2013年1月24日木曜日

BATTLES 「EP C / B EP」


遅っそ! 今更かよ!
HELMETのジョン・スタニアー、DON CABALLEROのイアン・ウィリアムス、LYNXのデイヴ・コノプカ、ソロ活動をしていたタイヨンダイ・ブラクストンによるスーパーマスロックカルテット、2006年作・二枚組編集盤。
詳細は、Monitor Recordsより発売された「EP C」Dim Mak Records「B EP」へそれぞれ、Cold Sweat Records「Tras」を割り振り、例のWarpで発売したもの。

BATTLESは珍奇なバンドだと思う。
〝反復の快楽〟なる魔物が、音楽には棲んでいる。演奏者ならリフ/聴き手ならループ、という反復音をひたすら演り/聴き続けるとあらどうでしょう、頭から脳汁ドバーときもちよくなっちゃうアレ。
彼らはプレイヤーなのだから演奏でそれを演れば良いのに、しない。例えば八小節くらいの演奏をシーケンサーか何かでリアルタイムで録り込んで、後はキーをぽちっとな。酷い時になるとたった音符一音だけのために録り込む。
フロント三人がそう楽(!?)するのとは逆に、シーン屈指のドラマー:スタニアーはひたすら人力で、細密かつ絶妙なタイム感と粒の揃った恐ろしい手数のビートを70年代の真面目学生のような服装で、まるで顔色を変えず叩いているのだ。
何とまどろっこしい、非効率なシステムだろうか。

だがコレ、よくよく考えると逆転の発想からくる妙手である。
ビートをループさせると演奏中に手心が加えづらく、応用が利かない。一方、上モノをリアルタイムでサンプリングすることで、気持ち良いフレーズをプレイヤーが感性の趣くままに抜き・挿し・重ねるコトが出来る。
このシステムは演奏者の自慰行為とは相反する、聴き手側視点の快楽だと思う。
ただし、ドラムには御柱となれるほどの強烈なビート感覚が要されるわ、フロントメンバーには臨機応変に他のメンバーとの調和を取っていく紙一重の鋭いセンスが試されるわで、安易に真似ると痛い目に遭うこと受け合い。

さて本作は、これでもまだ〝前夜〟的な雰囲気。後に獲得する奇妙なポップセンスはまだそれほど表れていない。
だが上記の〝リアルタイムサンプリングと超絶ビートのアンサンブル〟から繰り出される何でもアリ精神は既に完成されており、如何にも彼らっぽい曲に、成り行き任せで牙を剥くドローン曲やヒューマンビートボックスに一味加える曲などを、平然とアルバム中で共存させて聴き手を煙に巻いていく。
それはもう、『俺たちが一音出したとたんにBATTLES!』と言わんばかりに。

Disc-1 「EP C」
M-01 B + T
M-02 Uw
M-03 Hi / Lo
M-04 Ipt-2
M-05 Tras 2
M-06 Fantasy *
M-07~M-15 Untitled *
Disc-2 「B EP」
M-01 Sz2
M-02 Tras 3
M-03 Ipt2
M-04 Bttls
M-05 Dance
M-06 Tras *

*印のトラックが、件の「Tras」収録曲。
蛇足ながらDisc-1のM-07から15は無音――かと思いきや、打ち込みのキックを一発ずつ録ったもの。何だか変な余韻。


2013年1月22日火曜日

TOWN AND COUNTRY 「Up Above」


全手動ミニマル四人組、2006年の五枚目。

彼らが、長音を多角的に絡めていく雅楽風な音世界を確立したのが前作。あの時点の拙文ではあえて〝洋風雅楽〟と称したが、本作では更に斜め上の発展を遂げている。
前作までに用いてきたヴィオラ、アコギ、ウッドベース、チェレステなどの洋風楽器に、タイのケーン、インドのタンブーラ、北アフリカのゲンブリ、日本の尺八などの民族楽器を平然と混入し始めたのだ。
しかもM-06、07では最強の音色・人声を出来損ないのホーミー(モンゴル)という形で初披露。
その音色総数、二十四。
三作目までは爪弾かれた音色を紡いでいく手法が、前作で長音を折り重ねていくそれへの移行を画策し、本作ではそれを多種多様な楽器で実行していこう、となった訳だ。

ただしコレにより、何となーく引っ掛かる点が生まれてしまった。
単に難解化した。それだけ。
洋風楽器に各国の民俗楽器をエキゾティック要素目的ではなく、音色の多角化のみの理由で投入した。如何にもこの界隈の連中らしい妙案だと思う。
ただコレ、演り過ぎると輸入盤ラストのM-10や日本盤ラストのM-12のような、情報が錯綜して聴き手側がリラックス出来ない状態に陥るのだ。
こうなるともう、快楽原則に法って音を出しているのか疑わしくなる。

だがこの据わりの悪さと似たような方向性の音楽ジャンルもあったりする。
ずばり、ノイズミュージックだ。
〝ハーシュ〟と呼ばれる耳垢をすっ飛ばす破音が分散して襲って来る音像だと考えれば、不思議と難しく考えずに受け入れられるはず、ノイズ耐性があれば

じ・つ・は、そこまで強烈な音像の曲ばかりでもなかったりする。前作の踏襲程度で、ドローンっぽくだらーっと聴き流せる曲だったり。M-09のようにほぼアコギ一本だけど三作目以前とは違う鳴らし方の曲だったりする。
脅かして申し訳ないが、割とハードルが高めのアルバムだと思うのであえて。
だからこそ、ありのままを受け入れる逆転の発想を。音楽なんざ、頭で考えて聴くだけ損なんだぜ!

M-01 Sun Trolley
M-02 Fields And Parks Of Easy Access
M-03 Phoney Fuckin' Mountain
M-04 Bee Call
M-05 Cloud Seeding
M-06 Blue Lotus Feet
M-07 King Of Portugal
M-08 Belle Isle
M-09 Almost At White Glass And Sun
M-10 Up Above
M-11 Sun Trolley Part 2 (Bonus Track For Japan)
M-12 Up Above The World (Bonus Track For Japan)

M-06はエルヴィスやジョージ・ハリスンも傾倒したヨガの導師:パラマハンサ・ヨガナンダの、M-07はポルトガルの賛美歌のカヴァー。


2013年1月20日日曜日

RED SPAROWES 「The Fear Is Excruciating, But Therein Lies The Answer」


元ISIS:ブライアント・クリフォード・メイヤー率いるハードコア上がりのバンド、2010年・三枚目。中核メンバーだった当時NEUROSISのビジュアル担当(当バンドのパートはギター)が脱退し、女性ギタリスト:エマ・ルース・ランドル加入後初の作品。
レーベルはマネジメント事務所が経営するSargent House。録音技師はここ数年でめきめき頭角を現してきたトシ・カサイ

基本的に前作と音世界は変わらず。
ハードコアのエッジとポストロックの〝鳴り〟への拘りを併せ持つオールインスト音楽。壮大なスケールとダイナミックさが売りで、それに伴う強弱法での陰影の付け方が巧み。
ただしアルバムを編む行為は生もの。時と場所と人とその気分が違うのだから、まるっきり同じ音源が出来る訳がなく、本作も例外ではない。

前作は中共の〝大躍進政策〟を題材に(一枚目のお題目は〝種の絶滅〟)採ったが、本作は特に設けられていない。曲説明文タイトルの短さからもそれが出ている。
お陰か偶然か、本作は各曲だいたい六分から七分(一曲平均じゃないよ)、ランタイムにすると四十分台、とコンパクトにまとめている。長いと言えば長いが、壮大なスケール感が持ち味の彼らならもっと引き伸ばせるのに、この省エネ策。物足りないと感じるか、各曲に締りを齎していると取るか。
また録音技師の変更により音の粒子が整い、各音色の位置がクリアになった印象を受ける。もちろん前作の音質が劣悪だった訳ではない。荒さと生々しさを好むか、整頓された緻密さを好しとするかは聴き手それぞれ、というだけ。

実は彼ら、意図的なのかは分からないが、レコーディング技師だけでなくマスタリング技師までアルバム毎に替えてリリースを重ねていたりする。
もし『自分らの音世界は変えず、どう料理されるかを試している』などと考えてるとしたら、それはそれで彼らの音響への飽くなき拘りを表しているし、自らの音世界への強固な自信とも受け取れる。
さあ次は誰だ。面白いから畑違いの奴を連れて来いや!

Disc-1
M-01 Truth Arise
M-02 In Illusions Of Order
M-03 A Hail Of Bombs
M-04 Giving Birth To Imagined Saviors
M-05 A Swarm
M-06 In Every Mind
M-07 A Mutiny
M-08 As Each End Looms And Subsides
Disc-2 「Aphorisms EP」
M-01 We Left The Apes To Rot, But Find The Fang Still Grows Within
M-02 Error Has Turned Animals Into Men, And To Each The Fold Repeats
M-03 The Fear Is Excruciating, But Therein Lies The Answer

日本盤はランドル加入前に切られたLP/配信のみの音源「Aphorisms」(2008年)付の二枚組でお徳。それならもう一声、デイメアお得意のゲートフォールド紙ジャケ仕様に! 気が利かねえな!
もちろんこちらもトシ・カサイによる録音。


2013年1月18日金曜日

RIOW ARAI 「Electric Emerald」


2007年作、八枚目。Libyus Musicからは四枚目。

四つ打ちテクノ作品である。
今までとまるで作風が違うのに、別名義リリースをしなかったのは『メリットを感じなかった』かららしい。
ならば、日本ビート学の権威が特有の歪なブレイクビーツを封印してまで、上モノ勝負を賭けてきた! と考えて良いはず。
だが元々は彼、YMOを真っ先に影響土壌に挙げる人。デビューが日本テクノレーベルの老舗・Frogman Recordsな人。しかも常に水準以上の質を提供出来る、作品に安定感のある人。作風の大変化に戸惑うコトなどない――
なんて聴く前、思ってマシタ。

今回はテクノという音楽の構造上、上モノはループ中心。それでもシンバルを左右に散らしたり、装飾音を左から右に通したりと、いつもながら細かい仕掛けは流々。音圧の良いヘッドフォンで聴くとかなり楽しい思いが出来るはず。
ただ、今回は久々に目を瞑り切れない難点も存在する。
普段の作風では、イレギュラーなビートをかわすようなタイミングでワンショットの上モノを打ち、その妙を味わわせてくれた。だが、シンプルビートに長尺ループのミッドテンポだと、例えばM-03のように噛み合わせ次第で何とももっさりしてしまうのだ。
また、今回全てシンセで取ったという音色は、ダサカッコイイのもあれば、あまりに月並み過ぎて音色の選択を間違えてるっ! と指弾したいのもある。
おそらく四つ打ちを意識し過ぎて、形に捉われてしまったのかも知れない。普段の作風ではジャンルを俯瞰してトラックを組める人なのに。

ココまでネガティヴなコトを書いてしまうと『お、駄作ゥー!』と勘違いされそうだが、ちっともそんなコトはない。
今までこれほどわくわくするようなイントロがあったか、と言いたいM-01。「Front Mission Alternative O.S.T.」期をアップデートしたようなM-02も秀逸だ。コレを含めた、エレクトロっぽい安くてねばっこいグルーヴの(俗に言う〝TB-303っぽい〟)ベース音色を用いたトラックは得手のようで、おしなべてカッコイイ。
しかもアルバム終盤に地味な秀曲を揃えているのも嬉しい。アッパー祭りとばかりに勢いで攻め切らず(それはそれで潔くて好きなんだけど)、こうした引きの美学で締める老練さもこのアルバムで彼が学んだ手管の一つだろう。

また数年後、このような四つ打ちテクノ路線を期待したい。たぶん凄いの来るよ。

M-01 Intro
M-02 Chocolate Derringer
M-03 Eternity Ring
M-04 Acid Samba
M-05 New Tube
M-06 Interface
M-07 Gps
M-08 Windy Grassy
M-09 Toys Boys
M-10 Brightness
M-11 Over Ground


2013年1月16日水曜日

HINT 「Driven From Distraction」


英国・サセックスのブレイクビーツのび太くん:ジョナサン・ジェイムズによる、2008年の二枚目。おそらくBONOBOの推薦を受けて、であろうブライトンのTru Thoughts移籍作。

まずは音世界の劇的変化に絶句していただきたい。
もちろんデスメタル始めました、な訳はない。ちゃんとクラブミュージックの範囲内での路線変更だ。いやいや、むしろ〝範囲内〟どころかど真ん中に居座ったと言うか……。
率直に書けば、デビュー盤Ninja的アブストラクトブレイクビーツが、がんがんオーディエンスを踊らせるノリノリのフロア仕様に大変貌を遂げているのだ。

これはもう、童貞を喪失して以後、急速度にやりちん化したのび太が、地元で真面目に慎ましく生活しているしずかちゃんの名を聞いて『源サン? 居たねェ、そんなコ……』とかスカしやがっているくらいの衝撃だ。

エレクトロ(ニカじゃないよ!)御用達の安く野太くうねるベースラインが幅を利かせ、パーカッションやカリンバなどがトロピカルなトライバル感をほのかに演出し、女性シンガーの堂々たる歌唱をフィーチャーし、男性ラッパーやカットインした声ネタでヒップホップのサグな雰囲気を醸し出す。アッパーだけでなく、M-03のようなR&Bっぽいオサレなしっとり感も出せるところが、聴き手にこれまたクラブユース化を意識させる。
何でココまで変貌する必要が? そりゃあ五年もの歳月でしょう。
HINTはこの五年で大きく進化した。怪しかったビート構成も堂々たる熟れ方だし。音楽志向が西から東に引っ越したくらい変化したのに、出て来る音は付け焼刃感がまるでないし。ところどころ顔を見せる安っぽさも拙さからではなく、きちんと味に昇華されているし。

問題らしい問題は、我々聴き手がこの急変化に対応出来ていないコトくらい。

ただ、たった過去一作だけで、しかもそれほど特徴的な作風をしていなかったのに『思てたんと違ーう!』とそっぽ向くのもどうかと、筆者は言いたい。
確かにもっと演りかたはあったと思う。中間点の音でワンクッション置いて、三枚目にこれを切るとか。HINTならではの音の軸を持つとか。
でも、五年でココまで成長した男の表現欲を留めておくのは忍びない。この実の伴い方なら、しずかちゃんも様変わりした彼を久しぶりに見て『のび太さん……カッコイイ……v』なんて思わずじゅん……とさせてしまうだろうさ。
ドコを? 瞳に決まっているじゃない!

M-01 Keep Your Shirt On (feat. Laura Vane)
M-02 The Mist Lifts
M-03 Afro Love Forest (feat. Kinny)
M-04 At The Dance
M-05 Got A Pulse
M-06 One Woman Army (feat. Laura Vane)
M-07 Snake Patrol (feat. Gavin Stenhouse)
M-08 Mutes And Drops
M-09 Muddled Morning (Feat. Rizzle)
M-10 Scrawny's Beat
M-11 I, Silverfish (Feat. Rup)
M-12 The Tremmuh

M-03のKINNYはレーベルメイトの女性シンガー。コレと同テイクが翌年発表の彼女のデビュー盤にも収録されている。
また、M-07はインストトラックで、香港生まれの英国俳優:ギャヴィン・ステンハウスがちょこっと中間部、ギターを奏でている。


2013年1月14日月曜日

CHRIST. 「Pylonesque EP」


スコットランド出身、元BOARDS OF CANADAのクリストファー・ホーム、正式(コレ以前に自主レーベルから二枚のアルバムを発表済)デビュー盤。2002年作。
EP扱いだが、ランタイムは三十分少々ある。

内容は翌年の「Metamorphic Reproduction Miracle LP」を見越した音世界。現にM-05は「Metamorphic~」アルバムでも収録されている。
だから、と言う以前に元から彼の作風――デジデジしいボトムラインに幽玄な背景トラックと、ヴィンテージ機材からひねり出したような懐古的な主音――は固定されており、後は主に本人の技術向上による進歩くらいしか作品毎に差異はない。
無論、それは悪いことではない。
金太郎飴にもさまざまな模様や色使いがある通り、同じ作風を保ったままどう変化を付けていくか――それも、音楽を創り続ける上で一つの命題だったりする。
実はこの一徹ぶり、自由に演れる気風のニカ界に於いて貴重な存在だったりする。

そんな〝ブレなさ〟よりも、彼の最大の長所はテクスチャの組み方が抜群に巧いコトだと筆者は考えている。
音色使いが悪いという訳ではないが、かなり地味な選択をしている点は否めない。一聴で心を奪う吸着力は音色使いが担っている部分が大きいのだから。
そこで、地味なれど随所に淡い輝きを放つ音色を組織し、それらが齟齬を起こさぬよう、どれかが埋没してしまわぬよう、トラックを統括していくこの才が光る。目立たないスキルだが、シーン屈指の巧みさを持っていると思う。
主音らしい主音を設定せずに音色の加減算の妙でゆうゆうと五分弱を乗り切ってしまう、ビートを絡めたアンビエント風のM-03。主音級の音をマイクリレーのように、立てたり裏に回したり戻したり新たに投入したりと、抜き差しならぬせめぎ合いを繰り広げさせるM-06は彼の特長を生かした好トラックだ。

本作は幼児の「ばいばい♪」という無邪気な声ネタと共に締まる。
BOCちっく? どっちが卵でどっちが鶏なのさ?

M-01 Dream Of The Endless
M-02 Arctica
M-03 Spengly Bengly
M-04 Pylonesque
M-05 Fantastic Light
M-06 Perlandine Friday
M-07 Absolom (For Lucy)