2012年1月28日土曜日

SQUAREPUSHER 「Music Is Rotted One Note」


みんなだいすき! いろいろ残念系エレクトロニカアーティスト、トム・ジェンキンソンによる1998年作の三枚目。
大問題作にして傑作。

親分筋に当たる(単なる友人なんだけど)リチャDよろしく『Everything By Squarepusher』とかインナーにクレジットしちゃう痛い子なトムが、本当にEverythingしちゃったアルバム。
トムがああ見えて凄腕なベーシストなのはご承知の通り。それに飽き足らず、卓加工はおろか、キーボードもドラムも演っちゃった。
つまり打ち込み捨てちゃった! おまけにエレクトロニカから離れちゃった。『ジャコパスが何だ、マイルスがどうした! 俺が曲を作り! 俺が演り! 俺が好きなように加工した、俺のジャズだ!』と、外部の意見シャットアウトして創っちゃった。
他人の手を借りたのはマスタリング(原盤製作係)と装丁くらい。
誰か止めろよ、このコントロールフリークを。

いや、誰も止めなくて良かった! この時のトムの創造力はキレにキレまくっていた。
『殻に籠もっている』と言われようが構わない。殻に籠もることで己を見つめ直し、真に自分が鳴らしたい音を導き出せたのだ。

お陰で本作はトム作品にあるまじき、焦点の絞れた作品になっている。後に『全ての音楽要素を極限まで使い切ってやる』と吼えた同一人物とは思えないくらい。
しかも、いつもクールを装っている(トコが可愛い)トムの目が血走って見えるくらい熱いアルバムだ。音像は比較的冷ややかなのに。
各音から発せられる空気の張り詰め方が尋常ではない。忙しなく荒れ狂うビートは、彼がクレイジーさを求めてドリルンベースを導入したコトを窺わせる。彼の得手であるベースも、いつも以上にぐいぐい曲を操縦している。このテンションこそが熱さの源だ。
その一方で、間曲感覚で挟むドローンアンビエントが上手くチルアウトの役目を果たしている。もちろん押しだけではない、引きにあたるマイルドな曲調もあり、打ち込みと見紛わんばかりの構成力で唸らせる。
きちんと第三の目で俯瞰されている。トムは至って平静だ。

ただし、この精神が苛まれるヒキコモリ的作風を続けられるほどトムのハートは強くない。『難解過ぎる!』とか『ねー、ドリルンはー?』とかいう外部(特にファン)の意見をあっさり取り入れ、再び打ち込みへと舞い戻って来るのであった。
打ち込みだろうが生音だろうが、好き勝手に演れば良いのにねーェ。あ、演ってるか! 演ってるからあんなんなんだね!

M-01 Chunk-S
M-02 Don't Go Plastic
M-03 Dust Switch
M-04 Curve 1
M-05 137 (Rinse)
M-06 Parallelogram Bin
M-07 Circular Flexing
M-08 Ill Descent
M-09 My Sound
M-10 Drunken Style
M-11 Theme From Vertical Hold
M-12 Ruin
M-13 Shin Triad
M-14 Step 1
M-15 Last Ap Roach


2012年1月26日木曜日

BASTRO 「Sing The Troubled Beast / Diablo Guapo」


伝説のジャンクハードコアバンドによる三枚目と二枚目の2in1、2005年発売。それぞれオリジナルは1989年と1988年。時系列を逆に並べているのも珍しい。
レーベルはSONIC YOUTH、SWANS、BIG BLACK、GREEN RIVERなど錚々たるバンドを輩出したNYのHomestead Recordsがオリジナル。再発盤はシカゴのDrag City

さて何が〝伝説〟か。メンバーが凄い。
G兼Voは後にGASTR DEL SOLを経てソロ活動をするデイヴィッド・グラブス。Baはクラーク・ジョンソン。DsはTORTOISEやTHE SEA AND CAKEなどでの活動に加え、レコーディングエンジニアとしても辣腕を振るう〝マッケンさん〟ことジョン・マッケンタイアだ。(元GASTR DEL SOLでもある)
加えて、後にジョンソンに代わって加入したのが元TORTOISE、GASTR DEL SOLなどのバンディ・K・ブラウンときた。

つまりジム・オルークを加えた末期BASTROがGASTR DEL SOLになる訳だ。
音世界は正反対だけどな!

その音世界とは、けれん味たっぷりに突っ走るハードコア。
ジョンソンの背骨を金やすりで掻くようなベースライン。個性的に刻み、シンバルに鞭打つマッケンさんのドラム(今でもたまにこの片鱗を聴かせてくれる彼は素敵だ)。重さよりも荒さに比重を置いたグラブスのギターと、噛み付くように喚き散らすヴォーカル。
マッチョでタフな純然たるアメリカンHCの正当系譜ではないが、後にエモコアへと注がれる重要な流れだ。

本作を創った頃、グラブスは二十代前半、マッケンさんに至っては十代だ。口の悪いリスナーは本作を『若気の至り』と揶揄するかも知れない。
何をほざくか。
先ほど『けれん味たっぷり』と書いた通り、ただただ闇雲に突っ走る作風ではない。M-05のようにけれん味のないHCサウンドには不必要なオルガンが、M-13ではトロンボーンが、M-14ではとうとう工具のドリルが荒れ狂う有様だし。各メンバーの演奏も若者とは思えないくらい老練し、フレーズも青臭さがなく堂々としているし。3rdと2ndにそれほど差異はないし。
既に完成されている、という訳だ。しかも今聴いてもちっとも古びていないから恐れ入る。

若いから未熟だろうなんて先入観、彼らにとっては過小評価も同然。真に優れた者は若い頃から凄いってコト。

Sing The Troubled Beast
M-01 Demons Begone
M-02 Krakow, Illinois
M-03 I Come From A Long Line Of Shipbuilders
M-04 Tobacco In The Sink
M-05 Recidivist
M-06 Floating Home
M-07 Jefferson-In-Drag
M-08 The Shifter
M-09 Noise/Star
M-10 Recidivist
Diablo Guapo
M-11 Tallow Waters
M-12 Filthy Five Filthy Ten
M-13 Guapo
M-14 Flesh Colored House
M-15 Short Haired Robot
M-16 Can Of Whoopass
M-17 Decent Skin
M-18 Engaging In The Reverend
M-19 Wurlitzer
M-20 Hoosier Logic
M-21 Shoot Me A Deer


2012年1月24日火曜日

CLARK 「Totems Flare」


ミスター前言撤回にして、そろそろキングオブワープと呼ぶべきなクリストファー・ステファン・クラークもとうとう五枚目。2009年作。

元から次に何を演ってくるかさっぱり見当が付かない男、どうせ前作のアッパーフロアユース路線などかなぐり捨てやがるだろうと思っていた。
だが実際に聴いてみれば、何とも言い難い表情で頭上にクエスチョンマークをいくつも浮かべている筆者が居た。
意味分からない? いや、そういう訳じゃないんだけど……。CLARKっぽくない? いや、紛れもなくCLARKの音なんだけど……。
駄作? 全然!

電子音主体の構成で、相変わらず音色使いははちゃめちゃ。むしろ更に研ぎ澄まされている。曲によっては速いBPMでガンガン来るアッパーチューンもある。
ただし、前作で衝撃的導入となったシンプルな四つ打ちをばっさり排除。フロアで素直に踊らせてくれないビートに挿げ変わっている。
ああ、裏の裏は表か……。
一方の上モノだが、従来の〝CLARK節〟もありつつ、M-07に代表される二世代くらい前の使い古された音色をさり気なく織り込む手口も。だが、テクスチャはあくまで現代風だったりする荒業。最初期音源「Throttle Clarence」を髣髴とさせる。
かと思えばM-11で、ギターを爪弾くノンビートの素朴なトラックで締める。『何で今更生音っ!?』と意表を突かれて首を傾げていれば、日本のみのボートラで眉間にしわが寄る。
何と、二十分にも渡るドローンアンビエント。それ自体は今まで地味にちょこちょこ織り交ぜてきた手法だが、ボートラでこんな長々としたモノを持ってくる神経を疑う――と言うかコレのお陰で、ある意味日本盤はスペシャルな商品になった。ありがとう。

あー、もうメチャクチャ。やりたい放題。
いやいやコレ、過去の総決算じゃね? いわゆる一歩後退とか保守路線とかその類じゃね? と言われてもにわかに納得出来ない。なにせCLARKだから。
とは言え、生成した音を脳内で全て把握している彼のこと、聴き手のこんな反応も想定内なんだろうな。にやにやしやがって、くそっ。

M-01 Outside Plume
M-02 Growls Garden
M-03 Rainbow Voodoo
M-04 Look Into The Heart Now
M-05 Luxman Furs
M-06 Totem Crackerjack
M-07 Future Daniel
M-08 Primary Balloon Landing
M-09 Talis
M-10 Suns Of Temper
M-11 Absence
M-12 Steepgrass Five (Bonus Track For Japan)


2012年1月20日金曜日

RICKARD JAVERLING 「Two Times Five Lullaby」


北欧はスウェーデンの宅録シンガーソングライターによる初アルバム。たぶん日本語読みは〝リキャルド・ヤヴェルリング〟だと思うんだ……。
2006年発表で、レーベルはコレを最後に消息を絶ったYesternow Recordings。

音世界は、極力ムダを省いた生音系インスト。陳腐な表現をすれば〝癒し系〟だろうが、それよりも〝和み系〟の方がしっくりくる素朴な味わいが売り。北欧は意外にもこの手の音がお得意な土地柄。Hapnaも頑張ってるしね。
それにしても使っている楽器の多いこと多いこと。
ヤヴェルリングが弾いているのはアコギ、バンジョー、ハーモニカ、グロッケンシュピール、トイピアノ、という素朴を絵に書いたような楽器たち。
他にゲストがエレピ、ベース、ドラム、アコーディオン、サックス、ホルン、メロディカ、オルガン、シンセ、エレキギター、親指ピアノ、マンドリン、テルミン、チェロで手助けをしている。フィールドレコーディングや打ち込みビートを組んだDJも参加している。
もちろんこれらが一斉に鳴っている訳ではなく、曲毎に上記の楽器を三つくらい選ってメロディを立てた至極真っ当な創り。
メロディ主体の音楽なので今後、歌を入れる曲も出てくるとは思うが、なかったらなかったで構わないのは本作で証明されている。
ただ、歌を使ってきた時は、良い意味でも悪い意味でも注意が必要かも。

やはり音色が多いといろいろ選択肢が増えて演りやすい。
散漫になるかと思えばそうでもない。アルバム全体が素朴な曲調で統一されているからか。M-02のようなブラシで刻む軽快なビートの曲すら素朴フィルターで心和ませる(実はこのドラマー、なにげにモタってるのだが、それすら味になっている)。M-09の不穏な音色が特徴のテルミンすら可笑しくて可愛らしく聴こえてしまう。
もうコレ、反則でしょう。きっと飄々とした気の良いあんちゃんなんだろうなあ。

M-01 Ice Princess
M-02 The Three Sisters
M-03 Two Times Five Lullaby
M-04 Heavenly Birds Pt.1
M-05 Track
M-06 The Connor Pass
M-07 Wind Play
M-08 Palermo
M-09 Brandon Bay - Out To Sea!
M-10 Martina's Waltz
M-11 Heavenly Birds Pt.2


2012年1月18日水曜日

RIOW ARAI + NONGENETIC 「Riow Arai + Nongenetic」


毎度お馴染み日本のビート・プロフェッサーとSHADOW HUNTAZのリーダー、奇跡の邂逅。2005年作品。

2005年はRIOW ARAIにとって攻勢の年だったように思える。
クリックハウスを能くするNAO TOKUIとのコラボを皮切りに、オーストリアの名門・Megoが輩出した日本の音響歌姫・ツジコノリコとのRATN名義、そして本作である。
彼が前作で自らの音楽的土台を完全に固めた、もう揺るぎないと確信してのタッグ戦線進出だと、筆者は勝手に推測している。
今まで機会のなかった、1+1を2ではなく10倍の200にする挑戦の始まりだ。

まずは、なぜかマズレク大将作品の日本盤ライナーで書かれていた、本作についてのおかしなエピソードを紹介。
この太平洋を隔てた競演は、何とNONGENETICが、RIOW ARAIのHPに載っていたサンプル音源に自らラップを重ねて勝手に送り付けてきたコトから端を発しているらしい。
しかもこの二人、本作発表時点で顔すら合わせていないらしい。コレもう〝邂逅〟ですらない! (現在はどうなんだろう)
なお、レコーディングは東京とハリウッドに分かれて録られた。

そんな二人から出て来た音はやはり、ガチのヒップホップ。
既存のヒップホップフォーマットから外れたトラックに乗りたがるNONGENETICと、自らの音を様式化するべくヒップホップフォーマットに近付いたRIOW ARAIの合体は、皮肉と言うか理に適っていると言うか。
とは言え、ヒップホップという音楽の構造上、タイマンではない。NONGENETICの同僚・DREAMとBREAFFなどを含む総勢六名のラッパーが脇から支える。
また、今でもRIOW ARAIと繋がりのあるワンターンテーブリスト・DJ DUCTの活躍が光る。そのアグレッシヴなスクラッチはトラックに間違いなく活力を与えている。それこそ〝RIOW ARAI + NONGENETIC + DJ DUCT〟名義でも差し支えないくらい扱いが良い。

前作のIntroがココまで発展したM-01。湿ったギターのカッティングループが心地良いM-05。声ネタの不穏さから聴いていてだんだん不安になってくるM-08。へヴィかつファンキーにガンガンアゲていくM-13から、ヒップホップらしく大団円なまったり空気で締めるM-14とまあ、隙皆無で完成度の高いアルバムだが、筆者はふと気付く。
「もっといつものアライさん流ビート学を貫いて、ノンジェネ含む参加メンバーを統べる形になるかと思った」
その実、本作は思ったよりRIOW ARAI色は濃くない。共演盤なのだから当たり前だ。
いつもよりループで構成されているトラックも多い。ラップという点で置いて行く音を立てている以上、同じように点を置いて行くいつものワンショットメインの創りではカブってしまうという配慮かも知れない。

配慮――唯一無二の個性を持ちながら共演者を丸呑みしない賢明さを持つ彼は、音源を出すという研究から得た成果をもれなく脳内へと蓄積している。
ただし、一生結論を見ないのが〝学問〟というものだ。

M-01 Travel The Night
M-02 Mrsmr
M-03 Neo Con
M-04 Betterdays
M-05 Oh Snap
M-06 Kiss
M-07 One Dolla
M-08 Scared
M-09 Parallel Lines
M-10 Stop Lying
M-11 Dolla
M-12 Incredible
M-13 Dead Or Alive
M-14 Change


2012年1月16日月曜日

THRONES 「Day Late, Dollar Short」


EARTHMELVINSHARVEY MILKHIGH ON FIRE(ゲスト扱いでSUNN O))))など、この筋から一目置かれるバンドに在籍履歴がありながら、いづれも長続きしない〝暗黒音楽界のハイエナ〟によるソロプロジェクト、三枚目の編集盤。2005年、SUNN O)))の片割れが経営する暗黒音楽専門レーベル・Southern Lordより。
アルバムというトータルコンセプトに興味がないのか、アルバムを編む忍耐力がないのかは分からないが、コンピ、スプリット、サントラ、単独EPなど小出しにしてきた音源を引っ掻き集め、アウトテイクを加えたのが本作。
本作だけでお世話になったレーベルが十も数えるのだから、顔の広さはシーン屈指だ。伊達に渡り鳥家業をやっていない。

さて内容はというと案の定、ボトムが地中に潜って行く暗黒ハードコア系。自身がベーシストだからして、軸はびりびりに歪ませた重いベースライン。ギターなんか要らないと言わんばかりにデカイ音で幅を利かせるが、ギターを弾いているトラックもある。ヴォコーダーなどで加工しがちだが、ほぼ自身が歌っている。ビートはおそらく自分で叩くか組むかしているはず、とまあ卓操作以外はほぼぼっち作業。
ライヴになるとぽつんと独りステージに立ち、打ち込みをバックにベースを弾きつつ歌う、とほほな光景が展開されていたそうな。
『誰も手ェ貸してくんねーから俺独りで全部演ってやんよ!』なのか、『独りの方が気楽で良いや、好き勝手に演れっしよ!』なのかは分からない。

ただアンタ、そこまで器用なミュージシャンじゃないでしょうが。

本作はとにかく安っぽい。打ち込みの使い方の稚拙さは脱力モノだし、編集盤だからと半ば開き直ってラウンジ風もハードコアパンクもポストロック風もスラッジコアも一つの鍋へ無造作に放り込んでるし、曲構成もほぼ感覚頼りだし。
だが、これらのマイナス点が全て、良い意味での如何わしさ、ユーモア、何でもアリ精神、とプラスに評しても許されそうなエネルギーに満ちているのは才能か人徳か……いや、ただ単に変人なんだろうなあ。
M-06ではへなちょこ聖歌風、M-11ではおとぼけマーチ風と、人を食ったような曲もあるかたわら、M-15のように突如ぎらぎらした殺意を聴き手に向ける凶暴さもある。M-10のような突貫ハードコア曲もある。かと思えば、本作に収録された五つのカヴァー曲は意外と真面目に翻案していたりする。
こんな不安定な人、バンドという組織では扱いづらいだろうなあ。

暗黒ハードコアとして聴くよりも、例えばTRANS AMのような雑多ロックバンドの感覚で聴くと、次に何が飛んで来るか分からない意外性から、凄く楽しめるかと。ヘヴィ音楽耐性は思ったより必要ないかと。
もうコレ、ハードコアじゃなくてモンドだよほんと。

M-01 The Suckling
M-02 Young Savage
M-03 Algol
M-04 Reddleman
M-05 Genex
M-06 Silvery Colorado
M-07 Coal Sack
M-08 Epicus Dommicus Bumpitus
M-09 Piano Handjob
M-10 Simon Legree
M-11 Easter Woman
M-12 Valley Of The Thrones
M-13 Oracle
M-14 Black Blade
M-15 Obolus
M-16 Davids Lib
M-17 A Quick One
M-18 The Walk
M-19 Nostos Algos


2012年1月14日土曜日

TSTEWART 「Living Exponentially」


アメリカはノースカロライナ州出身のトラヴィス・スチュアート(a.k.a.MACHINE DRUM)による別名義、2006年作品。
レーベルは今は亡きフロリダのMerch Records

その名の通りマシーナリーな創りのMACHINE DRUMとはうって変わった、生音利用のブレイクビーツエレクトロニカ。つまり、自身を含めた七名のプレイヤーが奏でた音をスチュアートが卓で統括し、電子音を鏤めていく演り方だ。
その音色はドラムはもちろん、ヴァイオリン、トランペット、ギター、シンセ、ヴィブラフォンとグロッケンシュピール(いずれも鉄琴系)、ピアノと多岐に分かれている。
中でも特筆すべき音色は……何とドラムだ。
おそらく過度の編集を加えているのだろうが、むず痒くなるほど絶妙なタイム感で刻まれるビートは耳を惹き付けて止まない。M-04のようなビートを前面に出して、普通なら主音に立てるべき音色を奥に引っ込ませる逆転発想のトラックを組みたくもなろう冴えぶりだ。
またM-11はFOUR TET、M-09はヴィブラフォンのせいでTORTOISEっぽいのだが、ビートの組み方が独特なお陰で、異質な響きとなっている。M-06などもドラムンベースちっくなのだが、やはりシンバルパターンの趣深さで、借り物の空気から逃れることに成功している。

カッコ良いビートは正義!

ビートビートと喧しいが、やはり上モノに生音を用いるのは耳に心地良い。
「打ち込みは人間味を感じない」とかトンチキなコトを抜かすあほは捨て置いて、生々しさを出したいのならこれ以上の手段もあるまい。
打ち込み偏重はMACHINE DRUMで、生音折衷はこちらのほぼ本名名義で平行して活動してくれれば嬉しいのだけどねえ……コレ以降こっち、音沙汰なしかよ!

M-01 That Love
M-02 I Owe You Not
M-03 This Year Kindergarten Starts At 10PM
M-04 No Fun King
M-05 Taci 2:33
M-06 My Trip To Jekyll Island
M-07 I Waited Til Morning And Everything Was Fine
M-08 Camp Lejune
M-09 Become Another Eagle Returning To Korea '34
M-10 A World Generated Every Answer Ever For All To Know
M-11 Jess
M-12 Living Exponentially


2012年1月12日木曜日

SKALPEL 「Skalpel」


ポーランドはヴロツワフ出身のDJデュオがNinjaに殴り込み!
2004年デビュー作。

端的に音世界を書くと、Ninja Tuneお得意のジャズ+ブレイクビーツ。
ジャズをソースに、ブレイクビーツへ更に何を持ち込むか――その選択肢と匙加減を最重要課題として、当時のNinja連中は扱っていたように思える。
そこで彼らの場合、そろそろカビの生えそうな60年代ジャズを、盤面の埃を払って差し出してきた。この方法論はシネオケCLIFFORD GILBERTOあたりが演ってきた選択肢と被るのだが、ボトムラインはもちろん、上モノ使いのセンスが何となく違う。個人差だけではない、本質的な何か――

コレがポーリッシュ・ジャズなのかと! 弱った、初めて聞いたよマジで……。

何の気なしに耳にすれば、普通の古臭いジャズのように聴こえる。針飛びのグリッチがそれを助長させる。
だがやはり、どうしようもなく二十一世紀の音だ。レトロちっくな音世界を乱さない程度にクリアな音質。生演奏を巧く模したループ感。ここぞとばかりに効果的なサンプリングの挿入――特に女性スキャット(のサンプリング)をフィーチャーして組まれたM-02はキラートラックとしてアルバム中、燦然と輝いている。(ギターのカッティングがこれまた可愛いんだよなあ)
こう言った〝古くて新しい〟感覚こそ音楽界ではなくてはならないモノで、巧く使い回せば永遠の時を刻むことが出来る。
音楽技法も、我々の刻む時も。

『古き良き音楽を聴けば済むじゃない』と仰る方も居やがるかも知れないが、それでは音楽は前に進まない。
過去の遺産を踏まえて、現代に翻案する――実に素晴らしい。そこにお国の伝統を今に伝えたいという意思があるのなら、実に美しい。
それで置いて行かれた奴らは知らん。過去に生きる選択肢だってある。

M-01 High
M-02 Not Too Bad
M-03 1958
M-04 Together
M-05 So Far
M-06 Break In
M-07 Quiz
M-08 Asphodel
M-09 Theme From Behind The Curtain
M-10 Sculpture

日本盤も出ているが、ボートラとか特典とかないのでお好みに合わせて。


2012年1月10日火曜日

BROKEBACK 「Looks At The Bird」


おおゥ、素敵ジャケ……!
THE SEA AND CAKEの(奇しくも)ベーシスト、エリック・クラリッジ画伯によるアートワークが秀逸な、ツインベースデュオの2002年作・二枚目。
メンバーはまず、現TORTOISEで他にELEVENTH DREAM DAYやPULLMANなどを平行して稼動させている六弦ベーシスト、ダグラス・マッカム。元々、この人のソロプロジェクトとして当ユニットは活動を開始した。
相方は、前音源から正式参加のノエル・クーパースミス。CHICAGO UNDERGROUND系でいぶし銀の活躍を見せるダブルベース使いだ。
レーベルは例のトコで、録音技師はいつものマッケンさんがいつもの自分のトコで。

音色は違えど、ベース二本という画期的な編成による制約と、二人の高濃度な人脈を踏まえれば「ゲスト参加者が超豪華!」となるのが筋。
いちいち詳細を記していたらきりがないので簡単に。マッケンさんや〝大将〟はもちろん、大将の相方(つまりクーパースミスの同僚)やSTEREOLABの歌い手両名、竹村延和が主宰するChildisc所属の日本人シンガーソングライター(米盤ではThrill Jockey所属)と、まあよくココまで集まったなと言わんばかりの面子がずらり。
だが彼らはあくまで脇役。装飾音として曲に貢献する、分を弁えたプレイはさすが辣腕ども。ポストロックはバランス感覚が命です。

さて、肝心のベーシスト二人なのだが……ご想像通りマッカムの弾くTORTOISEの代名詞・西部劇ちっくなベースラインを主音に、ダブルベースらしい芳醇な音色でクーパースミスが付かず離れずボトムを支える――コレが基本線。クーパースミスが曲によってボウ奏法をしている点が、個人的には美味しい。
だが二人、さほどベースという楽器に頓着しておらず、クーパースミスは卓弄りに余念がなかったり、マッカムがM-04やM-05でギターを持ち出し、ツインベース編成に唾するような行動も。これはもう、全て二人だけでアルバムを賄えてしまうのでは。
いやいや「音色を機能的に扱う」ことに長けた連中が集うこの界隈。たった二人で演るなら演るなりのメソッドで、大勢集めるのならそれらを生かした音創りになる。

音色が多いに越したことがない。それが名の知れたプレイヤーから出されるのなら願ってもない。それらを売りにするつもりはない。それらの持ち味を殺すほど愚かでもない。
シカゴの音キチたちはこうして音を日々、研鑽していくのだ。

M-01 From The Black Current
M-02 Lupé
M-03 Name's Winston, Friends Call Me James
M-04 Everywhere Down Here
M-05 In The Reeds
M-06 50 Guitars
M-08 The Wind-Up Bird
M-10 Noel 1 (Bonus Track For Japan)
M-11 Doug (Bonus Track For Japan)
M-12 Noel 2 (Bonus Track For Japan)

日本のみのボートラは曲名の者が担当するソロインプロ。間曲として入っているのならアリとは思うが、ボートラとしてなら正直要らん出来。


2012年1月8日日曜日

FLYING SAUCER ATTACK 「Mirror」


英国はブリストル出身のデイヴ・ピアースによるソロプロジェクト、2000年発表の四枚目はシカゴの大手ポストロックレーベルDrag Cityから。
ちなみに二枚目発表後に切った編集盤「Chorus」をもって、デビューから続いたレイチェル・ブルックとのデュオ編成を解消している。また、ブリストルとは言えどこちらの連中とは何の絡みもない。

さて、一言で音世界を語れば〝シューゲイザー〟。まずはギターのフィードバックノイズと、ピアースの男声ウィスパーヴォイスありき。そこからあれこれ音を弄っていくポストロック的な手法を執っている。
だからという訳ではないが、本作は音の幅が広い。
M-02、04のようにピアースによる弾き語りもあれば、M-05のようにインダストリアルちっくな曲もある。M-07、10のようにドラムンベースっぽいのもあれば、M-08のようにUKロックバンドが演りがちなダンサブルビートを取り込む曲もある。
もちろん今まで通りの轟音たちこめる曲もある。ドローンノイズで明け(M-01)、ハーシュノイズで暮れる(M-11)アルバム展開は様式美ですらある。

だが上で挙げたトラックを参照すれば何となく察せられる通り、本作から醸し出される〝音の幅〟はおしなべてビートに頼る部分が大きい。
そのビートを組んでいるのはピアースだけではない。ロッカーなる同郷のDJがM-05、07、08、09、10に参加し、M-05とM-10では曲創りにも手を貸している点に着目。
ここから憶測を重ねれば、本作はロッカーとか抜かすびっくりするほどダサい芸名のおっさん(〝105歳〟ってコラ、嘘吐くなーっ!)の影響が濃いアルバムなのかも知れない。

あ、そうそう。〝ダサい〟と言えば本作、今聴けば多少……そこはかとないダサさを感じなくもないけどォ……以前から『シューゲイザーは進化を止めた音楽』と書いている通りのジャンルだし、さほど気にはならないはず!
みんながこの〝そこはかとないダサさ〟も味と思ってくれれば今後、シューゲイザーは〝音楽界のカブトガニ〟化してくれるはず! 絶滅させちゃダメなんだ!

M-01 Space (1999)
M-02 Suncatcher
M-03 Islands
M-04 Tides
M-05 Chemicals
M-06 Dark Wind
M-07 Winter Song
M-08 River
M-09 Dust
M-10 Rise
M-11 Star City