りは後出しジャンケンくらいがちょうど良い。

M-01 色 -Shiki-
M-02 泥 -Doro-
M-03 慧 -Satori-
M-04 観 -Kan-
M-05 昊 -Sora-
M-06 廻 -Meguru-
M-07 依 -Yoru-
M-08 結 -Musubi-
M-09 慈 -Itsukushimi-
M-10 空 -Kuu-


2013年1月18日金曜日

RIOW ARAI 「Electric Emerald」


2007年作、八枚目。Libyus Musicからは四枚目。

四つ打ちテクノ作品である。
今までとまるで作風が違うのに、別名義リリースをしなかったのは『メリットを感じなかった』かららしい。
ならば、日本ビート学の権威が特有の歪なブレイクビーツを封印してまで、上モノ勝負を賭けてきた! と考えて良いはず。
だが元々は彼、YMOを真っ先に影響土壌に挙げる人。デビューが日本テクノレーベルの老舗・Frogman Recordsな人。しかも常に水準以上の質を提供出来る、作品に安定感のある人。作風の大変化に戸惑うコトなどない――
なんて聴く前、思ってマシタ。

今回はテクノという音楽の構造上、上モノはループ中心。それでもシンバルを左右に散らしたり、装飾音を左から右に通したりと、いつもながら細かい仕掛けは流々。音圧の良いヘッドフォンで聴くとかなり楽しい思いが出来るはず。
ただ、今回は久々に目を瞑り切れない難点も存在する。
普段の作風では、イレギュラーなビートをかわすようなタイミングでワンショットの上モノを打ち、その妙を味わわせてくれた。だが、シンプルビートに長尺ループのミッドテンポだと、例えばM-03のように噛み合わせ次第で何とももっさりしてしまうのだ。
また、今回全てシンセで取ったという音色は、ダサカッコイイのもあれば、あまりに月並み過ぎて音色の選択を間違えてるっ! と指弾したいのもある。
おそらく四つ打ちを意識し過ぎて、形に捉われてしまったのかも知れない。普段の作風ではジャンルを俯瞰してトラックを組める人なのに。

ココまでネガティヴなコトを書いてしまうと『お、駄作ゥー!』と勘違いされそうだが、ちっともそんなコトはない。
今までこれほどわくわくするようなイントロがあったか、と言いたいM-01。「Front Mission Alternative O.S.T.」期をアップデートしたようなM-02も秀逸だ。コレを含めた、エレクトロっぽい安くてねばっこいグルーヴの(俗に言う〝TB-303っぽい〟)ベース音色を用いたトラックは得手のようで、おしなべてカッコイイ。
しかもアルバム終盤に地味な秀曲を揃えているのも嬉しい。アッパー祭りとばかりに勢いで攻め切らず(それはそれで潔くて好きなんだけど)、こうした引きの美学で締める老練さもこのアルバムで彼が学んだ手管の一つだろう。

また数年後、このような四つ打ちテクノ路線を期待したい。たぶん凄いの来るよ。

M-01 Intro
M-02 Chocolate Derringer
M-03 Eternity Ring
M-04 Acid Samba
M-05 New Tube
M-06 Interface
M-07 Gps
M-08 Windy Grassy
M-09 Toys Boys
M-10 Brightness
M-11 Over Ground


2012年10月26日金曜日

DJ DUCT 「Bindweed」


実は実兄と二人三脚! ワンターンテーブリスト(+サンプラー+フットペダル+エフェクター)によるオリジナル音源二枚目。2007年作品。
FORCE OF NATURE、NUJABES、RIOW ARAI、DEV LARGE、果てにはFAT JONなど、底知れない人脈を持つLibyus Musicより。

自己レーベルを立ち上げての初作品(2005年作)はジャジーなフレイバーと、DJ KRUSHからの強い影響を隠しきれない音の空間処理(と、和の風味)を有す、如何にもアブストラクトなブレイクビーツ作品だったが、本作はそこから一歩だけ離れた位置に立ってみせた。
端的に書くと、雰囲気はそのままに、よりヒップホップに近付いてみせた。
もちろん完全インストアルバムの一枚目とは打って変わり、四人のラッパーを起用したから、なんて安直な理由ではない。
要はM-02を始めとする、ファンキーかつアッパーなトラックを平然と切れるようになった。つまり、よりフロアを意識し始めたという訳だ。
また若干、音質もクリアになった。
以上のコトから総合すれば、いわゆる〝メジャー感が増した〟というべきか。

「当たり前になったなあ……」と嘆くよりも、「成長してるなあ」とにっこりする方が聴き手にとって健全なのは言うまでもない。
ただヒップホップ然とするだけでなく、M-07のようにスカだかロックだか絞れないトラックを曲者・FAT JONに与える堂々とした態度が取れるのも成長からくる自信の表れか。

何よりも、彼のセールスポイントはトラックの空気を読むのが抜群に巧いコト。
スキット代わりの短い曲にもしっかりと彩を持たせ、なおかつ全てのトラックをコンパクトにまとめる。しかも着地点をきちっと定め、投げ出さない。
この小気味良い聴き心地は、トラックを感性で繋いでフロアを上げるDJならでは。
それはまるで短編小説を読んでいるかのよう。

M-01 Bold Bluff
M-02 Knockdown
M-03 The Depth (feat. J-LIVE)
M-04 Snarl Beats
M-05 Gin
M-06 Verve
M-07 Secret Weapon (feat. FAT JON from FIVE DEEZ)
M-08 Gentle Insanity
M-09 Sing n Spin
M-10 Biscuit
M-11 Crazy Crawl
M-12 Bindweed
M-13 Zanzou (feat. INDEN from 土俵ORIGIN)
M-14 Sweetness
M-15 Waku-Up Call
M-16 Wind Runner (feat. R)
M-17 Starry Night
M-18 Distant Wave


2012年9月18日火曜日

RIOW ARAI 「Number Nine」


タイトル通り、九作目。2009年作品。

思えばココまでよく洗練されたなあ、というのが第一印象。
構成はいつものアタックの強いボトムにワンショットの上モノメイン。ところどころビットレートの低い音色を用いているが、ただ単にその音が欲しいだけで、低スペックに喘ぎながら創っている節もない。ココら辺のぶれなさは流石だ。
ただ、以前よりも音を左右にパンしまくるような卓加工頻度が減った。初期、「訳が分からない」と揶揄された特有のブロークン過ぎるビートがややマイルドになった。

それらよりも、メロディの使い方がいつの間にか、平然と、達者になったのが大きい。

Jazzirafiなるエレガントな歌唱の女性シンガーを起用したM-05と、そのほぼ対になるM-10などその最たる例。上モノループのまばゆさに加え、それとビートの間に潜り込ませたさり気なく甘いベースラインなど、無骨なトラックを好んで組んでいた頃とは聴き違えんばかりだ。
恒例のメロディアストラックで締めるM-11も、お約束に堕せず、違和感も抱かせない。
その一方で、卓でDJバトルをするかのようなM-04など以前の彼らしいトラックなのだが、これが何と九分越えの長尺曲! となると話が違ってくる。しかも、それを頭か終いの背景色を揺らがせて時間稼ぎするようなせこい真似などせず、いつでも締められる雰囲気を醸し出しておいて、真っ向からぐいぐい乗り切ってしまうのだから恐れ入る。
また、ケーハクなフロウが持ち味(!?)のラッパー、ノーキャンドゥー参加のM-03とM-08にも、こちらから迎え撃てるほどの余裕を感じる。

要は音に自信に満ち溢れている。

一枚一枚、音源を出すことでデータを蓄積し、次へ次へと反映させてきた、超が付くほどの堅実派である彼も、そろそろメインストリームに殴り込みをかける時期なのかなあ、自覚し始めたのかなあ、なんて思ったりもした。
だがそれが良いのかどうかも分からない。このままデータを取り続けて向かう先に何があるのかも分からない。
サイコロを振れば振るほど、出目が均一化されていくような状況なのかなあ、なんて偉そうなコトを考えてみたりもした。

M-01 Intro.
M-02 Status
M-03 Meet Me In Ebisu (featuring Nocando)
M-04 World Wide Wave
M-05 Electricity (featuring Jazziraffi)
M-06 Sweet Tweet
M-07 Funkenstein
M-08 Open Eyed Dreams (featuring Nocando)
M-09 Social Pressure
M-10 Remember Me (featuring Jazziraffi)
M-11 Moonlight


2012年8月16日木曜日

O.S.T. 「鉄コン筋クリート」


1993年から94年にかけて、週刊ビッグコミックスピリッツにて連載された松本大洋のまんがを、映画系CG技師上がりのマイケル・アリアスが監督したアニメ映画、のサントラ。2006年作。

本サントラは何はなくともPLAID――それに尽きる。
カリフォルニアの青い空・アリアス監督と英国紳士(笑)のPLAIDの接点は良く分からないが、PLAID初の劇伴音楽アルバムがコレ。
とは言え彼らは映像作家とのコラボには積極的で、一足お先に同年、ボブ・ジャーロックとのCD+DVD作品をドロップしている。

このようになるべくして演った本作。問題は内容よ、内容。

PLAIDと言えばふざけた写真と独特な音色使いで知られているが、劇伴音楽は映像にフィットした楽曲でなくてはならない。原作は多少とぼけた部分もあるものの、ぴりっと張り詰めた空気で貫かれている。PLAIDの裏の側面である脱力系のユーモアセンスが出しづらい状況にあると言って良い。つまり、我も抑える必要がある。
結果、彼らは話に併せた。本作はPLAIDとしては徹頭徹尾シリアスに編まれた作品だ。らしくない、と言えばらしくない作品なのかもしれない。
ただ、こちとらキャリア20年を超えるベテラン。そこかしこに如何にもPLAIDらしい、透明感があってメロディアスな上モノをちらつかせる。そうなれば『あー、やっぱPLAIDだなあ。ずるいわ』と聴き手は感じざるを得ないはず。
もちろん質に関しては一切問題はない。映像との噛み合わせもばっちり。そこら辺の堅実さはベテランたる所以。

いつものWarp産ではない(後にWarp直営のネット配信サイトで販売)ため、次作のような準本枠扱いされないのが残念だけど、やっぱりPLAID。
もう何を演ってもエドとアンディが創ればPLAID。

M-01 This City
M-02 Rat's Step
M-03 This City Is Hell
M-04 Brothers Chase
M-05 Butterfly
M-06 Oasis
M-07 Beginnings
M-08 Snakeing
M-09 Open Kastel
M-10 Assassouts
M-11 Safety In Solitude
M-12 Where?
M-13 White's Dream
M-14 或る街の群青

M-14は〝アジカン〟ことASIAN KUNG-FU GENERATIONによる書き下ろし曲。終いに取って付けた感は否めないが、きちっと原作を踏まえて曲を書いているので、そういうモンだと受け入れてあげよう。
なお、当曲にPLAIDは一切関与していない。


2012年4月2日月曜日

フィッシュマンズ 「空中キャンプ」


バンド最大のターニングポイントとなった1996年作、五枚目。

デビュー当時はポップなレゲエロックバンドだった彼ら、いくら日本の音楽シーンのサイクルが早いからとて、たった五年でココまで深化するかと。
その深化具合とは、宇宙の如き広がりを持つ音空間でシンプルに鳴らされた、底の見えない音像だ。音のパーツがあちこちから極端な配分で奏でられ、その中心にどっかりと佐藤伸治の個性的な魚系ヴォーカルが構えている。
その佐藤が書く無常観を飄々と綴る歌詞に合わせた、どこか儚い音世界。

コレを皆、〝ダブロック〟と呼ぶ。
レゲエEPのB面として、スタジオ内の遊びから生まれた〝リミックスの元祖〟がダブなのだから、コレは正当進化だ。

よくこのダブ的アプローチが辣腕エンジニアのZAKによって齎されたモノ、という考えもあるが、彼の協力は既に五人組最後のアルバムにして三枚目「Neo Yankees' Holiday」より始まっている。この当時はまだ前述のレゲエロックの彩を色濃く残している。
四枚目「Orange」では、明るくなり切れないレゲエロックが展開されている。これを期に、キーボードのハカセ(現・LITTLE TEMPO)が脱退。四人組最後のアルバムとなる。
なんちゃってライヴ盤の「Oh! Mountain」では一部、ライヴ盤とは思えない極端な音響変換が如何にもダブ的でもある。
で、本作、と。

こうして時系列にリリース作を並べてみると、じわじわと音世界を成長という名の下にシフトしてきた気にさせられる。
ただ本作の高い評価は、一歩一歩着実に階段を上って来た彼らが「Oh! Mountain」――いや「Orange」から一段抜かしの成長を遂げたからこそだと筆者は思っている。
俗に言う〝斜め上を行く〟勢いだったと。
その進/深化は、ZAKの助言と卓加工によって促進されたのかも知れないし、曲創りの主導権を掌握していた佐藤の覚醒からかも知れない。

そんなのどうでもいいのさ。べつになんでもいいのさ。
難しいコト考えてないで、気持ち良いこのアルバムを聴いてほけーっとしてようよ。とりあえず明日はあるんだから。

M-01 ずっと前
M-02 ベイビー・ブルー
M-03 スロウ・デイズ
M-04 サニー・ブルー
M-05 ナイトクルージング
M-06 幸せ者
M-07 すばらしくてナイス・チョイス
M-08 新しい人


2012年1月18日水曜日

RIOW ARAI + NONGENETIC 「Riow Arai + Nongenetic」


毎度お馴染み日本のビート・プロフェッサーとSHADOW HUNTAZのリーダー、奇跡の邂逅。2005年作品。

2005年はRIOW ARAIにとって攻勢の年だったように思える。
クリックハウスを能くするNAO TOKUIとのコラボを皮切りに、オーストリアの名門・Megoが輩出した日本の音響歌姫・ツジコノリコとのRATN名義、そして本作である。
彼が前作で自らの音楽的土台を完全に固めた、もう揺るぎないと確信してのタッグ戦線進出だと、筆者は勝手に推測している。
今まで機会のなかった、1+1を2ではなく10倍の200にする挑戦の始まりだ。

まずは、なぜかマズレク大将作品の日本盤ライナーで書かれていた、本作についてのおかしなエピソードを紹介。
この太平洋を隔てた競演は、何とNONGENETICが、RIOW ARAIのHPに載っていたサンプル音源に自らラップを重ねて勝手に送り付けてきたコトから端を発しているらしい。
しかもこの二人、本作発表時点で顔すら合わせていないらしい。コレもう〝邂逅〟ですらない! (現在はどうなんだろう)
なお、レコーディングは東京とハリウッドに分かれて録られた。

そんな二人から出て来た音はやはり、ガチのヒップホップ。
既存のヒップホップフォーマットから外れたトラックに乗りたがるNONGENETICと、自らの音を様式化するべくヒップホップフォーマットに近付いたRIOW ARAIの合体は、皮肉と言うか理に適っていると言うか。
とは言え、ヒップホップという音楽の構造上、タイマンではない。NONGENETICの同僚・DREAMとBREAFFなどを含む総勢六名のラッパーが脇から支える。
また、今でもRIOW ARAIと繋がりのあるワンターンテーブリスト・DJ DUCTの活躍が光る。そのアグレッシヴなスクラッチはトラックに間違いなく活力を与えている。それこそ〝RIOW ARAI + NONGENETIC + DJ DUCT〟名義でも差し支えないくらい扱いが良い。

前作のIntroがココまで発展したM-01。湿ったギターのカッティングループが心地良いM-05。声ネタの不穏さから聴いていてだんだん不安になってくるM-08。へヴィかつファンキーにガンガンアゲていくM-13から、ヒップホップらしく大団円なまったり空気で締めるM-14とまあ、隙皆無で完成度の高いアルバムだが、筆者はふと気付く。
「もっといつものアライさん流ビート学を貫いて、ノンジェネ含む参加メンバーを統べる形になるかと思った」
その実、本作は思ったよりRIOW ARAI色は濃くない。共演盤なのだから当たり前だ。
いつもよりループで構成されているトラックも多い。ラップという点で置いて行く音を立てている以上、同じように点を置いて行くいつものワンショットメインの創りではカブってしまうという配慮かも知れない。

配慮――唯一無二の個性を持ちながら共演者を丸呑みしない賢明さを持つ彼は、音源を出すという研究から得た成果をもれなく脳内へと蓄積している。
ただし、一生結論を見ないのが〝学問〟というものだ。

M-01 Travel The Night
M-02 Mrsmr
M-03 Neo Con
M-04 Betterdays
M-05 Oh Snap
M-06 Kiss
M-07 One Dolla
M-08 Scared
M-09 Parallel Lines
M-10 Stop Lying
M-11 Dolla
M-12 Incredible
M-13 Dead Or Alive
M-14 Change


2011年11月18日金曜日

RIOW ARAI 「Rough Machine」


2004年作、六枚目。今回はいつもとはちょいと違うぞ! 

彼は二枚目から三枚目へ移行する際に一度、音創りのメソッドにモデルチェンジを施している。なのに別人の如く変貌しないところが、常にぶれないこの人らしくもあるのだが。
さて今回は筆者が思うに二度目のメソッド変更盤である。
ならさぞかし……と思いきや、表面上はいつも通りだったりするのも、常にぶれないこの人らしくもあるのだが。
上モノはワンショットメイン。装飾音の鳴る位置を散らしまくる。ブロークンでアタックの強いビート。のっけがイントロで、締めがアンビエントなアウトロ。

ほんとに変わったの?
上記の列挙部分はあくまでトラックの枝葉。問題は根幹であり、本質。

具体的に言えば、以前は『どこのジャンルに押し込めて良いか分からないから、とりあえずクラブミュージックにしとけ』みたいな曖昧な位置取りに居た。それを生かして、比較的自由にトラックを組んでいたように思える。
そこへ、本作からヒップホップに自ら近付いた。
ただヒップホップと言っても、MCやトラックメーカーの観点ではなく、ターンテーブリストの視点でトラックを構築していると気付いた時点で、筆者のにやにやが止まらない。
本作を聴いて、筆者の脳内にはサンプラーのキーパッドを叩いている彼が浮かんでいない。それはもう、2ターンテーブル&DJミキサーだ。
まるで皿をこすっているかのような、つんのめる装飾音のぶち込み方からしてそう。装飾音を左右にパンした際、まるでミキサーの横フェーダーを振って出したような両耳の感触からしてそう。ビートや上モノと装飾音のグルーヴィーな絡みからしてそう。

装飾音の可能性を示唆した「Beat Bracelet」。効果向上を図った「Device People」。ヒップホップという様式を用いて具体化した本作――
これは焦点を絞った末ではなく、なるべくしてなった正当進化だと思う。

でもこの『RIOW ARAIの組んだトラックをDJ RIOW ARAIが回した』ようなメソッドは以前からちょぼちょぼ出しているのよね。本作のように完全に開花していないだけで。

M-01 Intro
M-02 Break Infection
M-03 Rough City
M-04 Forward Direct
M-05 Election
M-06 Magnet
M-07 Ground Heat
M-08 Glare Glance
M-09 Funky Jockey
M-10 Overtime


2011年11月8日火曜日

KIRIHITO 「Suicidal Noise Cafe」


それぞれ、あちこちで課外活動も盛んな竹久圏(G、Key)と早川俊介(Ds)のヘンテコデュオ、2000年発表の三枚目。
そろそろ結成二十周年にもなろうベテランだ。

ジャケをご覧の通り、早川は高足設置のドラムセットを立って叩き、竹久はギターを弾きながらキーボードを踏み鳴らし、音を踏み均していく。
曲毎に貫き通すぺなぺなした奇妙なギターフレーズと、やたら裏を取りたがる上に前のめりな独特のタイム感で刻まれるビートと、爬虫類的声質の歌をほぼ並列に配した最小編成らしい音世界だ。各音色のジョイントに当たる低音パートをわざと配置しないことで、それぞれの音色を剥離させ、際立たせている。
歌詞はあるが、特に内容は感じ取れない。英詞なのも、声という音が乗せやすいだけだろうし、巧く乗れば日本語でも構わないと思っているはず。M-05が中国語と英語のちゃんぽんなのも歌詞の内容同様、大した意味などないはず。
時折噛ませてくるサンプリングのソースがへんちくりんなのも、変な音楽にしたいというあざとさからではなく、ごくごく感覚的なモノだろう。

つまり、感性に基づく音至上主義。
あれ? コレって今で言う“ポストロック”的な考えでしょう? しかも音像から察するに、そこから枝分かれした“マスロック”のような?

と、そんなジャンル分け云々など、聴き手側が分かりやすく解釈出来るよう便宜上付けたラベル。創り手の方はまるで気にしていない。
それよりも、今から十年以上も前にこの音を、何の迷いもなく演っている時点で『時代が彼らに追い付いた』?
いやいや、創り手の方が世間を気にしてどうするのさ。製品じゃあるまいし。
何が言いたいのさ?

短くも密度の濃いポピュラー音楽史上でたまーに出る、オーパーツのような作品に触れて『すげー! 今でも全然色褪せてねー!』と後出しじゃんけんのような追体験をする楽しみ方だってあるのさ。
それが本作のように音的に気持ち良くて、しかも混沌の坩堝に落とされて頭ぐらぐら出来るとあっては、お得感が二乗三乗されたようなモンじゃない?

M-01 Strawberry Massage (Instrumental)
M-02 Up Up!
M-03 Suicidal Noise Cafe′
M-04 Surf
M-05 Cut -我想修口下前面、前齋後面-
M-06 Fish & Tell
M-07 D.N.A+
M-08 Ohayo Death -Good By The Earth-

しかも2009年、リマスターを施し〝M-09 Made In Egypt〟を追加収録した再発盤が出たのさ。ファインドアウトレコーズってどこだよ! 広いネットの海からHPをFind Out出来ねーよ!
ちなみに原盤は(とうとう実の兄貴がCMに出るようになった)DMBQの増子真二が主宰した、ミュージックマイン傘下のNanophonica。


2011年10月18日火曜日

RIOW ARAI 「Device People」


2003年作、五枚目。

今回もM-01はイントロ。まるで70年代火サステーマ曲のような古臭い音で幕開け。
ならば幕引きのM-11はいつものメロディアストラック? ノンノン。
そうそうお約束に準じてくれないのがこの人。

前作で数曲あった、ぽこぽこしたスネアのファニーな音色はなくなった。いつも通り、音割れも気にせずアタックの強さ勝負。
相変わらずワンショット中心に構成する上モノも荒っぽい音が多く、音色使いがマイルドだった前作と言うよりも前々作の延長線? と一聴目の耳はそう答えるだろう。
前作の過密な音響工作は聴き手の理解を得られなかった? だから自分のトラックメイキングのメソッドを元の位置に戻したんだろうって? ノンノン。
そうそう守りに入らないのがこの人。

本作の音響工作は、前作での実験を踏まえて発生した反省点を生かして創られている、はず。もちろん彼は前作が失敗だとは更々思っていない、はず。
相変わらず上モノをぶんぶん左右にパンする。ピッチを下げてトーンを落とすコトで同じ音色に変化を持たせたりしている。前作ほど過度ではないが、副音を鳴らす位置を弄ったりも当然している。
更に本作では、この曲のこの一瞬だけしか使わない贅沢なワンショットもある。今まで以上にディレイが執拗だったりもする。M-04のように驚くほどシンプルなビートが万華鏡のようにどんどん様変わりしていく、今までとは違った凝り方も。
全ての音の意図が明確だ。

(筆者の考えた)前作の反省点とは、「罠を設置しても、はまってくれなくては効果がない」ということ、なはず。

前作の“罠”は細か過ぎた。頭を使って真剣に聴かないと気付かないくらい。(それに気付きさえすれば、以後は意識空っぽでも桃源郷なんだけどな……)
それでは工夫した甲斐がない。“罠”にはまらせるよう、あえて印象的な音を惜しげもなく捨て音に使ったり、鳴らす場所以上に鳴らし方に気を配ったり、音パーツ加工の練り具合が尋常ではなかったり。

これは聴き手に配慮した音創り、なのかも知れない。
いや、それ以上に彼の一音一音に賭ける情念やら何やらの方がびんびんに感じる。
つかもはや、筆者には本作に弄された数々の音響工作に、きちんと掴みや前振りやガイド板が仕込まれているように聴こえるのさ。コレ、どォゆうコト!?

M-01 Intro.
M-02 Break Literacy
M-03 Inner Blowing
M-04 Mode Down
M-05 Hip-Ruins
M-06 Star Trash
M-07 Funktions
M-08 Heavy Baby
M-09 Irregular Tips
M-10 Supperless
M-11 Non Fiction


2011年10月8日土曜日

DJ KRUSH 「覚醒」


日本のヒップホップ黎明期から活動を続け、今や世界的なビート・マエストロ――そんな凄い方の五枚目。1998年作。
〝トリップホップDJ四天王〟なんてくだらない括りも、今だから嘲笑える呼称だ。

過去作はところどころ(有名・無名に関わらず)MCやシンガーの助力を仰いでいたが、本作は(日本盤レコードと海外盤のボートラであるM-17以外は)全てインスト。彼の並々ならぬ心意気が感じ取れるはずだ。
でもその〝心意気〟が、流して聴いた程度で伝わるとは思えない。
くごもったような音質から、ひっそりと添えられる上モノ。スカスカな全体像。何だかとても地味~~ィに聴こえるかも知れない。

よし、十回通して聴け! 横暴な! なら千回聴き込め! ノックかよ!
いやいや、そんなコトをせずとも一回だけ、各音を意識して静かな場所で聴きさえすれば、本作がどんなに凄いアルバムか理解出来るはず。
ヘッドフォンをご用意を。

まず音がスカスカだからさぞかし音数を切り詰めているかと思いきや! 思ったより音色を費やしていることに気付かされることだろう。
主音とビートはいいとして、あまりに奥ーゥの方で鳴ってるものだからグリッチと勘違いしそうな音色もあれば、どうやら本当にグリッチらしい音もある。それらをひとつひとつ数に入れると、驚くほど音が蠢いている。
それらを全て掌(たなごころ)に転がして、彼はトラックを構成する。
いちいちその副音を追っているだけでも楽しい。副音が主音たちに飲み込まれていくような心地も覚える。
更に聴く度に「あ、こんな音鳴ってたんだ」という発見も齎してくれる。
そんな風にリラックスして聴けるのも、ごちゃごちゃと音色を配置せず、すっきりと構成されているから。〝スカスカ〟なのではない、きちんと整頓されているのだ。

もし本作にラッパーやシンガーが居たならば、そちらに耳を奪われて、おそらく気付かなかったことかも知れない。
居たら居たで構わないのは、M-14の歌付きであるM-17が証明している。
だが、本来ある必要のないモノを全編、無理矢理組み込むことほど無粋なモノはない。

彼はおそらく、インストアルバムを創るつもりで本作に取り組んだ訳ではないと思う。
創り進めていくうちに「今回、声はネタ以外に要らねーかも」と察したのかも知れない。M-17はその名残かも知れない。
だとすれば、その素晴らしい慧眼と英断に感服。

M-01 Intro
M-02 Escapee
M-03 Parallel Distortion
M-04 Inorganizm
M-05 Deltaforest
M-06 Crimson
M-07 The Dawn
M-08 Interlude
M-09 85 Loop
M-10 Rust
M-11 1200
M-12 Krushed Wall
M-13 The Kinetics
M-14 Final Home
M-15 No More
M-16 Outro
M-17 Final Home (Vocal Version)


2011年9月18日日曜日

RIOW ARAI 「Beat Bracelet」


2001年発表の四作目。

まず一聴、あれっ? となる。
アルバムの前半、ビートがリムショットだったり、ぽこぽこ鳴る音色を使っていたり。割れても良いからアタックの強い音ばかりを好んで使っているいつもとはどこか違う。
聴き進めていけばいつもの音色に落ち着くのだが、それよりもビート構成がいつもの彼に比べていやにシンプル(あくまで彼基準の“シンプル”なので、他のトラックメイカー基準だとやっぱりへんちくりん)。また違和感を覚える。

筆者は「RIOW ARAIに真っ当な音は期待してないんだけどなあ……」と首を傾げつつヘッドフォンで聴き直してみれば驚いた。
ビートがシンプルになった分、音響工作がこれでもか! と言わんばかりに密だった。

曲構成は以前と一緒。ボトムライン重視で、上モノはワンショットがメイン。メロディ度外視。音は加工せず、素のまま鳴らす。
で、トラックの軸となるメインの上モノと、スネアやキックといったビートの根幹をど真ん中で鳴らすのは当然として、背景トラックに当たるハイハットを含む装飾音を、とにかくまともに鳴らさない。隙を見ては左右に揺すりたがる。一音ごとに左右へ振り分けるなど当然。同じ音を両耳で同時に鳴らすのもアリ。全く同じ音を全く違う位置で鳴らしもする。
極め付けは、ある些細なワンショットを片方の耳だけ、イレギュラーなタイム感で、極端な位置で、トラックにわざと埋もれさせて鳴らすような細っかい仕掛けまで施した点。
ココまでするかと。

要は「聴き取りやすい部分は分かりやすく組んだけど、聴き取りづらい部分こそ凝って練り上げたよ」というコトなのかも知れない。
とりあえず一度、ヘッドフォンを装着して聴いて欲しい。
なるべく頭空っぽにして聴くと、どこから音が鳴るか読めなくてメチャメチャ楽しいよ! 頭を使って聴いちゃだめだよ! すっごく疲れるよ!

で、最後のM-11は例の如くメロディ主導のアンビエントトラック。あー、お疲れさまー、って声を掛けられたような感じかなー。

M-01 Intro
M-02 Side Swipe
M-03 Kerl
M-04 Kusakari
M-05 Provoke
M-06 Revelation
M-07 New Thread
M-08 Fleeting
M-09 Brick Bat
M-10 Compress
M-11 Bitter Sweet