2012年4月12日木曜日

BIBIO 「Fi」


無類の愛猫家らしいステファン・ウィルキンソン、記念すべき初アルバム。2005年作。
BOARDS OF CANADAのマーカス・イオンより推薦を受けた、米国のMush Recordsからのリリース。

Mush時代のBIBIOと言えば〝Lo-Fi〟な音世界。Lo-Fiと言ってもジャンルではなく、テレコで録ったようなロウな音像を指す。
そこへ爪弾くアコギの音色をフィーチャーして、聴き手から気付かれないようそっとベッドルームにて編集を施すのが、彼がMushレーベル所属の間、頑なに貫いたメソッド。
はっきり書いてしまうと、この頃の三枚に大して差異はない。ちゃんとした歌詞もある歌を被せるようになったのは三枚目「Vignetting the Compost」からだが、どれから手に取ろうが全く問題ない。後のWarp時代とは切り離して考える手もある。

問題は、彼が何でこの初期三作品で劣悪な音質のアルバムを切り続けたのか。

無論、わざとだ。懐古主義のロックバンドがよくやる『六チャンネルで録りました~』のようなビンテージ自慢と印象が被る。
だが筆者が思うに、本質はまるで異なっている。『音の温かみが~』云々は論外。
ヒントとして、ユニット名・BIBIOの意味するところは? 自ら、この時期の自分の作品(と彼が初めて飼った猫の名)に影響を与えたと語る番組は? 寡黙なBOARDS OF CANADAの中の人が、わざわざ名指しで彼の作品を激賞した訳は? 彼の手によるアートワークの写真がいつもピンボケし、色が褪せているのは?
キーワードは〝追憶〟――

より多くの音楽を吸収しようにも、先立つモノがない少年期――
ラジオの音楽番組を逐一チェックし、気に入った曲をカセットテープに録音。時間一杯まで録り溜めたそれを、ベッドルームで繰り返し聴くような。
レコード起こしから更にダビングを重ね、もこもこな音となったカセットテープを貴重なアルバム作品としてテープが伸びるほど愛聴するような。
音は悪いし、不便だし、情報も少ない。けど貴重な一曲の音源、一枚のアルバムに夢中になれた――そんな頃を想起させたくてこの方法論を徹底したのかなー、と。
そうじゃなくても、そう創り手の心情を勝手に推し量って聴くのも、聴き手の自由。
だから創り手にも自由に創らせてあげようぜー! ってね。

M-01 Cherry Blossom Road
M-02 Bewley In White
M-03 Puffer
M-04 Cluster At CWM Einion
M-05 London Planes
M-06 It Was Willow
M-07 I'm Rewinding It...
M-08 Looking Through The Facets Of A Plastic Jewel
M-09 Wet Flakey Bark
M-10 Bewley In Grey
M-11 Teleidophonic Torch
M-12 Puddled In The Morning
M-13 At The Chase
M-14 Cantaloup Carousel
M-15 Lakeside
M-16 Bewley In Red
M-17 Poplar Avenue


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