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2017年3月26日日曜日

DAY ONE 「Probably Art」


うそん! まだ演ってたん!?
呟きラッパーのフィレム、何でも屋のマシューからなるブリストルの非モテ系ヒップホップデュオ、2005年作の2枚目。

ついつい前作の印象から〝非モテ〟と書いてしまったが、あれから二人とも結婚して子供も生まれたそうな。よかったねおめでとう。ちなみに英盤(2007年リリース)のジャケに書かれた赤いタイトル文は、フィレムの息子によるモノだそうな。
だからという訳ではないが、本作から多少リア充ぽい雰囲気が漂っている。
彼らを見出したマリオ・カルダートJr.人脈からミックス・マスター・マイクベックのサポメン、かの著名ラッパー:ウィル・アイ・アムAZTEC CAMERAオリジナルドラマーなど、ゲスト陣が垢抜けたのもある。
それ以上にのっけのM-01から飛び出すコレとかアレのような、へらへらちゃらちゃらした西海岸のボーダーミュージック的爽やかさが異色になっていない点で気付くことだろう。

だが、そのような表層的な変化よりも、しっかり変わらず残っている部分に喜ぶべきかと思う。
英国人ならではの湿った、明るくなり切れない音楽性を。

模擬ストリングスを合いの手に用い、各種サンプル音や民族楽器を忙しなく散りばめたM-03。同様にサンプル音をばらまきつつ、パンチラインで金、金、金、金、と連呼して聴き手の耳にあざとく引っかけてくるM-07。こちらも連呼系パンチラインだが、各種副音の絡みが絶妙なウィル・アイ・アム参加のM-08。レコードでいうA面とB面を締めるM-06と12では、それぞれ生ヴァイオリニストと生チェリストを迎えて前作のままの寂寥感を醸し出し、なぜかほっとさせる。
お蔭でM-01、M-05、M-09、M-10のような、サビで爽やかに盛り上がる件の西海岸チックな曲が従来通りはにかんで聴こえるのだから、アルバムの流れに巧く溶け込んでいると言えるだろう。

きちんと練られた楽曲がこれ以上ない曲順で並べられることで地味に後引く、スルメ型の好盤。
音楽的成長に年輪を感じさせるのが良い。

M-01 Bad Before Good
M-02 Cosmopolita
M-03 Feet Firmly On The Ground
M-04 The Little Things
M-05 Saturday Siren
M-06 Now I'm A Little Older
M-07 Money
M-08 Give It To Me
M-09 Travelcard Traveller
M-10 Probably Art
M-11 Time To Go
M-12 Who Owns The Rain


2014年10月2日木曜日

MASSIVE ATTACK v MAD PROFESSOR 「No Protection」


二枚目(1994年作)を、あへあへダブおじ(い)さん:マッド・プロフェッサーがダブヴァージョン(リミックス)化! ありそでなかったこの一枚。
翌、1995年発表。

ぐう(の音も出ないほど)ダブ。おしまい。
いやいや待て待て!
もこもこ内に籠っているようで抜けの良い音像。過度に掛けるフィルター、エコー、ディレイ。気まぐれで定める一部音色への偏愛。流動的な鳴らす位置。大胆な音色の抜き差し。
これぞ、まごうことなきダブである。
ただ、元よりマッシヴはそんなダブを血肉としているユニット。これ以上ダブダブしくする必要があるのだろうか……? なんて疑問もあろうが、ここまで徹底してダブのメソッドに当てはめたモノを聴かされれば、聴き手はぐうの音も出ないはず。
本編では二曲ずつ宛がわれしトレイシー・ソーンのしなやかな、ニコレットの可愛い歌声も、クレイグ・アームストロングの感傷的なピアノも、ぶっつぶつのぎったぎた斬り。
この辺の主音への苛烈な扱い、正しくダブ。
なお男声――トリッキーとホレス・アンディが歌っているトラックは一つずつしか選ばれていない上、ヴォーカル音色を一切用いず、文字通り〝抜いて〟いるので注意。
これもダブ特有の音色偏愛の一端であろうか。

あと、クラブ系さんサイドからダブを眺めているだけの筆者からすれば、ダブと言えば(涼しげな音像と)低音の過剰な強調! が最大の特徴かと思っていたら、場合によってはベース音色も平気で抜くんだと本作で知った。
ぜひとも本作を入り口に、この加減算の妙を味わって欲しい。
ひんやりしててきもちいよv

M-01 Radiation Ruling The Nation (Protection)
M-02 Bumper Ball Dub (Karmacoma)
M-03 Trinity Dub (Three)
M-04 Cool Monsoon (Weather Storm)
M-05 Eternal Feedback (Sly)
M-06 Moving Dub (Better Things)
M-07 I Spy (Spying Glass)
M-08 Backward Sucking (Heat Miser)


2014年9月14日日曜日

QUAKERS 「Quakers」


7STU7ことステュアート・マシューズ、KATALYSTことアシュリー・アンダーソン、FUZZFACEことジェフ・バーロウ――以上三名のトラックメイカーによるヒップホップユニット、2012年作。
本作は二枚組で、Disc-2はまるまるDisc-1のインストとなっている。お・と・く。

100%サンプラーを用いて創られたような、愚直なヒップホップ。音の触感としてはニュースクール辺りの、ヒップホップがしっかりメインストリームに根差した頃を思わせる。
フィーチャリングラッパーの記述がないトラックは全て1分弱のスキット(寸劇)かインタールード(間曲)。それ抜きでも多い曲数から察せられる通り、一曲一曲は短め。ヒップホップは通りすがっただけな筆者のような聴き手としては、各トラックがあっさり終わって食い足りないかなーと思わなくもないが、矢継ぎ早にトラックが飛んで来るのでミックステープのような小気味良さがある。
そもそもヒップホップという音楽の構造上、単調さを覚えず各トラックを長くするにはMCの高難度なスキルとトラックへの過剰な工夫が必要となってくるので、これで良いのだ。

一方の作風だが、ホーンセクション使いが目立つ――いや、ホーンセクションは目立つ。あのド派手な音色を巧く用いれば、大ネタ使いばりの強烈なトラックが組めるのだなあ……と、ほとほと感心した。
例えばラップといえばギャング(スタ)だが、威風堂々としたホーン群でマフィアの風情を醸し出したM-03や10。高らかに鳴らすことで映画のテーマ曲のような達成感が得られるM-17や36や40。またM-26のようにファンキーに鳴らすことで王道感を出すことも出来る。
金管楽器は反則。
あとはトライバル風だったり、シンセをわざと安っぽく用いて時代性を出したり、SANTANAばりのきらびやかなギターを立てたりと、ヒップホップという狭い狭い狭い枠組みの中でいろいろ演っている。ただし、録り方を前述のニュースクール風の音質で統一しているので、散漫さは微塵もない。
またNASJURASSIC 5あたりのフレーズをサンプリングしたりと偉人へのリスペクトも忘れない。(蛇足ながらJFKのあの名言を茶化したりもしている)

好きなんだなあ、ヒップホップが。
これを温故知新と見るかパロディと見るかで、聴き手の音楽的スタンスが分かるっちゅーかバレるっちゅーか……モニュモニュ……。

Disc-1 (Rhymes)
M-01 Intro
M-02 Big Cat (feat. SYNATO WATTS)
M-03 Fitta Happier (feat. GUILTY SIMPSON、M.E.D.)
M-04 Smoke (feat. JONWAYNE)
M-05 The Lo
M-06 Russia With Love (feat. COIN LOCKER KID)
M-07 What Chew Want (feat. TONE TANK)
M-08 Flapjacksmm
M-09 Jobless (feat. QUITE NYCE)
M-10 Sidewinder (feat. BUFF 1)
M-11 Mummy (feat. DIVERSE)
M-12 Belly Of The Beast (feat. EMILIO ROJAS)
M-13 Up The Rovers
M-14 The Turk (feat. KING MAGNETIC)
M-15 There It Is (feat. THE CHAMPS)
M-16 RIP
M-17 I Like To Dance (feat. KRONDON、GENERAL STEELE)
M-18 Dark City Lights (feat. FRANK NITT)
M-19 The Beginning (feat. COIN LOCKER KID)
M-20 Kreem
M-21 War Drums (feat. PHAT KAT、GUILTY SIMPSON)
M-22 R.A.I.D. (feat. LYRIC JONES)
M-23 Fresh
M-24 Something Beautiful
M-25 Chicken Livers (feat. FC THE TRUTH)
M-26 Rock My Soul (feat. PRINCE PO)
M-27 Lost and Found (feat. ESTEE NACK)
M-28 My Mantra (feat. DAVE DUB)
M-29 Hunnypots Of Beeswax
M-30 TV Dreaming (feat. BOOTY BROWN)
M-31 Don't Make It Worthless
M-32 Soul Power (feat. DEAD PREZ)
M-33 Glide
M-34 Get Live (feat. COIN LOCKER KID)
M-35 Sign Language (feat. ALOE BLACC)
M-36 Earth Quaking (feat. AKIL)
M-37 You're Gonna Be Sorry
M-38 Outlaw (feat. DEED)
M-39 The Tax Man (feat. SAREEM POEMS)
M-40 Chucky Balboa (feat. SILVERUST)
M-41 Oh Goodness (feat. FINALE)
Disc-2 (Instrumentals)


2014年8月8日金曜日

BEAK> 「Beak>」


PORTISHEADのジェフ・バーロウが満を持して発動させた3ピースのデビュー盤。コレから一年(半)後の2009年発表。
レーベルはもちろんバーロウのトコ。また、米盤はパットン将軍のトコでお世話になっている。嫌な繋がりだなあ(ニヤニヤ)。

他のメンバーはGONGAやCRIPPLED BLACK PHOENIXなどに顔を出していたキーボード奏者:マット・ウィリアムス、FUZZ AGAINST JUNKのベーシスト:ビリー・フラー。どちらもInvadaで厄介になっていた面々だ。
なお、バーロウはドラムを担当しているらしい。いずれもクレジットはないが、ともかく各々のメイン楽器はこんな感じらしい。
そんな彼らが鳴らす音は、ブリストルらしいダビーで薄暗いトリップ音楽。しかも上記の通り、バンドサウンド。
一口にトリップ音楽と言ってもいろいろあるが、軸は反復反復アンド反復のクラウトロック。単音でねちっこくまとわり付くベースラインが如何にも酢漬けキャベツ。そこへたまにパターンを崩すが(モタっているという説がある)一切難しいことをしないシンプルなドラムが這い、カビが生えたような音色のハモンドオルガンが乗る。コレが基本路線。
おおむねインストだが、M-02、03、10、11のようにぼそぼそっと歌う曲もある。誰によるものかさだかではないが。
ただ、この路線を貫徹する訳ではなく、M-03、M-11のようなOMばりにベースにファズをかけたギターレスなゴリゴリスラッジ曲を演ってみたりもする。M-05のようなギターサイケデリア舞い散るシューゲイザーっぽいこともする。M-07みたいに即興風味の効いたサイケ曲も演る。M-09のようにガピーガピーうるさいハーシュノイズ曲もある。最後を飾るM-12など人力ミニマル曲だ。ちなみに、たぶんフラーがウッドベースを弾く曲もある。
節操がない、と言うのは簡単だが、どれも聴き手や演り手が音を媒介して陶酔するためにプレイする類の音楽に終始しているので、語弊はあるが統一感がある。

と言うかこんなダビーな音像で、それほど演奏技術を追い求めず、不気味でエッジの立ったバンド、あったなあ……。
そうそう、THE POP GROUP!! ブリストル出身の!

M-01 Backwell
M-02 Pill
M-03 Ham Green
M-04 I Know
M-05 Battery Point
M-06 Iron Action
M-07 Ears Have Ears
M-08 Blagdon Lake
M-09 Barrow Gurney
M-10 The Cornubia
M-11 Dundry Hill
M-12 Flax Bourton


2014年8月6日水曜日

PORTISHEAD 「Third」


二枚目が発売されたのは1997年。ライヴ盤が発売されたのは翌年の1998年。
三枚目の本作は2008年発表。何やってんの!
その間、メンバーはそれぞれ、別活動をしたり、レーベルを立ち上げたり、誰ぞのプロデュース客演をしたり、誰ぞのトリビュートアルバムに参加したりしていた。貢献度の高いサポートメンバーを正式加入させたりもしていた。

お陰で十年も経てば音楽性も変わるわな、と思わせるに十分なアルバムとなった。

一言で語れば〝より器楽的になった〟。
元からリズム楽器以外は一通りこなす、晴れて正式メンバーとなったエイドリアン・アトリー(メイン楽器はギター)が居る。司令塔のジェフ・バーロウも生演奏に熱心だ。シンガーのベス・ギボンズはデビュー前、パブでアコギを抱えてブライアン・アダムスの弾き語りをしていた過去を持つ。あと他に、ライヴではおなじみのジョン・バゴット(Key)やジム・バー(Ba)やクライヴ・ディーマー(Ds)だって居る。
アルバム全体像が、おそらくバーロウがドラムセットに向かって叩いたビート(ちなみにあんまり巧くない)をループさせる手法を採っているのだから、彼らがブレイクビーツ音楽から一歩踏み出したと考えるべきだ。
(その一方でわざとらしいほどに打ち込み臭いM-08をリーダートラックに据える、一所に収まりたがらない食えなさも健在)

ならどのような形で、PORTISの持ち味を損なうことなく器楽的になったのか。
まずは、ブレイクビーツという反復音楽とは意外にも好マッチングを見せる、ドイツが生んだ音楽魔境・クラウトロックへの接近だ。メロディに頓着しない音色や、単音旋律の多用、機と見るに意地でも反復を維持する(オスティナート)やり口はココから拝借したようである。
その一方で、聴き手が仰天するほど意外なカードも含ませてきた。バーロウがライヴを観て『PUBLIC ENEMY以来の衝撃だった』と語るSUNN O)))、EARTH、OMなどの重低音サウンドを能くするバンド群からの影響である。
M-02、05、09、11のようなダウンチューニングのギターを、曲の立ち上がりでどろーんとぶち込んでくる恐れ知らずな手法は、陰鬱さをモットーとするPORTISと絶妙な相性を醸し出す。線の細い声質ゆえにバックに力負けするかと思われたベス姉さんの歌唱も、儚さを以って対抗することで、インスパイア元に依存しない新たな魅力も獲得出来た。
バーロウ、慧眼! と言わざるを得ない。(蛇足ながらベス姉さんは彼よりも年上である)

ただし、非常に地味でとっつきの悪いアルバムなのは否めない。ただでさえ暗い音楽性なのに、クラウトロックやスラッジコア色を入れてみましたでは人を選ばない訳がない。一聴で聴き手をがつんと持って来れない。
恥ずかしながら筆者も発売当初、『コレ、練り過ぎでパッション失われてね? つかコレで一番良い曲ってウクレレ一本で歌われる小曲のM-07じゃね』とか公言していた輩であった。
だが生み出した二枚のオリジナルと一枚のライヴ盤全てが傑作と謳われるような才の持ち主が、何の工夫もない如何にもし難い凡作を長い長い長い長い期間掛けて創るはずがないだろうと。
つまり旨味のじっくり染み込んだ、かったいかったいスルメなので、強靭な顎を以って何度も何度も噛んでくださいと。

筆者の顎と掌はもうがくがくデス。

(2011/5/11執筆文を大幅改筆)

M-01 Silence
M-02 Hunter
M-03 Nylon Smile
M-04 The Rip
M-05 Plastic
M-06 We Carry On
M-07 Deep Water
M-08 Machine Gun
M-09 Small
M-10 Magic Doors
M-11 Threads


2014年7月14日月曜日

JOE VOLK 「Derwent Waters Saint」


ストーナーロックバンドのGONGAや、ジャスティン・グリーヴス率いるCRIPPLED BLACK PHOENIXなど幅広いバンド活動を展開していた(現在無所属)、英国はブリストルのシンガーソングライター(SSW)、2006年の初ソロ。
レーベルはPORTISHEADの首魁:ジェフ・バーロウ主宰のInvada Records。その相棒のエイドリアン・アトリーがプロデュースを手掛け、彼の自宅でレコーディングからミキシングまで執り行われた。

音世界は大方の予想通り、フォークソング。得意のアコギを抱えて、ぼそぼそっと歌う。どことなく儚げで、何となく物悲しくて、ちょっぴり優しい彼の歌唱だが、バッキング如何では無残に当たり負けしてしまうタイプなので曲調は選ぶものの、ハマればじわじわと聴き手の寂寥感を掻き立てる麻薬と化す。
もちろん彼のみの弾き語り曲もあるが、その他は軒並みアトリーが様々な楽器で彩を加えている。またゲストもちょぼちょぼ呼んでおり、お馴染みPORTISHEADのサポート鍵盤弾き:ジョン・バゴット(M-02)に、ブリストルの女性SSW:ラーシャ・シャヒーンがベースで(M-01、08)、GONGAのドラマー:トム・エルギーがハーモニカで(M-09)、脇を盛り立てる。

そんな当アルバムは基本、彼のこの煮え切らない声質を立てた哀歌なのだが、このブログ的なキモはそこではない。
皆さんは〝バイノーラル録音〟をご存知か。
要は臨場感と生々しさに特化した録音方法なのだが、本作はどうやらコレで録られている様子。ヘッドフォンをご用意いただきたい。
目を閉じればそれはもう、ヴォルクが貴方のすぐ傍で弾き語っているような気にさえさせられる。むしろヴォーカルに至っては、直接耳元で囁いているかのような近さだ。
無論、ピックがフレームに当たる音、左指がフレットを滑る音どころか、さーっと鳴り続けるヒスノイズまで余さず拾っている。
これはプロデューサーのアトリーによる妙策と、筆者は判断する。地味でか弱い部分がヴォルクの長所でもあるのだが、あえて聴き手の目の前にでんと置いて全面フィーチャーすることでその長所が脳裏に焼き付くぐらい鮮明になる(親近感すら湧くかも知れない)。その上、このしつこくない特性なら鬱陶しく感じようがない。

最後に重要なことを。
こんな地味ーィな彼が様々な有力クリエイターにフックアップされて、こうしてソロアルバムが切れるのも、この作品に集められたような良質な楽曲が書ける――裏付けのある能力を有すがゆえ。
僥倖なんてこの音楽界にはないのだよ。

M-01 You, Running
M-02 The Sun Also Rises
M-03 Dwarf Minus
M-04 Thaumaturgist
M-05 Lanfranchis
M-06 Toecutter (Our Lady)
M-07 Farne
M-08 Watching The Crest
M-09 Whole Pig, No Head
M-10 This Vehicle Is Moving
M-11 The Weir


2014年3月26日水曜日

DAY ONE 「Ordinary Man」


ラッパーのフェリム・バーンとマルチプレイヤーのマシュー〝ドニー〟ハードウィッジからなるブリストル産日常系ヒップホップデュオ、2000年のデビュー作。
MASSIVE ATTACK運営のVirgin傘下Melankolicより。

ドラムから鍵盤系まで、あらゆる楽器をハードウィッジが演奏。クラスの目立たなくて大人しい男子のようなバーンがぼそぼそライムを並べる。そこへPORTISHEADのツアメン:クライヴ・ディーマー、MASSIVEのアレでベースを弾いていたボブ・ロック、コレでロックと共に曲創りで参加していたティム・ノーフォークなどのブリストル界隈や、BEASTIE BOYSBECKとの仕事で著名なマリオ・カルダートJr、翌年にDFA Recordsを興すティム・ゴールドワーシーらがちょぼちょぼ手を貸す形を取っている。
曲創り自体は、ハードウィッジとバーンがセッションしながら組み立てていくらしい。
もう一度書くが彼ら、ヒップホップデュオである。

さてアルバムは、マッシヴ人脈らしいダウナーな曲調で淡々と進んでいく。明るそうな曲もあるが、どこかはにかんでいる。
M-03は模造ストリングスを背景に垂れ込み、ジャジーなギターへ小気味良いブレイクビーツを敷いていても、なぜか倦怠感漂うトラック。M-06は本物のストリングスを総勢七名呼んだナンバー。M-08など木枯らし吹き荒ぶヴァイオリンと、物悲しい旋律のピアノと、時折切り替わる乾いたリムショットが身を切るような寂寥感を演出する。
筆者として特筆したいのは終いのM-11。ほぼピアノ独唱のひっそりしたタイトル曲なのだが、『毎日、街を行く彼女を眺めていた。でもダメなんだ。掛ける言葉がない』から『もしボクがルックス良くて可愛い顔していたら』と続き、『ボクは単なるフツーの男だよ』と締める歌詞、強烈な非モテ臭がする。物凄く悲しくなってきた。

この通り、色々な面でヒップホップっぽくない。全てにおいてUKロックの触感がする。
くどいようだが彼ら、ヒップホップデュオである。
でも、形から入りたがるこの手の輩とは違い、ジャケを見ての通りのフツーの非リアあんちゃんが形(や身なり)に拘らず創っているからこそ面白い。目新しさはあまりないが、柔軟なアプローチが非常に新鮮だ。
まあそのゥ……今となってはちょっと古臭い音かも知れないが、非モテはダサくて当たり前だろう! だからこそ(音楽的に)美味しいのだ、と筆者は口を酸っぱくして力説したい。真似事でイキってもちっともヤバかねんだよ!!

M-01 Waiting For A Break
M-02 Bedroom Dancing
M-03 Walk Now, Talk Now
M-04 In Your Life
M-05 Trying Too Hard
M-06 I'm Doing Fine
M-07 Autumn Rain
M-08 Truly Madly Deeply
M-09 Love On The Dole
M-10 Paradise Lost
M-11 Ordinary Man
M-12 Fibonaccis Number (Bonus Track For Japan)

ボートラM-12は、シングルカットされたM-01収録曲。


2013年7月16日火曜日

MASSIVE ATTACK 「Heligoland」


いろいろ挿みつつ、めでたくダディGが育児休暇から復帰した、2010年作の五枚目。
ジャケデザインは言うまでもなく、3D。

早速、恒例の豪華ゲストシンガー紹介コーナー。
M-01で、TV ON THE RADIOのトゥンデ・アデビンペ。M-02、05で、今や各所引っ張りだこの客演女王:マルティナ・トプリー・バード。M-06で、ELBOWのガイ・ガーヴィー。M-07で、MAZZY STARの魔性の女:ホープ・サンドヴァル。
忘れてはいけない〝Voice Of Massive Attack〟ホレス・アンディはM-03と04で。
最後にあのGORILLAZBLURからデーモン・アルバーンがM-09で。M-03、06、09では曲創りにも一枚噛んでいる。
また、本作は生音の含有度が今までで一番高く、プレイヤーも大勢迎えている。その中に、エイドリアン・アトリージョン・バゴットなど、ブリストル界隈がちらほら。アデビンペの同僚:デイヴ・シテックの名も。
無論、非メンバーながらニール・デイヴィッジとの三頭体制は揺るぎない。

3D曰く、ダディGの制作スタイルはざっくりループを回して感覚的にパーツを組み替えていく、天才肌のそれらしい。
一方の3Dは、卓に根を下ろしてひたすらチコチコ弄り倒すタイプ、と自己分析している。
とすると、ダディG不在の前作がああだったのも納得だし、彼が復帰した本作はもっと音の空間を利したモノとなっている。逆に、初期にはない細密さも本作は有している。
ならば大方の本作の評である『初期の感覚に戻った』は、些か短絡的かと思う。その頃はダディGが仕切っていたのだから。

ゆえにダディGの大らかな感覚と、3Dの偏執的な感覚が巧く溶け合った作品、と評すのが妥当かと。そういえばデュオ体制の作品だしね。

朗々と歌うアデビンペに競うピアノの和音が微妙におかしいM-01。アンディ、ダディG、3Dと、MASSIVEの象徴である三人が鬱々とマイクリレーをする暗黒レゲエのM-03。アコギの小気味良い調べが、凛とした歌唱のマルティナ姐さんと絶妙な絡みを見せるM-05。水泡の湧くよな奇妙なループから、デイヴィッジお得意のオーケストレーションまで発展するM-06。軽快なビートとオルガンがトラックを引っ張ってじわじわアゲてゆく七分半超えの長尺曲、M-10――など、随所にMASSIVEらしい旨味が凝縮されたトラックが並ぶ。
あえて難点を挙げるなら、わざわざダディGが請うて歌わせたM-07でサンドヴァルが声域の狭さと表現力の拙さを露呈し、上位互換のマルティナ姐さんに歌わせとけば良かったじゃない? などと思わせた、MASSIVE初のシンガー人選ミスくらい。(手拍子と鉄琴が印象的な、静謐で凄く出来が良いトラックなのにもったいない)

聴き込めば音数の多さに驚かされる一方、それらが無理なく把握出来るすっきりしたテクスチャが魅力。当然、各音色の選択も絶妙。
やっぱり、装飾過多になりがちな3Dを抑える役のダディGが居ないと。

M-01 Pray For Rain
M-02 Babel
M-03 Splitting The Atom
M-04 Girl I Love You
M-05 Psyche
M-06 Flat Of The Blade
M-07 Paradise Circus
M-08 Rush Minute
M-09 Saturday Come Slow
M-10 Atlas Air
M-11 Fatalism (Ryuichi Sakamoto & Yukihiro Takahashi Remix) (Bonus Track For Japan)

日本盤ボートラのM-11は、ダブステップっぽい曲調に白髪のオッサンが弾くお約束のピアノを乗っけた安直な創りながら、なかなか面白い出来なので控えめにこちらを。
なお、ヴォーカルというか声ネタはガーヴィー。元ネタは未発表なので、本作から収録洩れしたモノと思われる。


2013年5月8日水曜日

MASSIVE ATTACK 「100th Window」


2003年作、四枚目。

マッシュルームことアンドリュー・ヴォウルス脱退後初のアルバム。ただし、ダディGことグラント・マーシャルは育児休暇により本作不参加。実質、3Dことロバート・デル・ナジャと、前作よりプロダクションに関わるニール・デイヴィッジのアルバムと言える。
その3D、本来ココにいるはずのダディGとは、トラックの創り方がまるで違う。
ダディGはざっくりとトラックの基礎を決めてから、感覚的に形作っていくタイプ。一方の3Dは、とにかく神経質に細部まで卓で弄って弄って弄り倒すタイプ。

もうお分かりであろう。
本作は3Dの偏執的な創り込みぶりが如何にも発揮された、静謐な音像なのになぜかうるさい、彼の執念の結晶である。

両耳の鼓膜を弾くキック。左右、鳴らす位置が安定しない装飾音。飛びかけの蛍光灯の如く、常に揺らぎ続ける副音――
デイヴィッジすらあきれて見守るしかないくらい、これでもか! と音が詰め込まれ、弄り倒され、入り乱れ、脳内で拡散し続ける。
各音色を把握しながら聴くと、ほんっっっとに疲れるアルバムである。
〝冷たい〟やら〝無機質〟やら言われ、『ダディGが(ストッパー役として)居ればこんなに(鬱陶しく)ならなかった』と罵るファンが居るのも、残念ながら当然とも言える。
ただ筆者は、この過剰な音響工作が徒労だったとは思わない。聴き方を変えれば、こんな痒いところに手の届くアルバムもないとすら思える。

さてここで逆転の発想。ぼけーっと垂れ流して聴いてみよう。
例えばベッドに横たわって、目を閉じ、各音色を肌で感じ、身体を溶かすつもりでリラックスすると、まるで音に愛撫されているかのような心地を味わえる。
しかもM-09の8:17の後、30秒空白を取ってからの、パルス波のような音が単体で揺らぎ続けるミニマルドローン曲に癒しを感ずるはず。

それもこれも、気持ち良い音を気持ち良い場所に配置する、匠の技術の賜物。
要はちゃんと実の伴った凝りっぷりだというコト。
Don't Think, Feeeeeeel!!

M-01 Future Proof
M-02 What Your Soul Sings
M-03 Everywhen
M-04 Special Cases
M-05 Butterfly Caught
M-06 Prayer For England
M-07 Small Time Shot Away
M-08 Name Taken
M-09 Antistar

お約束のゲストヴォーカル紹介コーナー。
今回は少数精鋭。M-02、04、06はコレで一世を風靡した反骨のスキンヘッド女性SSW:シネイド・オコーナー。〝Voice Of Massive〟ホレス・アンディはM-03と08で。
残りはすべて3Dがヴォーカルを執っている。
また、M-07ではバックコーラスにGORILLAZの2Dことデーモン・アルバーンが参加し、二次元・三次元タッグを結成しているが、2Dの方、殆ど聴き取れない……



2013年4月14日日曜日

TRICKY 「Angels With Dirty Faces」


ああ、そういや書いてなかったね……。
元MASSIVE ATTACK準メンバーの、本名:エイドリアン・ソウズと、本作一杯で袂を別つマルティナ・トプリー・バードによるユニット、1998年作三枚目。

何を意味するのか、曰くありげにゲストが多い。
ジャズプレイヤー多めの人選の中、スラッシュメタルバンド・ANTHRAXのスコット・イアンや、THE LOUNGE LIZARDSのマーク・リボー、THE BOOMTOWN RATSのピート・ブリケットなど、意外な面々も。M-03には、あのPJ・ハーヴェイなんて名もある。
閉塞的な故郷・ブリストルを離れ、NYCに拠点を変えたことにより『いっぱいおともだちができたよ! うれしいなv』状態だったことが推測される。

となると本作は生音主体。しかも一枚目の時のようなサンプリングしといて『元ネタは興味ねえ』と吐き捨てた不遜さはなく、生演奏をそのまま用いる〝相手への敬意〟を覚えた様子。
ならば丸くなったのか!? と思いきや、この頃はマルティナとの私生活が破綻してきた時期であり、前作とは違う意味でぎすぎすした緊張感が張り詰めている。彼女に『あたしが去れば満足なんでしょ!?』と歌わせるM-07は強烈だ。
その一方で、多くのミュージシャンとコラボったことによるものか、作品自体が多様化を見せている点に本作の充実ぶりを見た。
ハーヴェイを迎えた暗黒ゴスペルのM-03。高速ブレイクビーツをバックに呪詛を吐き続けるM-06。トラック自体はフリージャズ風味な前述のM-07。ウッドベースが唸り、リムショットとギターのカッティングとスティールパンっぽいサンプリング音色が小気味良さを演出するM-09。速めのBPMで病んだ声と変質狂なギターカッティングがとぐろを巻くM-11。

――と、下手すると散漫になりかねない拡散ぶりを、主役のTRICKYが特有のセンスと病的なフロウで君臨することにより、びしっと締めている。その上で楽曲のクォリティも今までの最高次元で粒を揃えている。
コレが彼の傑作でしょう!
以後、この多様化とー、アメリカ生活がよっぽど肌に合ったのかー、えーとー、まー、あのー、んーと……。

M-01 Mellow
M-02 Singing The Blues
M-03 Broken Homes
M-04 6 Minutes
M-05 Analyze Me
M-06 The Moment I Feared
M-07 Talk To Me (Angels With Dirty Faces)
M-08 Carriage For Two
M-09 Demise
M-10 Tear Out My Eyes
M-11 Money Greedy
M-12 Record Companies
M-13 Time Slippin' (Bonus Track For Japan)
M-14 Peyote Sings (Bonus Track For Japan)

輸入盤ボートラM-13、14がないのはもちろん、M-11がオープニングトラックのM-01となり、以後一曲ずつずれていく謎仕様。
ただ単にレーベル側が、NIRVANAのアレのミキサー:アンディ・ウォレスを立てて発売したかっただけの模様。



2013年3月30日土曜日

MARTINA TOPLEY-BIRD 「The Blue God」


自らの身体に漢字を刻む欧米人のような――いや、知る人ぞ知る、かのヘンテコサイバー忍者小説「Ninja Slayer」的と言うか――そんなセンスが存分にインナーで繰り広げられている、マルティナ姐さん渾身のソロ二作目。正式発売は2008年。
〝ツヤングリラ〟はツッコんでやるなよ。

多彩な客演履歴から引っ張って来た人材を用い、あえて何でもアリでとっ散らかした一枚目とは打って変わり、テーマ性すら感じるほど焦点の絞られた作品となっている。
そのテーマ性とは〝妖しいキャバレーの雰囲気漂う似非ラウンジ音楽〟。コレが姐さんのアンニュイで蠱惑的な歌唱と至高のマッチングを見せている。
そんな本作を仕掛けたる者どもは、たった三名。JAY-ZTHE BEATLESを灰色に調合した異能の男:DANGER MOUSE、現RED HOT CHILLI PEPPERSのギターを務めるマルチプレイヤー:ジョシュ・クリングホッファー、と姐さん自身。
結果、危険鼠がアルバム全編を統括し、ほぼ同時期に彼がGNARLS BARKLEYの二枚目で起用した、器用なクリングホッファーを縦横無尽に働かせることで、一本筋の通った作風になった……どころか! 姐さんの順応力がオルターエゴを持って作中に染み渡っていく、驚くべき効果まで生んだ。
まるで何でも演れるからと叩き上げの俳優に主役を与えてみたところ、性格俳優にまで昇華してしまった! とでも例えるべきか。

これは変身願望のある元相方のTRICKYが演りたくても実力不足で演らなかった、シアトリカルな音楽性だと思う。
表現は受け取り手の好み次第で、各々にさほど優劣はない! のだが、巧拙はあるのさ……などと如実に示されてしまった訳だ。
無論、相手を選ばぬ数多の客演で己を研削した姐さんの努力なくして本作は生まれなかった、のは確かだ、彼女のソロなのだから

主役たる姐さんの歌声をオーヴァーダブでコーラスっぽく粘っこく絡める。その姐さんの声質に合わせて作中、あくまでしっとりウェットな方向性で、ラウンジ風ゆえにジャジーな触感も。打ち込み音は体裁を整える程度で。演奏は難しいコトをせずシンプルにする一方、あえて荒々しく仕立てて生っぽさを演出している。
その捨て曲、一切ナシ。安っぽいトラックへ、姐さんのスキャットを被せたスキット風のM-08ですら曲としても美味しい。
セクシーな衣装を身に纏い、ステージ上で誘うように唄う姐さんの美貌を眺めつつ、薄暗いホールにて行き交うウェイトレスのバニーちゃんのヒップを通りすがりざまに撫でてみる――そんな気分で聴いて欲しい。

M-01 Phoenix
M-02 Carnies
M-03 April Grove
M-04 Something To Say
M-05 Baby Blue
M-06 Shangri La
M-07 Snowman
M-08 Da Da Da Da
M-09 Valentine
M-10 Poison
M-11 Razor Tongue
M-12 Yesterday



2013年2月20日水曜日

ALPHA 「Stargazing」


MASSIVE ATTACKのエンジニアを務めていた(らしい。向こうの音源には一切クレジットされていない)コリン・ディングリーとアンディ・ジェンクスのプロデューサーデュオ、2003年作・三枚目。
元々はMASSIVE運営のMelankolic所属だったが、本作から向こうがあんまり続ける気ないので不承不承自ら立ち上げたDon't Touchでのリリース。

一枚目二枚目に引き続き起用のウェンディ・スタッブス、マーティン・バーナード、ヘレン・ホワイトの準メンバー三名に、後にTHE HEAVYを結成するケルヴィン・スウェイビーを加えた四シンガー体制で臨む歌モノアブストラクト。
その内訳は、ウィスパーヴォイス気味のスタッブスがM-02、09、12。物憂げで甘い男声のバーナードがM-03、07、14。線が細くて情感豊かなホワイトがM-04、08、13。黒っぽくて艶のある声色のスウェイビーがM-05、10。
ご覧の通りイントロのM-01を経て、お披露目のように登場シンガーを順に並べた後、一旦M-06のインストを挿むことで一段落置く几帳面な曲配置からして、コンポーザー二人の丁寧な仕事ぶりが分かろうものだ。

その几帳面なまでの丁寧さを生かした、ブリストルミュージックならではのダウナー感を伴うしっとり静謐な音世界を貫き通すのが彼らの流儀。
ほのかにジャジーで、何となくフィルムスコアちっくな、大人の音楽だ。
ブリストル界隈から三名のインスト奏者を誘っているが、基本的に全ての楽器をディングリーとジェンクスで賄っている自家発電の生音仕様(無論、打ち込みビートを敷いた曲もあり)
また、予算の都合でストリングスやホーンは彼らで組んだ模擬音が使われているが、借り物の安さを微塵にも感じさせないその手腕、如何にもどいつもこいつも老練なMASSIVE人脈ならでは。デビュー前に録音技師として、全く畑違いのバンドを手掛けることで養った応用力もあるかも知れない。

ただもう、この形でのALPHAは演り切った感が強い。本人たちも何となく自覚しているようではある。
それでも袋小路化や出し殻化せず、常に一定以上の水準を保てる職人気質はもっと賞賛されるべきなんだが、些か地味なんだよね、存在感が……。

M-01 Sleepdust
M-02 Once Round Town
M-03 Lipstick From The Asylum
M-04 A Perfect End
M-05 Elvis
M-06 As Far As You Can
M-07 Saturn In Rain
M-08 Waiting
M-09 Silver Light
M-10 I Just Wanna Make You
M-11 Vers Toi
M-12 Double View
M-13 Blue Autumn
M-14 Portable Living Room
M-15 The Sun (Bonus Track For Japan)
M-16 Lost (Bonus Track For Japan)

日本盤のボートラは上記の通りだが、米盤はM-03に〝The Things You Might〟が割り込み、〝Lipstick From The Asylum〟がM-04へ。〝A Perfect End〟がラストのM-15へ移る、良く分からない仕様。
ノークレジットだが日本盤のM-15で歌っているの、MASSIVEのダディGでは?


2012年11月20日火曜日

BETH GIBBONS & RUSTIN MAN 「Out Of Season」


ご存知、PORTISHEADのシンガーと、元TALK TALKのポール・ウェブによるプロジェクトはポーティス絶賛休業中の2002年作。ぶっちゃけ、ベスねーさんのリハビリ盤。

ポーティスとは違い、ボトムにブレイクビーツは敷かれていない。アコギやピアノなど、アンプラグ楽器を基調とした素朴かつウェットな創り。
その一方で、M-02やM-04のようにオーケストラをフィーチャーした曲もあるし、ゲストも総じて多い。ポーティス仲間のアトリーと常連サポメンら、ウェブの元同僚などが堅実に脇を固める中で――

やっぱり主役はベスねーさん!

ねーさんの歌唱は二枚目ほどではないが、意外と表情豊か。寂しげだったり、やさぐれていたり、妖しかったり、甘かったり、優しかったり。リラックスした空気が全体を支配しているので目立たないが、やはりねーさんは良いシンガーだな、と再認識出来る。
ただし、たまに音程がふらつくので抜群に巧いシンガーでもないのは確か。でもこの素朴な音像から、生々しさをより演出してくれる。ずるいっ。
まさか、あまり認めたくないのだが……常に張り詰めた空気を強いられるポーティスより、ねーさんはこういう肩肘を張らない方が実力を発揮するのでは。

いやいや、ポーティスあってのねーさん。でなければ今でも場末のライヴパブでM-07のようにアコギの弾き語りをしているだけだったかも知れない。
完璧主義のバーロウが求めるハードルは常に高過ぎるけど、ねーさんもあんまり根詰めずに……ねっ? 今後とも頑張って欲しい。それで、たまに息抜きとしてこんな作品をそっとドロップして欲しい。

M-01 Mysteries
M-02 Tom The Model
M-03 Show
M-04 Romance
M-05 Sand River
M-06 Spider Monkey
M-07 Resolve
M-08 Drake
M-09 Funny Time Of Year
M-10 Rustin Man


2012年10月2日火曜日

DJ MIL'O 「Suntoucher」


キャリアは二十年近い、DJ MIL'Oことミロ・ジョンソン初のオリジナルフル音源は、日本のみ発売。2003年作。

何を隠そうこのDJ MIL'O、BJORKMADONNAなどとの共同作業で名高いネリー・フーパー、後にMASSIVE ATTACKを結成するダディー・Gと組んだUKクラブシーン伝説のユニット、THE WILD BUNCH創設メンバーである。
輝かしい他の二人(や、後に入って来たメンバー)の経歴に比べ、残念ながら彼は些か地味な立ち位置に居る。過去お世話になった日本のつてを使っての、この限定されたリリース形態など、如実にそれが表れている。

出来上がったこの作品も、やはり地味となる。

だがこの地味さがもう、堪らないのだ。
のっけのM-01から、リムショットで刻まれるビートと、ダビーに揺らぐ上モノ。湿り気を帯びて低くうねるベースライン。単品で響き渡る管楽器――
正に大人のブレイクビーツ。かつてのブリストルミュージックがココに。
以後、ダンサブルな、もしくはファンキーなビートになろうが、女性ヴォーカルが絡もうが、ジャジーにブレイクビーツをキメようが、景色はどうしようもなくブリストルの鉛色の空。
極渋。
無論、きちっと創ってあるからこその、素朴な味わい。

今となっては時代遅れの音かとは思うが、その程度で風化するモノではないと信じたい
「今のMASSIVEより、初期の方が旨味がある」とお考えの貴方への一枚。

M-01 Harlem Village Suite
M-02 Everyone (Has One Special Thing)
M-03 Afrique
M-04 Possessions (Vocal)
M-05 Cochise
M-06 Sounds Of The Ghetto
M-07 A special Day
M-08 Gyrating Savages
M-09 Concept vs Personality In Dub
M-10 Gutter
M-11 Possessions In Dub (No Regrets Mix)


2012年5月8日火曜日

PORTISHEAD 「Dummy」


1994年発表の記念すべきデビュー盤。

驚くべきことに、初作品ながら既にPORTISHEADならではの個性は確立されている――パサパサしたドンシャリ音像の中、陰鬱なトラックに併せて倦怠感や儚さを籠めて女性シンガーが歌い上げる、という。
上モノがダウナー偏重な作風なので単調さが浮き彫りになるかと思いきや、トラック毎にビートの音色を使い分けることで聴き手の目先を変え〝単調〟ではなく〝モノトーン〟なんだと意識を誘導させることに成功している。(ヒップホップでは定石の方法論なのだけど)
加えて、某ジーンズメーカーのCMでも取り上げられた名曲をアルバムの終い・M-11に据える、度胸たっぷりの曲配置はどうだ。

親分のMASSIVE ATTACK同様、若気の至りのような青臭さが一切ない。下積み時代から構想してきた自らの音世界を余すことなく銀盤に叩き付け、『デビュー作としては~』やら『衝撃の~』やらハイプ臭いフレーズ抜きでベテランどもに一泡吹かせる秀作を、一枚目にして創ってしまったのだ。
お陰で本作は売れた。それこそ〝ブリストルミュージック〟やら〝トリップホップ〟やらと要らぬ枕詞を添えられるくらいに。

素晴らしい出来のアルバムが売れること自体、非常に健全だと思う。だが、彼らが万人に受ける作風なのかと問えば、首を横に振らざるを得ない。
四つ打ちブリブリなトラックをバックに『あげぽよ~☆』とぎゃんぎゃん騒いでいる方が、みんなたのしいに決まっている。
そう言う意味で、彼らの成功はハイプだったのかも知れない。お陰で超人見知りのベス姉さんが急速度に荒んでしまったしね……。

M-01 Mysterons
M-02 Sour Times
M-03 Strangers
M-04 It Could Be Sweet
M-05 Wandering Star
M-06 It's A Fire
M-07 Numb
M-08 Roads
M-09 Pedestal
M-10 Biscuit
M-11 Glory Box

最後に、本作は「To Kill A Dead Man」なる物騒なタイトルのショートフィルムの架空サントラとなっている。実はシネオケの先駆者なのだ。
なお、その映像は前回取り上げたライヴ映像のDVD化に合わせ、追加収録されている。


2012年2月22日水曜日

PORTISHEAD 「Roseland NYC Live」


二枚目の翌年、1998年十一月リリースのライヴ盤。
録音自体は1997年の七月で、九月に控える二枚目のお披露目ライヴのような位置付けか。また〝Roseland NYC〟と銘打たれてはいるが、M-09は1998年四月・サンフランシスコの、M-10は1998年七月・ノルウェイのライヴより用いられている。
ココ、重要。

さてジャケをご覧の通り本作は、いつもの三人と常連サポートメンバーに加えて、オーケストラとの競演盤となっている(M-09、10を除く)。陰鬱な彼らの音世界が荘厳に表現されているというだけで本作は特筆すべきアルバムであろう。
ただ、アルバム通りのアレンジにサンプリングにはない生々しい音色が加わっただけなのが現実。過度の期待は無用だが、良い効果は生まれているのが救い。

加えて、残念ながら本作のハイライトはNY録音の方ではないのも事実。

大幅なアレンジを施し、人間不信の極みである歌詞のM-09を咽び泣くように歌うベス・ギボンズさん(当時三十三歳)。原曲にはない畳み掛けるような終盤の高まりに、喉も嗄れよと慟哭する彼女の危うさが垣間見られる名演。
そこからまるで連動しているかのような、息遣いまで切ない彼女の感情移入ぶりに観客の合いの手拍手も暖かく聴こえるM-10。曲が進むにつれ、もうこの人感極まって歌える情況じゃないだろと思わせるほどトーンがふらつく歌唱に、聴き手もぐっと来ること受け合い。
PORTISHEADの(と言うかギボンズの危うい)魅力が本題とピントの外れた部分で発揮されているのは残念だが、コレならわざわざ差し替えたくもなろう。
何せ音源は判断材料が音しかないのだから。
おまけに、レコードを意識してアルバムを前半(M-01からM-06)と後半(M-07からM-11)に分け、構成している。分かっているなあ、後ろの二人は。

M-01 Humming
M-02 Cowboys
M-03 All Mine
M-04 Mysterons
M-05 Only You
M-06 Half Day Closing
M-07 Over
M-08 Glory Box
M-09 Sour Times
M-10 Roads
M-11 Strangers

本作は同時にVHSで映像作品もリリースされている。〝Sour Times〟と〝Roads〟は公演通り、1997年NYCのモノが使われている模様。当たり前か。
なお、2001年にDVD化再発の際、ショートフィルム三本とPV五曲が追加収録された。


2011年9月12日月曜日

MASSIVE ATTACK 「Mezzanine」


1998年作、三枚目。

三枚目にして彼らは大きく動いた。
いきなりM-01で禍々しい低音と共にディストーションギターを導入し、前作までの湿った大人のブレイクビーツを期待する聴き手を絶句させた。
M-02では神経質に細かく刻まれるハイハットと、湯水のように使われる音色に唖然とさせられることだろう。
続いてM-03では、エリザベス・フレイザー(COCTEAU TWINS)の聖女の歌声に、思わず視界が曇ることだろう。

たった冒頭の三曲だけで、聴き手は彼らにねじ伏せられる。
以後、手を抜くことなく、アルバムはかつてのMASSIVEが得意としていたウェットで落ち着いた空気という固定観念を蹂躙し続ける。
音響工作の創り込みように悶絶するM-04。コレは以前の彩の名残かと思えば、後半でどかーんと来やがるM-06。いつも通り歌っているのにトラックのどす黒いうねりから、聖女の背中の羽が蝙蝠のそれに見えるM-10など、MASSIVEの殻をぶち破る秀曲が揃う。
もうココまで高品質な作品を創られては、彼らの新機軸を認めざるを得ないはず。

この変化を〝ロック化した〟と片付ける意見もある。
この文章を書いている時は、本作から共同プロデューサーとして起用されたニール・デイヴィッジのせいでは? などと思っていた。デイヴィッジを加算して本作を以って脱退する正式メンバーのマッシュルームを減算すると、浮かび上がるのがこの点だからだ。
だがその加減算のを求めてみたところ、この聴き手の脳裏に荒塩を擦り込むような過剰で執拗な音響工作は、デイヴィッジよりもパンクス上がりの3Dに依るところが大きいコトが判明。その一方で、マッシュルーム脱退の遠因かも知れない。
以上を踏まえて、本作から3Dが過密な音響工作を施すのに必要不可欠な、当時はまだそれほど普及していなかったPro Toolsが導入されている件に着目。
これはもう、ただ単にロックに接近したと言うよりも、生音色をも自由に取り込めるようになったから、と結論付けた方が理に適っている、と筆者なりの見解をば。

ただ、よくよく考えると3Dの台頭はMASSIVEにとって劇薬だったかも知れない、と結果論で書き残してみる。

(2014/3/26 意見の一本化を図るべく改筆)

M-01 Angel
M-02 Risingson
M-03 Teardrop
M-04 Inertia Creeps
M-05 Exchange
M-06 Dissolved Girl
M-07 Man Next Door
M-08 Black Milk
M-09 Mezzanine
M-10 Group Four
M-11 (Exchange)
M-12 Superpredators (The Mad Professor Remix) (Bonus Track For Japan)

さて、恒例の今回のゲストさん。
M-01、M-07、M-11でいつものホレスさん(M-05はM-11のインスト)。M-03、M-08、M-10で聖女・リズさん。主だった人はこれだけ。
でも今回はダディGも渋くて太い低音の声を存分に響かせているよ。それが本作の闇のグルーヴにぴたっとはまっているよ! え、TRICKY!? 誰だっけ?
あと日本盤のみボートラM-13は、タコ坊主とにやけオヤジW主演の映画『ジャッカル』サントラ収録曲だよ! 


2011年9月10日土曜日

MASSIVE ATTACK 「Protection」


1994年発表の二枚目。

前作「Blue Lines」から大きな変更点はない。
落ち着いた刻みのブレイクビーツに、ウェットな雰囲気を壊さない上モノ。押し殺すような3Dのラップ(本作ではなぜか、ダディGがM-10しか声を入れていない)に、広い人脈を駆使して連れて来た優秀なシンガー。
一枚目で既にUK音楽シーンを変えた名作を創りし者どもである。早くも王者の風格か。
強いて挙げれば、M-04とM-09が初のインストナンバーという点くらい。

で、このM-04が何とも甘美だったりする。
数々の映画音楽を手掛けたクレイグ・アームストロングが弾く、感傷的なピアノの旋律が胸を打つ名曲なので浸るべし。
アームストロングはもう片方のインスト曲M-09(M-08では編曲としてのクレジットあり)でもピアノを弾いており、『彼はピアノを〝歌わせて〟いる』と解釈すればこの起用が良く理解出来るはず。(いや、何の不満も起きるはずがないんですけどね……)

さて毎盤恒例の素敵ゲスト。
まずWILD BUNCH時代の同僚、ネリー・フーパーが共同プロデューサーとして参加。
〝Voice Of Massive Attack〟ホレス・アンディはM-05と10。M-10はTHE DOORSのアレのカヴァー。
毎度毎度鋭い人選の女性シンガーは二名。
まずM-01と06で、EVERYTHING BUT THE GIRLの前田敦子トレイシー・ソーン。この起用で株を上げたばかりか以後、自身のユニットでクラブ寄りの作品を出していく。
M-03と08ではニコレット顔に似合わない可愛い歌唱を披露している。
……あ、そうだったわー。いつものトリッキーねー。M-02と07ねー。本作限りでケンカ別れしちゃったけどー。(ほんとに最近和解したのー?)

以上を踏まえてお察しの通り、本作はM-01からM-05のA面と、M-06からM-10のB面がシンメトリーの関係になっている。アナログ万歳。

M-01 Protection
M-02 Karmacoma
M-03 Three
M-04 Weather Storm
M-05 Spying Glass
M-06 Better Things
M-07 Euro Child
M-08 Sly
M-09 Heat Miser
M-10 Light My Fire (Live)


2011年9月8日木曜日

MASSIVE ATTACK 「Blue Lines」


ブリストル音楽シーンを発展させ、その名を世界中に知らしめた偉大な連中の、記念すべき初アルバムをまず。1991年作品。
WILD BUNCHなる名は、このMASSIVE ATTACKの前身ユニットにあたる。ココから多くの有能なアーティストが巣立っていった。

さて本作はデビュー作とは思えない、落ち着き払った創りだ。
ヒップホップを基調にして、黒人奴隷を扱った港というブリストルの歴史を背景に土着したレゲエ/ダブを取り込むことで、独特の湿ったブレイクビーツを形成した彼ら。驚くべきことにそのメソッドは既に完成されている。
まるで隙がない上に、堂々としており、やんちゃな部分がまるでない。全くもって空恐ろしい初作品を創ってくれたモンだ。
まあリーダーのダディGは当時三十二歳。相方の白人メンバー、3Dは二十五歳。後に脱退するDJ、マッシュルームは二十四歳と、初めてフルアルバムというモノを創り上げた歳としては経ている方なのだから、至極当然のコトなのかも知れない。

この前年、ヒップホップの本場・米国にて、ジャズを基調に若干二十歳の青年たちが驚くほど洗練された初作品を披露した、その名もA TRIBE CALLED QUESTと比較してアレコレ考えてみても面白い。

締めにゲストメンバーについてあれこれ。
MASSIVEと言えば女性シンガーの人選の絶妙さだが、本作はシャラ・ネルソンがM-01、06、07、08で張りのある歌声を披露している。M-06の堂々たる歌唱は彼女の真骨頂であろう。(あとM-09では、WILD BUNCH時代から付き合いのあるネナ・チェリーがちょろっと参加)
忘れてはいけないのが〝Voice Of Massive Attack〟と称されるレゲエシンガー、ホレス・アンディの琥珀色の声。M-02、05、09を聴いて酔って欲しい。
あと……補欠準メンバーのトリッキーが居たっけねえ。例の如くぼそぼそラップでM-03、05、07に口出して参加している。
蛇足ながら、PORTISHEADのジェフ・バーロウが丁稚奉公エンジニア見習いとして本作に参加しているようなのだが、そんなクレジットはない。

M-01 Safe From Harm
M-02 One Love
M-03 Blue Lines
M-04 Be Thankful For What You've Got
M-05 Five Man Army
M-06 Unfinished Sympathy
M-07 Daydreaming
M-08 Lately
M-09 Hymn Of The Big Wheel


2011年8月24日水曜日

PORTISHEAD 「Portishead」


1st「Dummy」からたった三年(嫌味)でリリースされた1997年作。ただし、制作期間は約一年もの長期間に渡っている。
また、「Dummy」に引き続き参加しているエイドリアン・アトリーだが、本作でも曲創りに関わる貢献をしているにもかかわらず、現時点でまだ正式メンバーではない。依然、ベス・ギボンズとジェフ・バーロウのデュオ形態である。

制作が長期化したのも、アトリーがメンバーに加われないのも、ついでに来日公演が中止になったのも、を出すのに十年以上掛かったのも偏に……おっと、誰か来たようだ。

さて本作は、“ドンシャリ”と呼ばれる高低音域のみが増幅された極端な音像から、聴き手に重いため息を吐かせる特級の鬱音楽である。時折織り交ぜられるバーロウのスクラッチが倦怠感を醸し出し、曲はどんどん沈降して行く。アナログキーボードの使い方も負の意味で効果的だ。
そこへ幸薄いギボンズの歌声が絡めば更なる哀歌が繰り広げられる――かと思いきや、本作はその斜め上を行く発展を遂げていた。
何と1stでは儚さのみが際立ったギボンズの歌が、負の域で拡散しだしたのだ。
具体的に言えば、単なる幸の薄い女性だったベスさん(当時三十二歳)が幼女にも妖婦にも、聖女にも毒婦にも貌を変える表現力を身につけたのだ。

これにより、PORTISHEADの退廃の美学が完成した。
だが悲しいかな、前作どころか十一年後の次作にもない、ココ一点のみの妖しい輝きである。どれだけメンバーが身を削って本作を創り上げたか伺える。特に紙メンタルの方が。
この産みの苦しみこそが“表現”だ。なのに生半可な気持ちで“生産”する輩よりも痛い目に遭うのは納得いかない。なぜだろう。

M-01 Cowboys
M-02 All Mine
M-03 Undenied
M-04 Half Day Closing
M-05 Over
M-06 Humming
M-07 Mourning Air
M-08 Seven Months
M-09 Only You
M-10 Elysium
M-11 Western Eyes