2011年8月30日火曜日

JACKSON AND HIS COMPUTER BAND 「Smash」


おフランスはおパリジャンのジャクソン・フォウジューによる2005年作品。
“ジャクソンと彼のコンピューター楽団”ですって。やだあの方ぼっちよ。ひそひそ。

仏蘭西=御洒落、というのはもはや常識の域にまで達した固定観念だが、彼の出す音も例に違わず。
だが「けっ、スカした野郎だ、気に食わねえ」と嫌悪感を顕わにするのは待って欲しい。
M-02の曲名を見て欲しい。この二十一世紀に何の恥じらいもなく“Rock On!”である。筆者は即座に「こいつあほだ」と思った。非英語圏の人とはいえ、このセンスはあんまりだ。あとM-07とか何なのさ!?
ならあほっぽいセンス爆発のチープでお茶目なクラブサウンド? いやいや、しっかり洒落たゴージャス感溢れるエレクトロニカを演っている。

ココまで書けばもうお分かりだろう。
こいつは変態だ。タキシードでびしっと決めて、真剣な眼差しで卓に向かっているかと思いきや、下半身がブリーフ一丁の類だ。

彼の音はとにかくチョップ。ひたすらチョップ。上モノどころかボトムのビートまでぶつ切る。継ぎ足す。重ねる――もしまだ音楽文明がComputerまで達しておらずテープのままなら、彼はひたすら切り張りしているであろう変質狂ぶり。
おまけに、M-03のように音を左右にパンし過ぎて壊れているのも構わず続けるクラッシャーでもある。
なのに使っている音色は上品である。甘い声色の女性シンガー。勇壮な音色を奏でるキーボード。時折、ビッグバンドから拝借してくるような管弦系の音も顔を覗かせる。
まさしく何トカとアレの紙一重。

いやいや、極端まで振り切るイカレの分際でココまでエレガントなモノを創れる才。いかすぜ、このぼっち野郎! 次はないのか!

M-01 Utopia
M-02 Rock On
M-03 Arpeggio
M-04 Minidoux
M-05 Oh Boy
M-06 TV Dogs (Cathodica's Letter)
M-07 Hard Tits
M-08 Teen Beat Ocean
M-09 Promo
M-10 Tropical Metal
M-11 Headache
M-12 Moto
M-13 Fast Life
M-14 Radio Caca

(追記)
M-13でリードヴォーカルを取り、M-01でコーラス、M-02とM-05で声パーツとしてゲスト参加しているBIRDPAULAさん、実は彼の実母で、現役のフォークシンガーである。ちなみに70年代、フランスに移り住んだアメリカ人だそうな。
最新作は2010年発表の「Give In To Love」


2011年8月28日日曜日

JAMIE LIDELL 「Jim」


2008年作の三枚目。言うまでもなくWarp産。

前作のかんそうぶんでちょろっと触れた通り、アクを抜いた作風になっている。
のっけのM-01から、観客が座って曲に合わせて手拍子をしてる様が浮かぶ、すっきりとした出来。ピアノやオルガンが似合う大人の作風――
かと思えばM-07のようにがつんとぶっ飛ばすファンキーロックナンバーもある。でも、リデルのやんちゃな一面を表しただけで、アルバムの流れを損なうことはない。(そんなコトよりもこの曲、掛け値なしでカッコイイぞ!)

繰り返すが、非常に大人な作品だ。
もはやリデルのシンガーとしての表現力と音楽的才覚を持ってすれば、本作の質は聴く前から保障されていると断言して良い。
ただ、急激とは言わないが変化はあった。前の方がJAMIE LIDELLとしての個が強くて好きだった、という意見もあるかも知れない。(筆者もどちらかというとそっち寄りの考えだ)

でもね、リデル自身が『リトル・リチャード、ジミ・ヘンドリックス、スライ・ストーン、マーヴィン・ゲイ、プリンス、スティーヴィー・ワンダーなどから受けた影響をマッシュアップしたものと語り、アルバムが仰る通りに仕上がって、しかも高クォリティなら文句のつけようなどこれっぽっちもないでしょうって。

とりあえず筆者が今まで紹介した音源の中で、一番爽やかな作品がコレ。きっとほとんどのおともだちがたのしい。
皮肉なんて一欠けらも含ませてないってばよ!

M-01 Another Day
M-02 Wait For Me
M-03 Out Of My System
M-04 All I Wanna Do
M-05 Little Bit Of Feel Good
M-06 Figured Me Out
M-07 Hurricane
M-08 Green Light
M-09 Where D’You Go?
M-10 Rope Of Sand
M-11 Figured Me Out (Live In Los Angels Session)
M-12 Little Bit Of Feel Good (Live In Los Angels Session)

M-11とM-12は日本盤のみのボートラ。
それらは含んでいないけど、ジェイミー兄貴未体験なら「Multiply」と本作がまとめて聴ける二枚組仕様の方がお手軽。


2011年8月26日金曜日

SUNN O))) 「White 1」


アメリカはシアトル出身のステファン・オマリーとグレッグ・アンダーソン、二体の重低音魔人による三枚目。2003年、アンダーソンの所有するSouthern Lord Recordsから。
ちなみにユニット名は〝サン〟と読む。後ろの〝O)))〟は音響の文字化のため、発音しない。顔文字みたいなモンですな。

音世界は聴けば目つきが悪くなる、殺気を伴った重低音を延々とギターでひり出し、聴き手の心に重石を載せていくアレである。そうそうアレ、アレ
彼らはそのアレへの愛を高らかに宣言する危ない熱い連中である。あまりにも好き過ぎて向こうが再結成した際、自分たちのレーベルに引き込んだくらい。
つまりアレのフォロワーだが、彼らの凄いところはアレの影響を残しつつも、アレとは別の方向でヘヴィドローン音楽を確立させてしまったことにある。

具体的に言えば、アレは荒涼とした大地を思わせるスケールの大きいヘヴィドローンだが、SUNN O)))は呪術的でまるで儀式を思わせる漆黒の音世界を提示してくれる。
しかも音に対する探究心が並外れている上に、(こんな暗黒音楽を創っていながら)非常に社交的なので、ゲストミュージシャンをどんどん迎えてその血/知をどんどん吸収する。
こうなれば、音は自ずと深化していく。

まずはポエトリーディングを詠うジュリアン・コープの背後から覆い被さる重低音ノイズとヘヴィリフの大波、M-01で幕開け。
THORR'S HAMMER時代の同僚であるランヒルド姫(北欧美人)が、あの悪魔に憑かれたようなデス声ではなく無機質に祖国・ノルウェー民謡を歌い上げる裏で、チープでいびつな打ち込みビートが心をかき乱すM-02。
ゆっくりと、濁った眼で行進し続ける黒衣の者どもに捧げる葬送曲、M-03。
いずれも十五分越えの長丁場。
ランタイム、たった58:40の永遠。
やみ。

こんなのが普通に聴けてしまう音楽人生なんて嫌だなあ……なんて思った頃も筆者にはありました。
だが実際に触れてみると思いのほか身体に沁み入るのです。何でしょう、根が暗いからですね? ああそうですよ。
でも人間って、闇と共存しているようなモンなんですよ?

Disc-1
M-01 My Wall
M-02 The Gates Of Ballard
M-03 A Shaving Of The Horn That Speared You
Disc-2 「LXNDXN Subcamden Underworld Hallo'Ween 2003」
M-01 The Libations Of Samhain
M-02 SunnO))) Vs Diggers 4th November 2003

Disc-2は日本盤のみのボーナスディスク。M-01はライヴ。M-02はラジオインタヴュー。


2011年8月24日水曜日

PORTISHEAD 「Portishead」


1st「Dummy」からたった三年(嫌味)でリリースされた1997年作。ただし、制作期間は約一年もの長期間に渡っている。
また、「Dummy」に引き続き参加しているエイドリアン・アトリーだが、本作でも曲創りに関わる貢献をしているにもかかわらず、現時点でまだ正式メンバーではない。依然、ベス・ギボンズとジェフ・バーロウのデュオ形態である。

制作が長期化したのも、アトリーがメンバーに加われないのも、ついでに来日公演が中止になったのも、を出すのに十年以上掛かったのも偏に……おっと、誰か来たようだ。

さて本作は、“ドンシャリ”と呼ばれる高低音域のみが増幅された極端な音像から、聴き手に重いため息を吐かせる特級の鬱音楽である。時折織り交ぜられるバーロウのスクラッチが倦怠感を醸し出し、曲はどんどん沈降して行く。アナログキーボードの使い方も負の意味で効果的だ。
そこへ幸薄いギボンズの歌声が絡めば更なる哀歌が繰り広げられる――かと思いきや、本作はその斜め上を行く発展を遂げていた。
何と1stでは儚さのみが際立ったギボンズの歌が、負の域で拡散しだしたのだ。
具体的に言えば、単なる幸の薄い女性だったベスさん(当時三十二歳)が幼女にも妖婦にも、聖女にも毒婦にも貌を変える表現力を身につけたのだ。

これにより、PORTISHEADの退廃の美学が完成した。
だが悲しいかな、前作どころか十一年後の次作にもない、ココ一点のみの妖しい輝きである。どれだけメンバーが身を削って本作を創り上げたか伺える。特に紙メンタルの方が。
この産みの苦しみこそが“表現”だ。なのに生半可な気持ちで“生産”する輩よりも痛い目に遭うのは納得いかない。なぜだろう。

M-01 Cowboys
M-02 All Mine
M-03 Undenied
M-04 Half Day Closing
M-05 Over
M-06 Humming
M-07 Mourning Air
M-08 Seven Months
M-09 Only You
M-10 Elysium
M-11 Western Eyes


2011年8月18日木曜日

RIOW ARAI 「Mind Edit Syndicate」


2003年発表の編集盤。
内訳は1999年発表の三枚目「Mind Edit」から全曲(M-01~M-11)と、同時期にLPのみで発売された「Mind Syndicate」全十六曲から二曲削った(M-12~M-24)もの。
ランタイムが78:53なので、一枚に収めるために泣く泣く削ったのだろう。

日本のブレイクビーツ職人はDJ KRUSHしたりO.N.O.したり、侘び寂びの風情が音から滲み出ているが、彼も例に違わない。
お世辞にも良い機材を使っているとは思えない安い音色を巧く工夫して、効果的に聴かせる才に長けている。
彼の場合はそれが顕著で、音色の安さを逆手に取った攻撃的なトラックを得意としている。本質的な意味でパンキッシュなトラックメイカーである。

アルバムはほぼ、ビートとベースラインのみで進行する。上モノは様々な音色をぎたぎたにぶつ斬ったワンショットが絡むくらい。
単調か、と思えばとんでもない!
高度で開いたパラシュート並みに、予測出来ない揺らぎ方でトラックは進行していく。着地点を定めぬまま――地に下りた時点で曲は終いだ、と言わんばかりに。しかもその終いの地点にはきちんと×の印がついているのである。
全てが緻密に計算されているのに、そうは思わせない匠の業。音色の安さも良いカムフラージュとなっているのだろう。

ただし! M-11を聴けば納得していただける方も居るかと思われるが、残念ながら(この時点で)彼はメロディを書くセンスに欠けている。
「Mind Edit」部分唯一のメロディ主導トラックだが、浮いているどころかありきたりすぎて“RIOW ARAIの組んだメロディアストラック”の意味さえ見出せない。
ただし! 彼の組むボトムラインは圧倒的に強力だ。
これでは長所特化のビートモンスターとして進むレールを敷かれたようなもの。今後、彼がどう成長するのかは彼次第、といったところか、この時点で。
(近作も後々書くよ)

M-01 Intro
M-02 Undulation
M-03 Inter
M-04 Disturbance (Re-edit)
M-05 Gyrate
M-06 Hyp
M-07 Gold
M-08 Flatter
M-09 Break_Roads (Re-edit)
M-10 Trillion
M-11 Daybreak (I Dine At)
M-12 X-Rated
M-13 55
M-14 Utopia
M-15 Tide
M-16 Groo
M-17 Hint
M-18 Forest
M-19 Ep4
M-20 Madd
M-21 Solitude
M-22 Ssk
M-23 Stoic
M-24 Bridge

「Mind Syndicate」についてほとんど触れずに文を締めちゃったけど、「Mind Edit」よりも硬軟使い分けた多彩な音色使いが楽しめる、元々アナログ限定発売だったとは思えない好内容だよー。
特に筆者は白土三平の世界観ずっぱまりのM-18が大好きだー。勝手に当アルバムのリーダートラックだと思ってるよー。


2011年8月16日火曜日

LIGHTNING BOLT 「Hypermagic Mountain」


アメリカ合衆国イチちっこい州・ロードアイランド出身、ギブソン(b)とチッペンデール(ds)のブライアン二匹によるはちゃめちゃデュオ、四枚目。2005年作品。

いい加減な音を信条としているバンドなので、まずはいい加減に音世界を説明すると、「あのギターウルフとコラボってるどころか、トリビュート盤にまで参加しちゃってるような人々」。おしまい。
いい加減なまま、もうちょっと噛み砕いて説明すると、「リミッターを自らぶっ壊して、走りたいように走り、鳴らしたいように鳴らし、暴れたいように暴れる野獣」。以上。
んー? えーと、こんなテキトーにこいつらを表していいのかなーァ?

メンバーが二匹しか居ないので、ギブソンの方のブライアンがコード弾きでブリブリに歪ませて主旋律を鳴らし、チッペンデールの方のブライアンが音の隙間を太鼓で埋めていく。ノンストップ暴走ブルドーザーで。
おまけに、ただでさえ忙しないビート刻んでいるのにヴォーカルというか声まで担当している。ただでさえ慌しいドラムというパートにヴォーカルを兼ねさせているだけで面倒臭いのに、その叩き出すビートが恐ろしく複雑――
かと思いきや、よーーーく聴いてみると、手数は多いが裏を取ったり崩したり刻み方を変えたりする変態プレイは出来るポテンシャルなのに控えめである。
それに気付くと、「あー、意外と理性的に音創ってるんだなー」と微笑ましくなる。

そういうトコロがギターウルフのようにロケンローバンドではなく、マスロックと呼ばれるポストロックのサブジャンルに押し込められる要因なんだな、と。
加えて爆走に次ぐ爆走! というイメージは強いが、M-05やM-11のようにインプロっぽいラリラリ感を醸し出したりする点も、まあさもありなんよね、っと。

けどこんな音を出してる連中に対して、ユーザーが冷静に一音一音を噛み締めて聴いているってのもなんだかあほみたいよね。
ライヴではなんと、ステージではなく観客側のど真ん中にドラムキットを設置するらしい。コレ、「俺らを中心におめーら暴れろォ!」と言ってるようなモンだよね。
そりゃもう、ノっとけと。
ただ、校内イチ屈強なヤンキーが、毎回カンニングもせず真面目に勉強までしてテストに臨んでるんだって知ると、何だかにこにこしちゃわない? ギャップ萌えみたいな。

M-01 2 Morro Morro Land
M-02 Captain Caveman
M-03 Birdy
M-04 Riffwraith
M-05 Megaghost
M-06 Magic Mountain
M-07 Dead Cowboy
M-08 Bizarro Zarro Land
M-09 Mohawkwindmill
M-10 Bizarro Bike
M-11 Infinity Farm
M-12 No Rest For The Obsessed


2011年8月14日日曜日

FRIDGE 「Eph」


FOUR TETのキエラン・ヘブデンとADEMのアーデム・イルハンの母体である3ピースポストロックバンド、1999年作の三枚目。
オリジナル盤はDAVID HOLMESPORTISHEADなどが所属した(当時)PolyGram系列のGo! Beatからのリリースだが、2002年に(現在のUS盤配給先でもある)Temporary Residenceより再発された。
ココ、重要。

彼ら――と言うかポストロック連中は、打ち込みやスタジオ編集を駆使しつつもあくまで人力に拘った音楽、なのがパブリックイメージだ。緻密で音至上主義の職人肌集団だ。
本作はそれに沿いつつも、サム・ジェファーズの叩き出すビートを中心に荒々しさも醸し出している。イルハンのベースも印象的なフレーズを響かせている。
だがやはりキーは曲者・ヘブデンの突飛な音色使いにある。誰もが使い古した音色を思いがけない鳴らし方で生成したかと思えば、誰も使わないような音色を巧くスパイスとして引き立たせたりもする。M-06のように、スネアをワンヒット毎で左右に振り分けるような小癪な卓使いなど彼の真骨頂である。
ただし、コレを前面に押し出せば「FOUR TETで演れよ……」てなコトになるし、小出しにすればアクがなくて物足りなくなる。

その匙加減が絶妙なのが次作「Happiness」ではなく本作だと、筆者は思う。
なぜなら筆者は「Happiness」よりこっちの方が好きだから――だけではなく、バンドサウンドとしてきちんと成り立っている上に緻密な編集作業の賜物も味わえる、良いトコ取りアルバムだから。

その上、再発盤は凄い。
気合も入るメジャー移籍第一弾EP(M-01とM-02)に、シングルカットされたDisk-1のM-04より四種のリミックス(M-03からM-06まで)に加え、多分コレが初出の、HERBERT(M-07)とPATRICK PULSINGER(M-08)によるリミックスまで収められたおまけディスクが付く超お得仕様。
この手のおまけディスク商法は、得てしてオリジナル盤の音世界から剥離した別物を添えて蛇足感を印象付ける改悪だったりする(日本盤のボートラも同様だ!)のだが、もうコレ、「Re-Eph」と題され別売りされてもおかしくないクォリティではないか。
ココまで充実したリイシュー盤が店頭に並ぶのも、レーベルの尽力とアーティストの協力あってこそ。ありがたやありがたや。

以上を踏まえて、個人的に本作はFRIDGEの傑作。
異論は認めるが、当方は絶対に譲らないからな!

Disk-1
M-01 Ark
M-02 Meum
M-03 Transience
M-04 Of
M-05 Tuum
M-06 Bad Ischl
M-07 Yttrium
M-08 Aphelion
Disk-2
M-01 Kinoshita
M-02 Terasaka
M-03 Version
M-04 Remix
M-05 Edit
M-06 Dub
M-07 Ark (Herbert's Fully Flooded Mix)
M-08 Bad Ischl (Springverb Remix)


2011年8月8日月曜日

ダディ、殺ったよ! ちょんの間の#50だよ!


まさか五十回イクとは思わなかったどぴゅ。
五月以降、隔日更新を己に課したかったんですが、それも適わぬ体たらくぶり。
いろいろあるんデスヨ。
でもとりあえず、続いている今の状況に胸を張りたい。これも、読んでくださっている地球上のどなたか様のお陰と思っとります、はい。
多謝。

さて五十回を越えたということは、五十アーティストを紹介したことになりまんこ。
そろそろボクちん、ネタが切れていろいろ網羅してみたくなるお年頃。
ですので、ちょぼちょぼと既出アーティストの別アルバムを書き書きしていきます。もちろんまだまだ取り上げたいアーティストは数多と存在しますので、そちらも。
はーどこあ?”枠に関しては、なるべく音響スキーが聴くに耐え得る作品を今後もクリクリしていくつもりです。

た だ し! 常に良作をリリースし続ける(≒筆者の感性とリンクしている)創造者は稀。既出アーティストの中でも、あくまで個人的に駄作や凡作が存在するのも確か。
残念ながらそういった残念なブツについて語るのは、当ブログの運営方針に反しますので割愛させていただきます。
もちろん当ブログの運営方針上、そういったげんなりなブツについて枠内で話が逸れるのも構わずくどくどくどくど……と恨み節もほざかないよう気を付けて拙文を紡ぎます。(一回、ちょびっと書いちゃってるしね……) 

では、当ブログが貴方の健やかなる音楽ライフの一助になることを願って。


2011年8月6日土曜日

TWO LONE SWORDSMEN 「From The Double Gone Chapel」


パンクス上がりの(色んな意味で)伝説のDJ、アンディ・ウェザオールとその相棒、キース・テニスウッドの極悪タッグ、2004年発表の四作目。Warpからは三作目。

よくニカ界隈のアーティストから「固定観念を持たれたくない」みたいな趣旨の発言を耳にする。それはそうだ。自ら足枷を望んでまでする創作活動など、彼らにとって何の益も見い出せないのだから。
ならば向こうもこっちに対し「どうぞ好き勝手に演ってください。つまらなかったら買いませんから」のスタンスを望んでいるのではなかろうか。
だとすれば気難しい奴らだ。違うとすれば面倒臭い奴らだ。

2LSはそんな偏屈どもが集うこの界隈の中でも、輪をかけて節操がない。
アルバム毎に作風ががらりと変わる。EPやミニアルバムは多少アルバムの彩を引きずるが、アルバムを区切りとして以前の音をばっさりと切り捨てる。
もちろん流行に迎合などしない。むしろ逆行する勢い。
この気風の良さが彼らの持ち味だ。

さて今回は前回のアシッド色から数歩踏み出して、エレクトロである。ダッサいぞー!
しかもテニスウッドがギターとベースを弾き、四名ものゲストドラマーをとっかえひっかえして、何とウェザオールがヴォーカルを取り、荒くてやさぐれていて無愛想な上に数世代前の質感がするダッサいフレーズでポストパンク風(本作のダブ要素はココら辺から自然に湧き出してきたものだろう)なトコを加味している。
コレはもう、黒っぽい今更感と、白っぽい時代遅れ感のハイブリットだ。どう転んでもオサレでクールなモノになり得ない。

だがちょっと待て。
ダサいがどうした? あえて流行に逆行しているんだからダサくもなろう。つか、みんながこぞって追い掛ける流行りモン、それってほんとにカッコイイのかい?
――そうニヒルに語り掛けてくるような、メーター振り切ったダサさ、痺れないか?
こういうのを本質的にカッコイイって言うんだぜ。

M-01 Stack Up
M-02 Faux
M-03 Formica Fuego
M-04 The Lurch
M-05 Sex Beat
M-06 Damp
M-07 Punches And Knives
M-08 The Valves
M-09 Kamanda's Response
M-10 Sick When We Kiss
M-11 Taste Of Our Flames
M-12 Driving With My Gears In Reverse
M-13 Roof 1 (Bonus Track For Japan)


2011年8月4日木曜日

JAMIE LIDELL 「Multiply」


Warpのファンキーソウル兄貴、2005年作・二枚目。

この人の本質はコンポウザーである。
メロディを立てるという基本をきちんと踏まえて、なるべくシンプルに――必要とあれば丁寧に細部の装飾音まで変態的に創り込む。ココまで高度なバランス感覚を持てる時点で、賛同していただけると思う。
なのに彼は優秀なシンガーでもある。本作の熱い――いや暑苦しい、魂籠もった歌声を聴けば賛同していただけると思う。

歌が巧くて、良い曲が書けて、それを最良の形で音源に具現化出来る――
ひとつ持っているだけでも凄いのに、これらを兼ね揃えている時点でもう、天賦の才の持ち主だ! と言い切っても賛同していただけると思う。

本作のリーダートラックはPVにもなった〝エレクトロヘヴィダブ〟と例えるべきM-08なのかも知れないが、このアルバムの本質はこの曲ではない。むしろ浮いている。
全体的に漂う空気は、ファンクであり、ソウルである。元々がテクノの人なので、シンセを多用し、多少打ち込みを咬ませている。エレクトロファンクに近い音だろう。
もちろん付け焼刃のグルーヴ感ではない。エレクトロちっくなベースラインが荒れ狂い、ホーンやギターのカッティングやスプーンが幅を利かせようが、まるで力負けせず熱唱するM-07。声を即座にサンプリングしつつリアルタイムで重ねていく、ライヴで見せる彼お得意の一人アカペラM-04あたりを聴けば賛同していただけると思う。M-03なんかも黒っぽさとは一味違う、彼ならではのグルーヴ感が存分に味わえる。
その一方でアルバム終盤二曲の甘い流れはどうだ。正に最近あまり聞かない〝ブルーアイドソウル〟という言葉がぴったりのチークナンバーだ。

才能溢れる創り手の魂が籠められた音に偽りがあろうか。

とは言え、彼の見た目の濃厚さ同様、本作にはちょいとばかしアクが強いきらいがあるのは否定しない。
まあ……はっきり申し上げると〝変態臭〟と言うか……。
それごと愛してくれるリスナーなら、本作は『捨て曲のない名盤』として大切に扱われるのだろうが、それが鼻に付くリスナーならそこら辺を小出しにした以降の作品を薦める。

どちらにせよ彼が優れた表現者であることは、この拙文を読んで彼の作品に少しでも興味を持っていただけた時点で賛同と見做しマス。

M-01 You Got Me Up
M-02 Multiply
M-03 When I Come Back Around
M-04 A Little Bit More
M-05 What's The Use
M-06 Music Will Not Last
M-07 Newme
M-08 The City
M-09 This Time
M-10 Game For Fools

日本盤は:
M-11 Bonus Box
M-12 Multiply The Voices
:と、二曲のボートラを収録。
た・だ・し! M-11は単なるリデルお得意のヒューマンビートボックス。M-12に至ってはヒップホップやR&Bの12インチEPによく収録されている〝アカペラ〟――つまりM-02から〝インストゥルメンタル〟を削っただけの代物。
単なるランタイム稼ぎ。こんなん要らんわ。