2013年3月30日土曜日

MARTINA TOPLEY-BIRD 「The Blue God」


自らの身体に漢字を刻む欧米人のような――いや、知る人ぞ知る、かのヘンテコサイバー忍者小説「Ninja Slayer」的と言うか――そんなセンスが存分にインナーで繰り広げられている、マルティナ姐さん渾身のソロ二作目。正式発売は2008年。
〝ツヤングリラ〟はツッコんでやるなよ。

多彩な客演履歴から引っ張って来た人材を用い、あえて何でもアリでとっ散らかした一枚目とは打って変わり、テーマ性すら感じるほど焦点の絞られた作品となっている。
そのテーマ性とは〝妖しいキャバレーの雰囲気漂う似非ラウンジ音楽〟。コレが姐さんのアンニュイで蠱惑的な歌唱と至高のマッチングを見せている。
そんな本作を仕掛けたる者どもは、たった三名。JAY-ZTHE BEATLESを灰色に調合した異能の男:DANGER MOUSE、現RED HOT CHILLI PEPPERSのギターを務めるマルチプレイヤー:ジョシュ・クリングホッファー、と姐さん自身。
結果、危険鼠がアルバム全編を統括し、ほぼ同時期に彼がGNARLS BARKLEYの二枚目で起用した、器用なクリングホッファーを縦横無尽に働かせることで、一本筋の通った作風になった……どころか! 姐さんの順応力がオルターエゴを持って作中に染み渡っていく、驚くべき効果まで生んだ。
まるで何でも演れるからと叩き上げの俳優に主役を与えてみたところ、性格俳優にまで昇華してしまった! とでも例えるべきか。

これは変身願望のある元相方のTRICKYが演りたくても実力不足で演らなかった、シアトリカルな音楽性だと思う。
表現は受け取り手の好み次第で、各々にさほど優劣はない! のだが、巧拙はあるのさ……などと如実に示されてしまった訳だ。
無論、相手を選ばぬ数多の客演で己を研削した姐さんの努力なくして本作は生まれなかった、のは確かだ、彼女のソロなのだから

主役たる姐さんの歌声をオーヴァーダブでコーラスっぽく粘っこく絡める。その姐さんの声質に合わせて作中、あくまでしっとりウェットな方向性で、ラウンジ風ゆえにジャジーな触感も。打ち込み音は体裁を整える程度で。演奏は難しいコトをせずシンプルにする一方、あえて荒々しく仕立てて生っぽさを演出している。
その捨て曲、一切ナシ。安っぽいトラックへ、姐さんのスキャットを被せたスキット風のM-08ですら曲としても美味しい。
セクシーな衣装を身に纏い、ステージ上で誘うように唄う姐さんの美貌を眺めつつ、薄暗いホールにて行き交うウェイトレスのバニーちゃんのヒップを通りすがりざまに撫でてみる――そんな気分で聴いて欲しい。

M-01 Phoenix
M-02 Carnies
M-03 April Grove
M-04 Something To Say
M-05 Baby Blue
M-06 Shangri La
M-07 Snowman
M-08 Da Da Da Da
M-09 Valentine
M-10 Poison
M-11 Razor Tongue
M-12 Yesterday



2013年3月28日木曜日

EARTH 「A Bureaucratic Desire For Extra-Capsular Extraction」


アレの、地元シアトル・Sub Pop Recordsから出した1991年作デビューミニ(M-01~03)に、Blast Firstからの公式ライヴ盤(1995年作)がフィラデルフィアのNo Quarter再発された際のボートラで、件の初作と同時期録音のマテリアル(M-04~07)を付けて、リマスターやらジャケ新調やらを施し、アンちゃんのトコで出し直したブツ。2010年発表。
となるとジャケは、サイモン・フォウラーの描いた絵にオマやんのデザイン。

まずはCDトレー下にある卒業アルバム風の写真をご覧あれ。
まるで、左から:
キレると見境がないのでクラスで煙たがられているディラン・カールソン(G)。
気弱でカールソンの腰巾着化しているデイヴ・ハーウェル(Ba)。
『フヒヒ』という薄笑いが気持ち悪いナードのジョー・プレストン(Ba、Percussion)。
:と決め付けたくなるようなスクールカースト最下層の人々っぽい有様に、乾いた失笑を漏らしていた筆者。(あくまで写真からの連想よ?)
それにM-02と06では、斜に構えた態度が気に食わないジョックスらから始終イジメられているカート・コベイン(NIRVANA)と、アーティストかぶれな勘違いビッチのケリー・カナリー(当時DICKLESS)がゲストシンガーとして参加している。(あくまで想像だってばよ!?)

こんな、如何にも負け組臭のするダメーな連中によるダメーな音楽が、この頃芽吹き始めたグランジだった訳で。
そのグランジ連中は、意外と自分で何を演りたいのかはっきり頭に描けていなかったのも事実。そのダークサイドたるEARTHは逆で、演りたいヴィジョンが初作品にも関わらず早くも血肉と化していた。
その証明が本作だ。

彼、ディラン・カールソンのヴィジョンはただ一つ。『BLACK SABBATHばりにドヘヴィなギターリフをひたすら引きずり倒して、聴き手を鬱のどん底に落としたい!』
ビートはあるが、あくまで拍を刻むために便宜上敷いている程度。カールソンに強いられてプレストンが演る気なーく、手数も少なく単調な上にハンマービートとしても迫力不足で頻繁にモタるビートなど、大よそどうでも良い。二本あるはずのベースに至ってはすっかりフレーズに埋もれ、嵩増しする持続重低音と化している始末。
『俺にカッコ良いリフを弾かせろ。お前らは付いて来い』のジャイアニズム君臨。
それを男気と勘違いしたコベインの陰鬱な歌声は、この傲慢な音像になぜかとてもしっくりくる。それに相伴するカナリーのヒステリックな喚き声は逆に正直ウザい。
そんな二人が――いやメンバーの他二名すらおまけの圧倒的リフ無間地獄はもはや、大正義ですらある。思ったよりフィードバックでごまかさず、リフの単位も明確な上、これだけ聴かせどころがはっきりしているのだから、むしろ『音楽的で受け入れやすい』という予想だにしない意見も納得出来る。

次の怪傑作の耳慣らしとしてはこれ以上ない教材。加えて、時代を先駆けたオーパーツとしての価値も見い出せる、なにげに美味しい一枚。
ただし、特異な音楽性なのは疑いようもない事実なので、取り扱いには注意されたし。

M-01 A Bureaucratic Desire For Revenge Part 1
M-02 A Bureaucratic Desire For Revenge Part 2
M-03 Ouroboros Is Broken
M-04 Geometry Of Murder
M-05 German Dental Work
M-06 Divine And Bright
M-07 Dissolution I



2013年3月26日火曜日

LOCUST 「Morning Light」


SEEFEELのおともだち:マーク・ヴァン・ホーエンのソロユニット、1997年作・三枚目。
世界三大跳ね馬エンブレム会社(残り二つはココココ)である、ベルギー発の老舗テクノレーベル:R&S Records傘下のApolloより。

音数を切り詰めたインスト中心の前作から打って変わり、巧い人から怪しい人まで総勢七名(ボートラを含めると九名)のシンガーを擁した歌モノ路線。加えて一つのトラックに用いられる音色数も増え、同じレーベルから発売しているのにメジャー感が増した。
肝心のトラック構成は、幽玄だがダビーとはちょっと違う、アンビエント風味のクリアな浮遊感が主。その浮遊感を強く醸し出すため、シンセ音にディレイをかけまくったり。むしろM-12のようにダブっぽくベースラインを燻らせてみたり。テープで水滴や鳥の鳴く声などの自然音を録り込み、ムジークコンクレートの手法を導入したり、と手段を選ばない。
しかも研き抜かれて艶やかな各音色は、生演奏と打ち込みの折衷。今となっては当たり前の手法なのだが、生演奏は生々し過ぎず、打ち込みは作り物臭過ぎず、あえてほど良いバランスを保つことで作中に統一感を生み出している。
その生演奏はほとんどホーエン自身が弾いているのだが、例えばM-07やM-08などの楽器を弾くゲストをお呼びした際には印象的な主音級フレーズを任せ、自身は一歩引いて陰に徹する奥床しさもある。もちろん各シンガーをお迎えしたトラックでも、歌至上で自身は脇から盛り立てる正攻法を取ってくれる。
――自分が主役のアルバムなのに。

この方、凄く良い人なんだろうなあ……と思わせる丁寧な創りと、行き届いた配慮と、懐の深さ――それが本作最大の売りである。
結果、本作はエレガントでポップに聴こえるはず。
ただそのオサレな聴きやすさの内側には、音を知り尽くした職人の飽くなきこだわりと向上心が隠されているのだ。
友人のSEEFEEL同様、このような〝主張はないが、主義はある〟静かなる気骨、カッコイイよなあ……。

M-01 Your Selfish Ways
M-02 Morning Light
M-03 Just Like You
M-04 I Am The Murderer
M-05 Jukebox Heart
M-06 Folie
M-07 One Way Or Another
M-08 No-one In The World
M-09 Clouds At My Feet
M-10 Summer Rain
M-11 Ancient Hometown
M-12 The Girl With The Fairytale Dream
M-13 Let Me Take You Back
M-14 Some Love Will Remain Unsaid
M-15 Shadow Play
M-16 On The Horizon
M-17 The Daydream Girl From Sealand (Bonus Track For Japan)
M-18 Touched On Every Side (Bonus Track For Japan)


2013年3月16日土曜日

CHICAGO UNDERGROUND DUO 「In Praise Of Shadows」


ロブ・マズレク大将の加減算フリージャズプロジェクト、二人組では四枚目。2006年作。
例の場所で例のマッケンさんが録り、例のレーベルで発売。

このプロジェクトの面白いところは〝人員が減れば自由度が増す〟点にある。
普通は、人員が増える→楽器(音色)が増える→表現の幅が広がる→自由度が増す、とされているが、おそらく大将の発想は逆を行っている。
『(同時に鳴る)音数が切り詰められても、小回りが利くじゃない』と。
要は大将と、その相方:チャド・テイラーがフットワーク軽く動き回り、1+1を3にも4にも5にもしてしまえば解決するという話。

基本、大将=コルネット、テイラー=ドラムのパート構成だが、前作以上に各々の担当楽器数が多く、それだけでもフットワークの軽さを感じさせる。いやそれどころか、今まで以上に大将が、ユニットを睥睨する不動の主楽器に頓着していない。
実際、かの大正義金管楽器が鳴っているトラックはM-01、02、04、06と、10くらいなもの。むしろピアノを始めとした鍵盤楽器の含有率が高い。
テイラーの撥捌きが冴えるM-05など、今までならコルネットがフリーキーに吹き荒ぶところ、オルガンを砂塵の如く鳴らしてノイズ曲に仕立て上げている。M-03に至っては大将が傍観し、テイラー独りでムビラ(俗に言う〝親指ピアノ〟)と鐸と拍を取るためのバスドラムをこなす人力アンビエント風の曲も。
とは言え、鳴れば瞬時に耳を惹く、如何にも大将らしいコルネットのフレーズは健在。こうなると音の派手な金管楽器は強い。
だからこそエースに頼らず、他の音でも勝てるよう模索し始めたのかも知れない。

〝フリー〟ジャズだからこそ、いろいろ演ってみる。
ただしM-02の前半や07のように、切り詰めた音符を即興で置いて行く曲もあるので、聴きやすさは前作より減退したのも確か。
ゆえにオーソドックスなQUARTETORCHESTRAや、主音のはっきりした前作で耳慣らしをしてから、本作の聴き応えを試す方が良いかと。

M-01 Falling Awake
M-02 In Praise Of Shadows
M-03 The Glass House
M-04 Cities Without Citadels
M-05 Pangea
M-06 Funeral Of Dreams
M-07 The Light In Between
M-08 Stratus (Bonus Track For Japan)
M-09 Cumulus (Bonus Track For Japan)
M-10 Cirrus (Bonus Track For Japan)
M-11 Nimbus (Bonus Track For Japan)



2013年3月14日木曜日

WAGON CHRIST 「Tally Ho!」


インナーでM字開脚して誘惑するふしだらなルーク・ヴァイバートの、たぶんブレイクビーツ用ソロユニット、この名義では三枚目。1998年作。
何と、メジャーのVirginよりリリース。

この頃、UKクラブシーンは華やかだった。
CHEMICALPRODIGYなどのビッグビート、MASSIVEPORTISTRICKYなどのトリップホップ、RONI SIZEGOLDIEなどのドラムンベースが各々、全世界を巻き込んで全盛期を迎えていた。
さて一方、メインストリームのカウンターパーツたるリチャDと愉快な仲間たち――俗に言う〝コーンウォール一派〟は『俺たちは流行に染まらねえ』なんて片意地を張らず、何と『面白そうだ、演ってみよう』やら『こんなの俺たちも出来る』やら言わんばかりに、迎合姿勢を見せていた。しかも一大ムーヴメント化する一歩手前で戦列に加わる慧眼さで。

この通り彼ら――特にヴァイバートは、音への嗅覚が並外れている上に、どんな音にも適応し、的確に音のツボを押さえてくる器用さを持ち合わせている。

本作はほぼブレイクビーツをボトムに敷き、お得意のアシッド風味を極力抑えた、明快な構成となっている。
時には上モノのフィルターを濃い目に掛け、スモーキーに。たまーにやっぱり止められない大好きなアシッドフレイヴァーを隠し味に。例の如く、可笑しな声ネタを頻発して楽しげに。
また、M-03のような、808ちっくなベースラインと煌びやかで幻想的な上モノを巧く織り合わせてドリーミーに。M-06のような、おげふぃんなジョークトラックもさらりと織り交ぜて煙に巻き。M-11のような、スクプなトムくんばりのイカしたベースラインを軸に、さまざまな音色を織り込んで重厚に。
その他、ところどころさり気ない細工を弄してフックを与え、各トラックにヴァラエティも与えつつ、全体像を散漫にさせないこの手腕、兄貴分のリチャD以上だ。

ただ、ガツガツしてなそうな人柄からか、シーンに風穴を開ける名曲や、後に語り継がれるであろう傑作アルバムを創り得ないのは……致し方ない。
それでも、誰ぞのように戻って来ず、誰ぞのようにレーベル運営に感けず、誰ぞのように枯れず、頻繁に〝良質な音源〟という名の便りを届けてくれるルーク・フランシス・ヴァイバートは、シーンきっての〝秀才〟だと思う。
本作はそんな彼が創り上げた数多の音源の中でも〝代表作〟に位置する、と筆者は考えている。

M-01 Fly Swat
M-02 Crazy Disco Party
M-03 Tally Ho!
M-04 Memory Towel
M-05 Shimmering Haze
M-06 Juicy Luke Vibert
M-07 Piano Playa Hata
M-08 Workout
M-09 Rendleshack
M-10 Lovely
M-11 My Organ In Your Face
M-12 Musical Box
M-13 The End



2013年3月10日日曜日

DALEK 「From Filthy Tongue Of Gods And Griots」


レペゼンニュージャージー、MCのダイアレック、トラックメイカーのジ・オクトパス、ターンテーブリストのスティルからなるヒップホップトリオの、2002年作・二枚目。
言うまでもなくマイク・パットン将軍率いる変態音楽集合体、Ipecac Recordingsより。

ずっしりくるボトム、吹き荒ぶノイズストーム、ドスを利かせるラップ。その三点倒立を堅持する形で、DALEKは成り立っている。
ビートの音色を変えれば音が軽くなる。ノイズを捨てればオレらのアイデンティティに関わる。フロウのスタイルはオレそのものだから変える訳がない。
――頑固一徹、腕を組んで肩を怒らせる、そんな姿が見えるようだ。
ただし彼ら、思ったより偏狭ではない。
単調になりがちな作風を、焦点を絞ったままどう変化を付けていくか。そんな命題を常に自問自答している、音に真摯な連中だと思う。

そこであえて、流れを遡っていこう。

次の作品は些か凝り固まっていたように感じる。自らの軸を定めるべく、ノイズ、ノイズ、ノイズと全編に垂れ込めた挙句、変化に乏しくなってしまった。
そこで本作。実質初アルバム(5トラック・30分強しかない一枚目をミニ扱いする資料もある)だけあって、確立していないはずの表現軸に捉われず、比較的伸び伸びトラックを組んだ感もある。

M-06はド迫力の生ドラムソロをフィーチャーしたスキットなのだが、そこからブリーピーな各種ノイズを拡散させ、ノンビートでMCダイアレックのポエトリーディングを乗せていくM-07は何と、12分もの大曲。
M-09はシタールに加え、ブク(韓国の打楽器)とタブラ(この二つを叩いているのが、ジ・オクトパスの父でジャズドラマーのラヴィッシュ・モミン)を用いるアジアンテイスト仕様。
M-10などジ・オクトパスと第四のメンバー:ジョシュア・ブースを中心にバンドを組んだ、ストイックな爽やかさのあるラヴソング、なんて驚きの機軸も。

このように不動の軸を振り回しつつもいろいろ演り、今後の伏線を張っておいた方がアルバムを通して聴く我々の耳にも、彼らの音楽活動にも良いはず。
ゆえに筆者は、まず三枚目で耳を慣らしてから本作へ戻ることを薦める。

M-01 Spiritual Healing
M-02 Speak Volumes
M-03 ...From Mole Hills
M-04 Antichristo
M-05 Hold Tight
M-06 Heads
M-07 Block Smoke Rises
M-08 Trampled Brethren
M-09 Voices Of The Ether
M-10 Forever Close My Eyes
M-11 Classical Homicide


2013年3月8日金曜日

NUMB 「空 -Kuu-」


奇々怪々。鬼沢卓(きざわ たかし)によるソロユニット、2006年作・二枚目。
もちろんSince 1997、自ら設立に関与したRevirthより。

鉄板の上で鉄球を弾ませたかのようなビート。記譜化を拒絶するメロディ徹底排除の上モノ。左右の中耳で揺らぎ、吹き荒び、蠢く、むず痒き卓加工――
これらが前作よりクリアな音像で繰り広げられていることを素直に喜ぶべきだ。
むしろ本作は、創り手側が聴き手側に幾許か歩み寄ってくれた感もある(それでも十分アクの強い、聴き手を選ぶ音楽性なのだが)
それは何も、音質が良くなっただけではない。

まずは、唯一無二のNUMBサウンドの根幹たるビートがマイルドになった。
何の衒いもなく、ボトムに四つ打ちを敷くトラックもある。M-08では、彼独自の音世界が固まる前に演っていたドラムンベースをふと思い出したかのようなビートを披露している。
よってボトムがソリッドになり、驚くべきことにノレるようになった、と。
加えて、全体的な構成が心なしかループ感を大切にするようになった。
常にアクセントを入れることで聴き手の脳裏に引っ掛けていくだけでなく、反復の魔力で聴き手の脳裏に刷り込めるようにもなった訳だ。
よって上モノがソリッドになり、驚くべきことにノレるようになった、と。

この考え方はやはり、彼もクラブ界隈の住人。
もちろんNUMBがNUMBたる音世界を堅持したまま、この意識改革を成功させている。付け焼刃の音感では成し得ない前進だろう。

まずはコレを先に試してから前作に移ると、『(一作目は)言うほど難解じゃなくね?』なんて嗜好誘導も出来る優れモノ。
音源漁りは後出しジャンケンくらいがちょうど良い。

M-01 色 -Shiki-
M-02 泥 -Doro-
M-03 慧 -Satori-
M-04 観 -Kan-
M-05 昊 -Sora-
M-06 廻 -Meguru-
M-07 依 -Yoru-
M-08 結 -Musubi-
M-09 慈 -Itsukushimi-
M-10 空 -Kuu-