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2014年5月16日金曜日

KTL 「IV」


シアトルの漆黒斧使い:オマやんSOMAことステファン・オマリーと、Editions Megoを主宰するPITAことピーター・レーバーグの異色デュオ、2008年作(こんなタイトルだが)三枚目。
レーベルは無論、Editions Mego。デザインは、オマリー。

まずは資料的なことから。
ユニット名は〝Kindertotenlieder〟の略。演出家のジゼル・ヴィエンヌとアウトサイダー作家のデニス・クーパーによる同名の舞台の劇伴を創るにあたって、依頼を受けたレーバーグがオマリーを誘うところからこのプロジェクトが始まっている。
やがてLP二枚、EP一枚でその活動が一段落するも、解散せず独自のユニットに発展。あのジム・オルークをプロデューサーに迎え、何と日本の吉祥寺でレコーディングを敢行。ドイツのケルンでミックスを施し、出来たモノがコレ。
なお、BORISの敦夫がドラムで参加している。

さて内容だが、オマリーのギターを軸にレーバーグがノイズ/電子音を散らす、掛け声一つ入らぬ純然たるインスト。ドラムは居るが拍は欲さぬ、衆目の予想通りな音世界だ。
ただ、そこで『ですよねー』と知ったふりして深く攫うのを止めては、このアルバムの持つ〝業〟が浮かび上がってこない。
そこに、彼らの求める罪深い音世界があるのだから。

まずレーバーグの捻り出す各種音色が非常に多彩であること。
オーソドックスにインダストリアルちっくな軋む音から、バネが無軌道に跳ね回るような音。垂れ込める幽々しき背景音。電子ホタルが火を灯すようなワンショット。目覚まし時計から生成したようなけたたましい連続音。水晶製の縦柵を棒で左から右へ辿ったような音。電子部品がスパークするような音。鼓膜を棒の先であちこち弾く音――
ある意味大ネタ使いであるムジークコンクレートとは一線を画した、我々素人の耳には『これどうやって作ってんだ?』としか思えないさまざまな雑音が、オマリーのギターへこっそり茶々を入れつつ、さり気なく幅を利かせている。
それを更に深化させたのが、オルークの推進する〝偶発的な音〟の有効活用である。
つまりグリッチ――録音の際に発生した予期せぬ音だ。
オマリーのアンプから絞り出たフィードバックやプラグをガリる音、レーバーグの機材から漏れた通常ならカットすべき雑音はもちろん、敦夫のドラムをわざと低周波数で録り、その際に生まれた正しく再現出来ていない音もろともトラックに組み込むような大胆な発想も彼ならでは。
上記の要素が全て詰まった、21分にも亘るM-02がこのアルバムのハイライト。力技のギターとドラムが、手練手管のノイズを相手取って獅子奮迅する。

偶発的な+αを欲している割には、全てが計算ずく。一見、オマリーがレーバーグとオルークの掌で踊っているかのように映る。
だがオマリーは、彼の弾くギターは、操り人形に非ず。SUNN O)))で培った、これまた多角的なギターの鳴らし方で勇ましく対抗する。
音像はドローン系なのでさしづめ、静かなる水面下での諍いか。もちろんお互いの才にリスペクトを払った、美しい闘いであることは論を俟たない。

音の気持ち良さだけでなく、音の凄さの一端を垣間見られる一枚。
聴けば聴くほどその真価が牙を剥く。

Disc-1 「IV」
M-01 Paraug
M-02 Paratrooper
M-03 Wicked Way
M-04 Benbbet
M-05 Eternal Winter
M-06 Natural Trouble
Disc-2 「KTL IV Paris Demos」
M-01 Paraug 1 Part 2
M-02 Paraug 1 Part 3
M-03 Benbbet
M-04 Parathird

毎度毎度のDaymare Recordingsによる日本盤だが、ゲートフォールド紙ジャケ仕様はもちろん、ボーナスディスクに2008年八月八日にパリで録った限定150枚のデモ音源(本作のプリプロダクション!?)が付いてくる。そのランタイムは47分くらい。
高いけどとてもお得。


2013年7月28日日曜日

SUNN O))) 「3: Flight Of The Behemoth」


シアトルの重低音魔人二体による、2001年作の三枚目。
レーベルは本作からいつものアンちゃんトコで。アートワークは当然、オマやん。

M-01、02といつも通りの重低音絨毯爆撃。
だが油断して聴く音楽ではないがはいけない。本作から彼らの音楽に対するアプローチが変わりつつあるからだ。
今までは斧(〝Axe〟はギターの隠語)二本を振りかざしての重低音無間地獄。コレからは、そこから一歩踏み出し、違う地獄の景色を描いてみようと考えた。

そこでM-03と04の連曲。日本が生んだノイズグル・MERZBOWこと秋田昌美とのコラボだ。全く別畑からの起用かと思いきや、秋田はブラックメタルに理解を示しており、SUNN O)))とは割と簡単に折り合いが付けられたものと思われる。
さてその結晶は、あざといくらい安い音質のお陰でチェンバロのように聴こえる不吉なピアノループが先導し、SUNN O)))二人が絡んでいく形から始まる。だがやがて、その作為的なループは消失。秋田の手により、ギター音色がハーシュにまで崩壊し切ってしまう。
大地を揺るがす重低音、とぐろを巻いて両耳を苛むハーシュノイズ、存在を忘れた頃に再び現れ瞬くピアノループ――と、各音色が膨張と緊縮を繰り返す、眉間の皺の刻みが止まらない逸品となっている。
コレだけでも後の拡散路線の布石は打てた。

またM-05は曲タイトルからして何てことはない。かのMETALLICA〝For Whom The Bell Tolls〟の翻案だそうな。
オリジナル同様、鐘の音で始まる中、かすかにドラムマシーンによるビートが這い、重低リフが轟き、喉を鳴らして低い唸り声を洩らすこの曲、言うまでもなく原曲の面影など一切ない。それなのに、さり気なくインスパイア先への敬意を忘れない彼ら――
こうして先人や同胞の知/血を巧みに取り込み、音楽的な成長を遂げていくのだ。

Disc-1
M-01 Mocking Solemnity
M-02 Death Becomes You
M-03 O))) Bow 1
M-04 O))) Bow 2
M-05 F.W.T.B.T
Disc-2 「Sunn O))) With Merzbow At Earthdom 2007」
M-01 O))) Bow 3
M-02 O))) Bow 4

日本盤のみボーナスディスクのDisc-2は、新大久保Earthdomで2007年五月、秋田を迎えて演ったライヴの音源化。コレでしか聴けない。
SUNN O)))、秋田以外の面子は、アッティラ・チハー(MAYHEM)、オーレン・アンバーチ、トス・ニューウェンフイゼン、アツオ(BORIS)、といつものメンバー。
KIRINのビア樽を中心に参加メンバーが猛る、インナーのあほ写真で苦笑い。


2013年2月12日火曜日

SUNN O))) 「Black One」


シアトルの超弩級重低音破壊神:ステファン・オマリーとグレッグ・アンダーソンによる2005年作品、六枚目。

今回、実験音楽系からのオーレン・アンバーチとジョン・ウイーゼ、ストーナーロック系で活躍するマティアス・シュニーベルガー以外の招集面子からして、制作意図がはっきりしている。
M-03、07ではヴォーカル、M-05、06ではギターやキーボードのマレフィック(XASTHUR)、M-02のヴォーカルはレスト(LEVIATHAN)。
その他、M-05の歌詞引用はMAYHEMでかのアッティラ・チハーの前任ヴォーカルだったデッドから。M-03はIMMORTALのカヴァー。
M-01の曲タイトルの元ネタはSTRIBORGの中の人。M-07は同様に独りバンドで、この界隈の音楽性を築き上げたBATHORYに捧げられたもの。

我々門外漢にはまるで耳慣れない固有名詞が羅列されているが、そのままずばりブラックメタルの人々。白塗りの顔(コープスペインティングと言うらしい)と黒ずくめの服装で悪魔を稀に心底本気で賛美するデスメタルの派生ジャンルだ。
ライヴでは黒衣を纏ってプレイしたり、〝ドローン・スラット〟やら〝ミスティック・フォグ・インヴォケイター〟やら厨二臭いそれモンのステージネームでクレジットしたり、自分のレーべルで手厚く保護したりと、SUNN O)))は常にブラックメタル愛を公言してきた訳だが、ココまで明確に作品へと反映させるとは思わなかった、今更。
彼らにとってブラックメタルは、希釈・攪拌された数多の影響土壌の一つでしかないと思っていた、筆者は。

とは言え、性急なビートに歪んだトレモロ奏法のギターが乗るブラックメタル特有の音世界が展開されている訳などない。
むしろ例の、聴き手の臓腑を握り潰す鈍重ヘヴィギターを主とした漆黒のパワーアンビエント。それをM-01からM-07まで、徹頭徹尾。カヴァー曲ですら情け容赦なく溶解。
その聴かせ方もただ垂れ流すのではなく、良くタメを利かせてその効果を最大限に増幅させるような工夫も当たり前の如く執り行っている。各ヴォーカリストの咆哮も、暗黒リフを引き立たせる背景音でしかない。
このへヴィディストーション貫徹路線、聴き手へのハードルを彼らの意図せぬ方向で高くしただけのような。加えて、音像が初期に戻っただけのような。
これは『ギターもエレクトロニクスも、まだ探求するべき余地がある』と語り、前作のようにドヘヴィリフだけに頼らない音世界を確立させつつある彼らが進むべきステップではない。

ただ、なぜこのような内容のアルバムを、あえてこの時期に創ったかは明白。
この前年の2004年。レーベルオーナーの父と共同して、ブラックメタルどころかデスメタルすら存在していない頃から孤軍奮闘していた、件のBATHORYの中の人:クォーソンことトマス・フォルスベリが急逝している。
本作はおそらく、ブラックメタルの始祖:BATHORYへ最大の敬意を込めて編んだ鎮魂盤であり、SUNN O)))が地下音楽界に叩きつけた独自の暗黒論でもある。

Disc-1
M-01 Sin Nanna
M-02 It Took The Night To Believe
M-03 Cursed Realms (Of The Winterdemons)
M-04 Orthodox Caveman
M-05 CandleGoat
M-07 Bathory Erzsebet
Disc-2 「La Mort Noir Dans Esch / Alzette」
M-01 Orthodox Caveman
M-02 Hallow-Cave
M-03 Reptile Lux
M-04 CandleGoat / Bathori

日本盤は2006年に1000枚限定生産されたヨーロッパでのライヴ音源を追加。
SUNN O)))二人の崇拝対象であるEARTHのディラン・カールソンが参加した、トリプルギター/ベースレス編成の代物だ。ちなみに本編でも参加のマレフィックの他、いつものランドール・ダン(ライヴPA)やスティーヴ・ムーア(トロンボーン)やトス・ニューウェンフイゼン(アナログシンセ)も名を連ねている。



2012年11月6日火曜日

KHANATE 「Clean Hands Go Foul」


いきなり絞首刑囚(絞首刑+死刑囚)の断末魔。自らのパートを〝Vokill〟と定めていたアラン・ドゥービン(元O.L.D.)によって。十三階段を登る過程をすっ飛ばす唐突さで。
それに負けず劣らず極悪な、あと三種の音。
負の意味で印象的な〝音色〟を、リフという名の単位に縛られることなく捻り出そうと躍起になっているステファン・オマリー(SUNN O)))など)のギター。
生命反応のあるブースト装置として、フレーズを作為的に揺らがせながら淡々とド低音を持続させるジェイムズ・プロトキン(元O.L.D.ほか。マスタリング技師としても著名)のベース。
地味にビートを堅持することに飽き、持ち前のパワーヒッティングで第四の音色としての存在感を誇示するティム・ワイスキーダ(元BLIND IDIOT GOD)のドラム。
この超個性な四色が、閉塞的かつ退廃的な空間から絞り出す暗黒音楽――という作風は前々作で既に確立済み。
本作では更に溶解が進み、ワイスキーダの拍を度外視した鳴り方重視の打楽器志向も相俟って、よりパワーアンビエントな作風となった。オマリーがメインプロジェクトとして動かしている、SUNN O)))の音像に近付いたとも言えるかも知れない。
その雰囲気に合わせてドゥービンの呪詛も、廃屋という閉塞空間に残存する地縛霊の如き幽玄さが浮き彫りとなった。実はこのバンドのリーダーである、プロトキンによる録音加工の賜物と言えるかも知れない。

コレらから導き出される本作の音世界は、憎悪の塊のようなインパクトを誇った彼らとは思えないほど地味で、しかもじわじわ蝕んでくるモノだった。

その象徴たるトラックは、32分52秒にも渡るM-04に。
ほぼ無音――いや、無調。
確かに微かに鳴っている。音符にならない音が、右から左へ。
そっと持続音を継ぎ足し続けるベース。弦を指の腹で撫でるように鳴らすギターを、プラグをガリったノイズと共に。リムショットですらない撥をリムに転がす音から、シンバルやタムを気付かれないよう挿むドラム。吐息の延長で出す、声にならない音のヴォーカル。
それらがだんだんと、暗がりのあちこちからじーっと聴き手を見つめ続け、存在を露わにしていく様はもう、何とも言えない気分にさせられる。電気を消した室内にてヘッドフォン着用で聴きたくないくらい。

そんな2008年発表の本作の原型は、2005年に録られていた。三枚目と同時期らしい。
その翌年、自然消滅に近い解散宣言。
後、2008年。プロトキンが遺されたマテリアルを拾い上げ、ドゥービンの声を追録し、前作同様Hydrahead Recordsよりリリース。その活動にけじめを付けた訳だ。
That's All Folks!

M-01 Wings From Spine
M-02 In That Corner
M-03 Clean My Heart
M-04 Every God Damn Thing


2012年6月6日水曜日

TEETH OF LIONS RULE THE DIVINE 「Rampton」


ヴォーカルならぬ〝Hexing Pariah〟のALF ANTISOCIAL、ギターならぬ〝Flagellation In Beautiful Sixes〟のDRONE SLUT、ベースならぬ〝Of The Night Goat〟のMYSTIK KLIFF MACABRE、ドラムならぬ〝Avalanche〟のCRIPPLED BLACK PHOENIXの四人からなる英米スラッジコアプロジェクト、唯一の音源。2002年作品。
その正体は何とまあ、NAPALM DEATHCATHEDRALのリー・ドリアン、SUNN O)))の二人、IRON MONKEYELECTRIC WIZARD→いろいろのジャスティン・グリーヴスによるスーパーバンドだ。
今回は珍しく、アートワークにドローン・スラットステファン・オマリーが噛んでいない。

それにしても……くくっ、この変名やらパート呼称って……くすくすっ、厨二病現在進行形の……あははっ、今となっては過去恥部ー、って感じじゃないですかー!
グリーヴスに至っては、後にこの変名を自らのプロジェクトに冠するぐらい気に入っちゃってるし。
つかバンド名、引用元まんまだよね……。

とまあいろいろ枕に顔を埋めて足をばたばたさせたくなる要素満載のこのアルバムだが、内容は相当えげつない。
何せ一曲目から29分25秒の大曲。
音がやけに籠もっているのはわざと。このジャンル特有の〝禍々しい生々しさ〟演出のためと割り切って欲しい。と言うか、プロデューサーのビリー・アンダーソンが絡むと決まってこんな音像。
グリーヴスのドラムがイントロとなり不吉な予兆。そこへ徐々に漆黒フィードバックで塗り込めようとするSUNN O)))の二人。その暴虐に抗うべくグリーヴスも躍起になるも、健闘空しく取り込まれる。刻印のようなヘヴィリフの手先となる。やがて……こんふう音の表をやけに強調する〝稀代の音痴〟ドリアンの咆哮の斧が振り下ろされた瞬間、好事家納得の音世界が聴き手皆に提示される。
具体的に書けば『SUNN O)))のあの音像がバカデカいビートの上で再現され、そこへ誰も真似しない唯一無二の歌声が被さる』。
個性と自我と天然のぶつかり合いだが、コレが意外と齟齬を起こさず、奇跡的な配分で聴き手の鼓膜を圧殺すべく共闘しに来る。
かと思えばM-03はドリアンのCATHEDRAL色全開のトラック。オルガンを巧く使ってドゥーミーに17分53秒を料理している。
こうなると当ブログで扱うには重過ぎる嫌いはある。ただ、全体的に重苦しさ一辺倒で押し切るだけとは限らない工夫もぽつぽつ、さり気なく仕込まれているので、耐性さえつけば十分聴き応えを感じていただける創りだ。

熱量を醸し出しやすい音楽だからと、上澄みだけ掬って生半可に鳴らすポーザーも多いこの界隈。こんな殺る気むんむんな音を叩き付けて来る連中に向けて〝厨二病〟と揶揄するのは些か失礼にあたるのかも知れない。
依然シーンに君臨し続ける猛者の共同体ならではの本気が、ココにある。

M-01 He Who Accepts All That Is Offered (Feel Bad Hit Of The Winter)
M-02 New Pants And Shirt
M-03 The Smiler

M-02はシカゴの老舗インディーTouch And Goに所属したKILLDOZERのカヴァー。原曲を踏襲しつつも、ジャンク臭を消して如何にもな出来に仕上げている。
また本作は、ミスティク・クリフ・マカブルグレッグ・アンダーソンのSouthern Lord同様、自己レーベルを所有するALF・アンチソーシャルドリアンのRise Above盤もあるよ!


2012年4月26日木曜日

SUNN O))) 「White 2」


シアトル発・漆黒ド重低音魔人デュオの2004年作、五枚目。もちろん自家醸造
本作はタイトル通り「White 1」の続編、という位置付け。ゲストはジョー・プレストン、同郷バンド・JESSAMINEからレックス・リッターとドーン・スミッソン、ハンガリーのブラックメタルバンド・MAYHEMからアッティラ・チハー、が主だったところ。

音世界は前回同様、ギターによる漆黒の密教ドローン。現にM-03など、アッティラ・チハーらによるサンスクリット語での詠唱だ。
不気味で、退廃的で、底知れなく重苦しい。
そんなキャラを踏まえつつも、それにどっぷり浸かっている訳ではなく、どこか俯瞰して己を見通せている点――そこに彼らの本質的凄みがある。

俗に言う〝インテリジェント・モンスター〟だ。

まず相手を完膚なきまでに圧倒するには、まず機先を制さねばならない。そこでまずM-01で、臓腑を抉り取るようなドヘヴィリフを漸進させ、聴き手の心を鷲掴みにする。
よくM-01を称して名曲! と語る者も居るが、それはあまりに盲目的だと思う。
彼らの象徴であるドへヴィリフをフォーマット化して、何の衒いもなく聴き手の鼻っ面に突き付けられるその胆力こそがこの曲のキモだ。それを理解した上でなお名曲だと主張するのなら、その意見は一点の曇りもなく正しい。
M-02に至っては逆にヘヴィリフなど存在しない。静粛の中、不吉な重低音がひっそり継ぎ足される空間で、さまざまな鳴らし方をしたギターがあちこち響く。ランタンの灯りを頼りに鍾乳洞を探検するような、ぴちゃぴちゃひたひた音を立てるギターに背筋を凍らせるよりも、ギターっていろんな音が出せるんだなあと感慨必至。
M-03は先ほども書いたが、正に密教のサバト。召還された悪魔が立ち込める空恐ろしい背景音の中、チハーらの詠唱がホーミーやらディジリドゥに聴こえる。

この通り〝現世とは没交渉〟な音世界。
だが彼らはそれを分かっていて演っている。分かっているからこそこの筋の好事家には、M-01がキャッチーにすら聴こえるのだろう。逆にM-03は暗黒イメージを逆手に取り、彼らをディフォルメした音世界、と考えることも出来よう。
いつもよりドローンアンビエント色は強いが、〝ギターを用いた強烈な暗黒臭〟なる不動の表現軸を振り回している以上、本作はどうしようもなくSUNN O)))のアルバム。それを利用して、純粋に音だけで自在に立ち回る小憎らしいアルバム。

それに翻弄される我々は愚者。それを見てせせら嗤う彼らは知能犯。

Disk-1
M-01 Hell-O)))-Ween
M-02 Bass Aliens
M-03 Decay 2 (Nihil's Maw)
Disk-2
M-01 B-Alien Skeleton
M-02 Space Bacon Tractor
M-03 Intone
M-04 Hell-O)))-Ween
M-05 B-Witch
M-06 NN)))
M-07 Death Becomes You
M-08 Caveman
M-09 Grease Fire
M-10 Bathory, A Tribute To...
Disk-3
M-01 Funeraeldrone
M-02 Funeraelmarch (To The Grave)

Disk-2とDisk-3は「Live White」なるアルバムCD+シングルCDのプライヴェート盤。ゲートフォールドの紙ジャケ三枚組仕様とは、日本盤は何とも豪華絢爛。


2011年10月22日土曜日

ASCEND 「Ample Fire Within」


SUNN O)))の片割れによる、2008年作品。

レーベルの経営で忙しいのか、相方のステファン・オマリーのように次々とサイドプロジェクトを組んでいられないグレッグ・アンダーソン。でも湧き上がる音楽表現の欲求は抑え切れないようで、オマリー抜きの別働隊としては2007年のBURIAL CHAMBER TRIO(LPのみリリース)に続く、待望のアルバム。もちろん自身のレーベルより発表。自家生産の極み。
相方は二十年来の付き合いであるギタリスト、ジェントリー・デンズリー。意外にも競演は初となる。アンダーソンも「組むならこいつ」という思いがあったろう。
サポートとしてトロンボーンやらを担当するスティーヴ・ムーア(元EARTH)と、ドラムのアンディ・パターソンがほぼフル出場。後はキム・セイル(SOUNDGARDEN)、アッティラ・チハー(MAYHEMや、件のBRIAL CHAMBER TRIO)などの顔馴染みがちょぼちょぼと。
L.A.、ソルトレイク、地元・シアトルと、三ヶ所のスタジオで四回に分けて録られており、シアトルでの録音はこの界隈常連のランドール・ダンが担当している。

まあどうせ、ぶーんと、ぎゃぎゃーんと、どろーんと、ギターが無展開に音を持続させて揺らぐ類の音楽演ってるんだろ? と思われては敵わない。
確かに曲展開の妙など望むべくもない。そこで、きちんと曲の盛り上がりである〝山〟を明確に取り、それを堪能する上での焦らしや引き伸ばしにも心血注いだスケールの大きい重低音楽に仕上がっている。
その盛り上がりを増幅させているのが、献身的に重低音の底上げをするパターソンのドラム(加えてソルトレイクでのレコーディングエンジニアも)と、耳を奪われる派手な装飾音を嫌味なく捻り出すムーアのトロンボーンだ。
もちろんデンズリーとアンダーソンが食われている訳ではなく、その活躍を受けて黒光りしてこその核二人のフレーズワークなのだから、コラボレーションとは美しきかな。

オトモダチ同士の内輪騒ぎのように見えて、実は適材適所を重視していたり。

曲の立ち上がりでぐわーっとした高揚感を得られる点から、SUNN O)))やらEARTHやらのフィードバック垂れ流しドローンノイズ系統が無理な方にも、本作は割と取っ付きやすい創りになっているのではないかと。
ぜひともこの静と動の狭間で蠢く魔物を堪能してもらいたい。
とは言え、ヘヴィ音楽を聴くのは耐性が必要となってくる。
筆者はここら辺の音をポストロックのような感じで聴いているのだが、如何であろう。お互い、はとこのような関係だしねえ。

M-01 The Obelisk Of Kolob
M-02 Ample Fire Within
M-03 Desert Cry (Bonus Track For Japan)
M-04 Divine
M-05 V.O.G.
M-06 Her Horse Is Thunder
M-07 Dark Matter

ジャケのデザインは言うまでもなく、オマリー。退廃美。
M-03はジャズピアニスト、McCOY TYNERのカヴァーでボートラ。おざなりにアルバム末尾へ放り投げず、きちんとアルバムの流れを担っている点で日本盤は特別扱い。


2011年8月26日金曜日

SUNN O))) 「White 1」


アメリカはシアトル出身のステファン・オマリーとグレッグ・アンダーソン、二体の重低音魔人による三枚目。2003年、アンダーソンの所有するSouthern Lord Recordsから。
ちなみにユニット名は〝サン〟と読む。後ろの〝O)))〟は音響の文字化のため、発音しない。顔文字みたいなモンですな。

音世界は聴けば目つきが悪くなる、殺気を伴った重低音を延々とギターでひり出し、聴き手の心に重石を載せていくアレである。そうそうアレ、アレ
彼らはそのアレへの愛を高らかに宣言する危ない熱い連中である。あまりにも好き過ぎて向こうが再結成した際、自分たちのレーベルに引き込んだくらい。
つまりアレのフォロワーだが、彼らの凄いところはアレの影響を残しつつも、アレとは別の方向でヘヴィドローン音楽を確立させてしまったことにある。

具体的に言えば、アレは荒涼とした大地を思わせるスケールの大きいヘヴィドローンだが、SUNN O)))は呪術的でまるで儀式を思わせる漆黒の音世界を提示してくれる。
しかも音に対する探究心が並外れている上に、(こんな暗黒音楽を創っていながら)非常に社交的なので、ゲストミュージシャンをどんどん迎えてその血/知をどんどん吸収する。
こうなれば、音は自ずと深化していく。

まずはポエトリーディングを詠うジュリアン・コープの背後から覆い被さる重低音ノイズとヘヴィリフの大波、M-01で幕開け。
THORR'S HAMMER時代の同僚であるランヒルド姫(北欧美人)が、あの悪魔に憑かれたようなデス声ではなく無機質に祖国・ノルウェー民謡を歌い上げる裏で、チープでいびつな打ち込みビートが心をかき乱すM-02。
ゆっくりと、濁った眼で行進し続ける黒衣の者どもに捧げる葬送曲、M-03。
いずれも十五分越えの長丁場。
ランタイム、たった58:40の永遠。
やみ。

こんなのが普通に聴けてしまう音楽人生なんて嫌だなあ……なんて思った頃も筆者にはありました。
だが実際に触れてみると思いのほか身体に沁み入るのです。何でしょう、根が暗いからですね? ああそうですよ。
でも人間って、闇と共存しているようなモンなんですよ?

Disc-1
M-01 My Wall
M-02 The Gates Of Ballard
M-03 A Shaving Of The Horn That Speared You
Disc-2 「LXNDXN Subcamden Underworld Hallo'Ween 2003」
M-01 The Libations Of Samhain
M-02 SunnO))) Vs Diggers 4th November 2003

Disc-2は日本盤のみのボーナスディスク。M-01はライヴ。M-02はラジオインタヴュー。


2011年5月4日水曜日

KHANATE 「Things Viral」


暗黒音楽界の手だれが雁首揃えた、2003年作の二枚目。

全くもって酷い音である。
ギターはリフを奏でず、耳障りなフィードバックを搾り出すことに終始している。ベースは重く低い持続音をひたすら継ぎ足し続ける。ドラムはビートを刻む本来の役目から逸脱して、打楽器の叩き出す音のみを欲する。ヴォーカルは喉から絞り出すような慟哭にも断末魔にも似た叫びと、呪詛のような呟きを使い分ける。
この四つの音が拡散し、ドが付くほどの低速度であっという間に聴き手の嫌悪感を植え付けていく。こんな音楽性なのに即効性があるのには、ほとほと驚かされる。
『音楽ってのはー〝音を楽しむ〟モノだしー』と、暢気なコトを抜かす輩に現実を突き付ける、全くもって底意地の悪い音である。

ただ〝音を楽しむ〟方々が、こんな悪夢のような音源を手に取ろうなんざ思いもしないだろう。まかり間違って聴いてしまった際、ほとんどのケースでこう口にされるだろう。
『何コレ。音楽じゃない!』
残念ながら、創り手が明確なヴィジョンを有して音を弾き出している以上、コレはれっきとした〝音楽〟である。世界は広いね(ニッコリ

理解出来ないモノに出遭ってしまった場合、いちいち対峙せず、なかったコトにした方が精神衛生上良い。

それなのに、彼らの〝明確なヴィジョン〟とやらが『全ての聴き手の心を音で陵辱する』だったりしたらどうする?
軽快さや起伏などこれっぽっちもなくて、暗く閉じ籠ったような空気で、不快感や不安感を引き出すような音色で、記憶に焼印を押すかのようなインパクトで、陰惨な六十分を繰り広げる。
日本盤は更に約三十分・三曲のボーナスディスクを追加して、嫌がらせ度を増す。
この悪夢が頭から離れないのは、彼奴らの暴力に屈してしまった証だとしたらどうする?

『母なる大地よ、父なる神よ、聖なる霊よ、そこに希望はあるのですか?』〝Commuted〟

Disk-1
M-01 Commuted
M-02 Fields
M-03 Dead
M-04 Too Close Enough To Touch
Disk-2 (Bonus Disk For Japan)
M-01 Reh / Improv 1103
M-02 No Joy (Remix)
M-03 Commuted (Coda)