2015年8月24日月曜日
LILACS & CHAMPAGNE 「Danish & Blue」
GRAILSの中心人物:エミール・エイモスとアレックス・ホールによるブレイクビーツユニット、2013年作の二枚目。
レーベルはダニエル・ロパーティンも軒を借りる、ブルックリンのMexican Summer。
彼らは特異な立ち位置に居る。
まず二人の本体:GRAILSは70年代サイケを今の世に翻案し、映像的に仕立て上げる音世界を標榜していること。
なのに打ち込み音楽とな!
ロック系とクラブ系を融合させた作品は数あれど、ロック側が求めているモノは常にクラブ側の先進性(ちなみにクラブ系がロックに求めるモノは、ほぼ衝動性)。レイドバックした作風で打ち込みを求めるケースは稀。
字面だけなら悪食に等しい音楽性である。
だがこのユニットはコロンブスの卵と言って良い。
キモは底に敷いたブレイクビーツという手法が、ボトムの溶解化進む現代のクラブミュージックシーンに於いて旧世代の方法論になりつつある点。
ビートは定番:Akaiのサンプラー(エイモスがMPC2500、ホールがMPC1000)とターンテーブルを使用し、BPM100前後でまったりかつシンプルに。言うまでもなく、彼らは本体でも存分に打ち込み機器を扱っているので手慣れたものだ。
一方の上モノは、ギターやシンセを有機的に用い、妖しくもたゆたう流れで。モーグやメロトロンのようなプログレ/サイケでは常套句な古臭い音色も平然と持ち込む。
そこへ、男声のポエトリーディングというかモノローグというか(架空)シーンの抜粋が作中のそこかしこで挿まれる、と。
これらを十一篇に分けてアルバム一枚で表現した、フィルムノワールな創りだ。無論、踊るには適さず、チルアウトとして用いるが最適。
結果、思ったよりアクもそつもなく、かつ合理的な出来となっている。
クラブカルチャーも歴史を持つようになった今、このような方法論の連中が続々と増えてくるのではなかろうか。
あざといまでの過去への憧憬を軸に、二つの異なるジャンルを繋ぎ合わせた、用の美を象徴するかのような作品。
二人の広い視野が成せる業。
M-01 Metaphysical Transitions
M-02 Sour/Sweet
M-03 Le Grand
M-04 Better Beware
M-05 Alone Again And...
M-06 Police Story
M-07 Hamburgers & Tangerines
M-08 Honest Man
M-09 Refractory Period
M-10 Danish & Blue
M-11 Metaphysical Transitions II
2015年8月22日土曜日
Mr.SCRUFF 「Friendly Bacteria」
今回も自作のお絵かきが可愛いぜ!
英国北西部・チェシャー州出身のアンディ・カーシー、久々の五枚目は2014年。
言うまでもなく例のトコから。
曲目をご覧の通り、歌モノの彩が強い。あと若干真面目。
メインシンガー扱いのデニス・ジョーンズも、ヴァネッサ・フリーマンも単独作を有す一廉のシンガーだし、ロバート・オーウェンズに至ってはヴォーカルとしても評価が高いが、ハウスDJとしての名の方が知れたクラブミュージック界の大家だ。
以上、カーシーの実力に即した良好なプロダクションで、本作も望めていることが改めて分かる。
さすがNinjaの屋台骨。
だが本作は七年前と比べて若干トラックをチープに仕立てている、意図的に。
というのも、最近のクラブ系の傾向は安っぽくてもシンプルに、より扇情的なトラックを標榜しているため。本職はDJ、と自負する彼も自ずとそちらへシフトする。
クラウドの反応がなによりの御馳走なDJが、流行りに敏感じゃなくてどうするのさ?
よってビートも四つ打ちっぽくシンプルに。打ち方が微妙にダブステップっぽかったり、さり気なくグライムっぽかったり。いや、TR-808っぽいベースラインでアシッドハウス臭さを出しているトラックまである。
つまりこれまで以上にノリが良くなった訳だ。
――と思いきや、終盤は激渋な流れで締めにかかる、ジャジーなフレイヴァーで。
M-11、12でレーベルメイトであるシネオケのバンマス:ウッドベース弾きのフィル・フランスを迎え、打ち込みのボトム対生音の上モノで芳醇なクラブ系ジャズサウンドを展開する。
M-12に至っては、フランス以外のゲストメンバーが非シネオケにも関わらず、それっぽい空気を漂わせてにやにやさせられる。フランスによるグリップの利いたウッドベースや、巧くトラックに食い込んでいるジョーンズのアコギも然ることながら、やはり単独作のあるマシュー・ハルサルのトランペットがトラックに、ひいてはアルバムに心地よい余韻を齎す、最後に相応しい好トラックだ。
蛇足ながら、カーシーは本作からこの可愛いイラストを止めたかったらしい。
思い留まらせたNinjaの社長、有能。
M-01 Stereo Breath feat. Denis Jones
M-02 Render Me feat. Denis Jones
M-03 Deliverance
M-04 Thought To The Meaning feat. Denis Jones
M-05 Friendly Bacteria
M-06 Come Find Me feat. Vanessa Freeman
M-07 Where Am I?
M-08 He Don't feat. Robert Owens
M-09 What
M-10 We Are Coming
M-11 Catch Sound feat. Denis Jones
M-12 Feel Free
M-13 Get Down (Bonus Track For Japan)
ボートラはノリノリのビートに恐らくフリーマンがノリノリの合いの手を入れる御機嫌なトラック。如何にもボートラっぽいけど、楽しいから筆者的に大アリ。
2015年8月2日日曜日
MOGWAI 「Rave Tapes」
スコットランドはグラスゴーの白き轟音獣、八枚目のオリジナルアルバムは2014年作。
EUは自分のトコ。USは説明不要! 引き続きシアトルのSub Pop Records。
結論から書くが、拡散志向でファニーだった前作、前々作と比べて焦点を絞り、シリアスに攻めている感がある。前作で茶化し気味だったヴォコーダー声も、本作のM-10では甘く優しく切なく用いられているくらいだ。
一方、エレクトロニカの要素を取り入れたという意見もあるが、それは全く正しくない。曲によってはキーボード音色を主音に立て、ループというよりもリフっぽく反復しているだけでニカ導入はないでしょうよ。
しかもアルバム後半でそこら辺を担っていたキーボード音は奥に追いやられるし。あと当たり前だがボトムも打ち込みでは一切なく、ドミニク・アイチソンとマーティン・ブロックの生々しくも破壊的なベース・ドラムコンビだし。
もっとニカの音色使いは執拗でいやらしいんデス。
つまりMOGWAIの持ち味の一つである、ゆったり厳粛に始まり、やがてぐわっと激情が鎌首を擡げる至高のダイナミズムは健在。
無論、終始寂寥感を漂わせたまま締める静謐な曲も忘れてはいない。
ごりっとしたスラッジコアリスペクトのドヘヴィな触感も残してある。
ただし、ほぼ代名詞である〝白き轟音〟と謳われたフィードバックノイズが影を潜めた。
でも取り払っていない。ちょぼちょぼ、背景音としてさり気なく存在を誇示しており、にやりとさせられること請け合い。
その点をどう感じるで本作の評価が分かれると思われる。
筆者は、拡散志向に移ってバンドとしての円熟味が増したと考えているので、今更曲のダイナミズム誘因を白き轟音というアイコンに頼るまでもない! と言い切ることにする。
最後にいつもの一言。
『良い音を授けて下さる方々を、我々が窮屈な型にはめてはいけない』
M-01 Heard About You Last Night
M-02 Simon Ferocious
M-03 Remurdered
M-04 Hexon Bogon
M-05 Repelish
M-06 Master Card
M-07 Deesh
M-08 Blues Hour
M-09 No Medicine For Regret
M-10 The Lord Is Out Of Control
M-11 Bad Magician 3 (Bonus Track For Japan)
M-12 Die 1 Dislike! (Bonus Track For Japan)
ちゃんとしたボートラをくれる日本思いの彼らなんで、Hostessからの国内盤がお薦め。
2015年7月30日木曜日
LAUREL HALO 「Quarantine」
ミシガン州アナーバー出身の女性クリエイター:ローレル・アン・チャートゥによるデビュー盤は、かのHyperdubから! 2012年作品。
ジャケは
聴かせたいのは彼女自身の歌声。フォークシンガーとしての経歴もあるらしい。
だが決して歌モノではない。あくまで、好き勝手に出せる上にキャッチーな有用音色を有効利用しているだけ。喉から発せられる物憂げなトーンを音符に乗せ、多重録りしてそれぞれ音色化したブツをレイヤーの如く神経質に編み、左右チャンネルのあちこちに振りまくという色んな意味で面倒臭そうな作風が特徴。
そこへ、
つまりフロアをロックする意図を感じない打ち込み音楽であると。(共演してるしね)
なお、彼女の最大影響土壌はデトロイトテクノの模様。
筆者的聴きどころはM-05と小曲M-06を挿んだM-07。
M-01の爽やかで朗らかな歌声に騙されてはいけない。
まずはM-05。感情を殺した声色を無機質にハモらせ、ぼそぼそとシンセを意味深にループさせ、サビで『ハリケーン(激発)はいつでも来るんだから……』と歌い上げる空恐ろしさよ。
続くM-07ではサスペンスドラマちっくで浮遊感のある不穏なシンセに導かれ、やがて……突如鳴る、逆回転仕立ての金切声は慟哭なのか断末魔なのか。
そのタイトルは『骸』。
メンヘラかよ!
――とまあ、女性ならではの妖しい魅力がところどころに詰まったいけない一枚。
ただし記譜の出来る
加えて、きちんとクラシック教育を受けた人なので、トラックが端正で理路整然としているのも好印象。メンヘラを演じてる訳ね。
M-01 Airsick
M-02 Years
M-03 Thaw
M-04 Joy
M-05 MK Ultra
M-06 Wow
M-07 Carcass
M-08 Holoday
M-09 Tumor
M-10 Morcom
M-11 Nerve
M-12 Light + Space
2015年7月20日月曜日
FOUR TET 「Morning / Evening」
〝音色の魔術師〟キエラン・ヘブデンの七枚目は2015年作。
アナログ、ファイル配信は自己レーベルText Records。US盤CDはFRIDGEの過去作でお世話になっているTemporary Residence Limited。
ご覧の通り、約二十分の長尺二トラックをA/B面に割り振った剛毅なアルバム。
当然、アナログの良音質を保つランタイム(片面二十分弱)でまとめられ、ヒスノイズやチリチリノイズも気にせず録られ、ボトムに速めの四つ打ちが敷かれ、紙ジャケ仕様(今回は口が外開きなのでディスクが取り出しやすいぜ!)を施した、現場志向の強い前作の流れを汲む仕上がりとなっている。
が、その精神性と当作品における本質はやや異なっているように思える。
出だし爽やか。まるで晴れの日の朝のよう。
ぽそぽそっと拍を刻むビートに、インドかタイ風の節回しが強烈なインパクトを与える女声歌ネタが、寝起きのぼやけた視界を飛蚊のように舞う。その裏で柔らかいシンセ音がまどろみのように鼓膜を喜ばせ、ベース音代わりのドローン音色がシーツのようにまとわりつく。
ここら辺で聴き手も首を傾げだすことだろう。
ひたすらループする主音の歌ネタは、前作のただサンプラーのキーパッドを押しましたと言わんばかりの稚拙な用い方ではなく、エコーをかけたり、被せてコーラスのように絡めたり、リバーブをかけて歪ませたり、左耳から右耳へ通したり、ピッチを上げ下げして声のトーンを高くしたり低くしたりと、それはもう(朝なのに)白昼夢のような甘い甘い音色に仕立て上げている。
その上、たゆたうような各種シンセ音も緻密に織り上げ、さり気なく装飾音をあちらこちらに散りばめ、浮遊感をかさ増ししている。
えっと、クラブノリじゃ……ないよね?
さて、M-01後半から跨いでM-02前半はほぼアンビエント状態。二度寝したのかな? と思わせるよなチルアウトパート。ほぼノンビートで、覚醒的なシンセ使いや女性のコーラスとハミングが優しく添い寝する様は文字通り夢見心地。
そこからじわじわとビートが復活。午後は夜型民族(と書いてパーリーピーポー)、目覚めの時。M-01でのような弱い打ち方ではなく、パワフルなスネアと歯切れの良過ぎるハイハットがミニマルに、しかもやや遠巻きに鳴り続ける。
――さあ今日もクラブが呼んでるぜ! と言わんばかりに。
アルバムはそんな推量を聴き手に抱かせつつ、幕を閉じる。
――後は俺が回すクラブに遊びに来てくれ、と言わんばかりに。
つまり、皿と箱は別物だと気付い(てくれ)た模様。
やったね。
M-01 Morning Side
M-02 Evening Side
Hostessから今回も日本盤出ているけど……ステッカー、要る?
2015年7月18日土曜日
GRAILS 「Burning Off Impurities」
ブルックリンの美味しいトコ取りレーベル、Temporary Residence Limitedより。
ドラム、ベース、ギター(エレ、アコ)、キーボード(ピアノ、オルガン)の基本楽器を軸に、ハーピシコード、メロディカ、ローズ、バンジョー、ペダルスティール、ウード(中東のリュートみたいなの)と、さまざまな楽器を曲によって使い分けるインスト音楽なのは今まで通り。ハーモニカ、金管楽器類、ヴァイオリンのゲストも迎えている。
だが、2004年発表の二作目まで養っていたNeurot Recordingsには悪いが、彼らはこの作品で本格化した。スタジオセッション盤、スプリット盤、単独EP、編集盤――と、三年もの間にじっくりマテリアルを積み重ねることで音楽性を熟成させた印象を受ける。
当ブログで何かと名前の挙がる優良インディーズのNeurotをクサすつもりは毛頭ないが、在籍時はTORTOISE影響下にあるポストロック有望株でしかなかった。
いやもう本当に、劇的に化けた。
その熟成に至るキーワードは二つ。ダイナミズムとトライバル風味だ。
まずはゆっくりと助走代わりに反復し、機を見計らって一気に駆け昇り、後は鬼気迫るテンションで乗り切ってしまう、振り幅の大きい構成力を会得したこと。
ザック・ライルズとリーダーのアレックス・ジョン・ホールの主にギター二人が絶妙なユニゾンぶりで主音の弦楽器を掻き鳴らしまくり、主にベースのウィリアム・スレーターが負けじとぶりぶりうねりまくり、もう片方のリーダーである主にドラムのエミール・エイモスが皮をびんびんに張った太鼓をばっこんばっこん叩きまくる。
それで聴き手のアドレナリンがぐんぐん上がる。件のテンションを高めてくる曲と、比較的穏やかな曲をほぼ交互に配すやり口もそれを助長してくれる。
また、本作から中近東の音階をさり気なく用い、民俗音楽っぽい雰囲気を醸し出してきた。それによりエイモスのドラムも、よりパーカッシヴなプレイにシフトしている。
つまり野性味が増した、と。
音世界をより激しい方向性にシフトして一皮剥けた、実は珍しいタイプのバンド。
M-01 Soft Temple
M-02 More Extinction
M-03 Silk Rd
M-04 Drawn Curtains
M-05 Outer Banks
M-06 Dead Vine Blues
M-07 Origin-ing
M-08 Burning Off Impurities
2015年7月16日木曜日
JAMIE LIDELL 「Jamie Lidell」
Warpのファンキーソウル兄貴、2013年作の五枚目。
前作ではゲストを多数迎えて拡散志向を打ち出した訳だが、今回は焦点を絞っている。
早くも断言してしまうが、彼の脳内で思い描く音世界は完成したのだから。
自身の
そろそろ世界は、このエキセントリックでスタイリッシュでホットでカリスマティックなジーニアスの存在に気付いた方が良い。
そのくらい彼がネクストレヴェルに達した作品だろうと思う。
さて、本作最大の長所だが、彼自身の声が類稀なるキャラクター性を有していることを自覚して創っている点にある。
低音に渋みがあり、中音に張りがあり、高音に艶がある。全体的にアクがある。
本作はそんなオールラウンドシンガーな彼がオーヴァーダブを駆使して全ての歌を担当している。もうこれだけで
曲後半で〝俺Featuring俺With俺コーラス隊〟な熱い暑い掛け合いが左右チャンネルに分かれて繰り広げられる、大興奮のM-02。タメの利いた装飾過多なトラックへ向けて、多重俺コーラスが更に覆い被さるM-03。モジュレイターを玩具に、人を食ったようなやさぐれヴォイスで酔っ払い感丸出しのM-06。プリ様リスペクトなねちっこいトラックにも関わらず、第一声で兄貴が来たと思わざるを得なくなるM-08など――今までの彼の音楽性よりも、巧く彼のキャラクター〝声〟を利用したトラックが耳を惹く。
創造に大切な、第三の眼で己を見られている。
俺がトラックを組んで、俺が歌って、俺が編集しているのだから俺じゃない訳がない! と胸を張って言い切れるソロ音楽クリエイターが世界に何人居るのか。当たり前のコトじゃないかと反論されるかも知れないが、虚空を見上げ思い浮かべてみて欲しい。果たして何本指が折れるだろうか。
筆者は三本目くらいで彼の名をコールすることだろう。
『タイトルを付けるのは好きじゃないだけなんだけど、コレが俺の初作品と言って良いから』と語るくらいセルフタイトルがぴったりの作品。まだまだ上がるぞ。
M-01 I'm Selfish
M-02 Big Love
M-03 What A Shame
M-04 Do Yourself A Faver
M-05 You Naked
M-06 Why_Ya_Why
M-07 Blaming Something
M-08 You Know My Name
M-09 So Cold
M-10 Don't You Love Me
M-11 In Your Mind
M-12 I'll Come Running (Bonus Track For Japan)
ボートラM-12はちゃんとトラックになってるものの、あってもなくても。
2015年7月8日水曜日
SAO PAULO UNDERGROUND 「Tres Cabecas Loucuras」
今度は思ったより真っ当だぞ!
流離のコルネット吹き:ロブ・マズレク大将率いるブラジリアンジャズカルテット(ちゃんと裏ジャケにもう一人居るから大丈夫。仲間外れじゃない!)、2011年発表の三作目。
大将以外のメンバーは前作より固定。一枚目から組んでいるマウリーシオ・タカラ、ロック上がりらしいヒカルド・ヒベイロ、すっかりブラジル移転後の大将作品常連と化しているギリェルメ・グラナードの三太鼓叩き。
だが本作は、前作での三太鼓vsコルネットという妖しい図式に拘らず、より多角的なブラジリアンジャズを標榜している。ドラムをヒベイロで固定し、残りの二太鼓がカヴァキーニョ(ブラジルのウクレレみたいなの)やキーボードのような和音楽器も兼ね、ゲストにジョン・ハーンドンやジェイソン・アダシェヴィッツらを迎えることで、色鮮やかになった。
もう一度書くが、前作がアレ過ぎたお蔭で本作は一聴するに真っ当。音質もクリアだし、ビートを一本化することで曲が整頓されたのも大きい。
もちろん大将のコルネットも絶好調。M-02のブリープノイズまで織り交ぜてのサウンドチェックっぽいアレで聴き手に肩肘を張らせる出だしから、This Is 大将! な金管楽器の高らかな鳴りで各音色を統べるところなど秀逸。まるで大将が譜面台を叩いて総員に開始を促す指揮者のようだ。
また、M-04ではキコ・ディヌッチを迎えてのアンニュイなボサノヴァナンバーも披露。無論、初のヴォーカル入り。後半よりロマンチックに入る大将のコルネットがこれまた絶品。
おおゥ、真っ当……!
ただそれは薄皮一枚の見栄え良い外身。内側は相変わらずえげつない。
編集編集アンド編集の異端ジャズなのは相変わらずだが、主音すら情け容赦なく卓で歪ませる苛烈なエフェクトは少々控え気味。その一方で、どの曲も数多の音色が蠢いていて、妖しさは感じられる。だがそれだけではない。
実は始終音が揺れている。
一曲中のどれかの音色が左右連続パンされ、ふやけている。副音だけでなく、ヴォーカルや大将のコルネットといった主音級さえもその標的たりうる。
ヘッドフォン装着でその音を追っていると、ちょっとした妖しい思いが出来てしまい、困る。
大将はシカゴに残ろうがブラジルへ行こうが、あくまで気持ちイイ音楽を創ることに余念がない、妖しくも一本貫いたかっけーオッサンだ。
なお、後に大将は本作参加のタカラ、グラナードにアダシェヴィッツ、ハーンドンをピックして、その名もロブ・マズレク八重奏を立ち上げる。
そういう意味でもコレは重要作。麻薬にも良薬にもなる妖しい処方箋。
M-01 Jagoda's Dream
M-02 Pigeon
M-03 Carambola
M-04 Colibri
M-05 Just Lovin'
M-06 Lado Leste
M-07 Six Six Eight
M-08 Rio Negro
2015年7月2日木曜日
TUSSLE 「Kling Klang」
サンフランシスコの個性派四人組、2004年発表のデビュー作。
レーベルは、USがGROWING、BLACK DICEから、ISIS、EARTH、HARVEY MILKまで居た、ニュージャージーのTroubleman Unlimited。
EUが地元の英雄:JAGA JAZZIST周りから、ネナ・チェリー、ビョルン・トシュケ、にせんねんもんだいまでひしめく、ノルウェイはオスロのSmalltown Supersound。
日本でのP-Vineが真っ当に見える不思議。(いや、ココも、十分、妖しいんだけど)
何が〝個性的〟なのかと言えば、そのバンド編成。
まずはベースありき。音像のど真ん中にふてぶてしく居座り、指弾きの太くてねちっこいベースラインでファンキーに存在感をアピールする。何とコレが主音。
次にドラムだが……何と二人居る。シンプルでノリやすい四つ打ちちっくなミニマルビートでボトムを固める一方、装飾音色をも担っている。しかも双方のキャラ付けも出来ており、片方はクラベスやカウベルのような〝楽器〟。もう片方はビン・バケツ・自転車のホイールのような〝楽器じゃない何か〟。しかもその両者がシンクロして叩くのではなく、キック・スネア・ハイハットというビート根幹パーツをあえて各々で割り振り、後は件の装飾音色をお互いの感覚任せで乗せていくユニークなスタイルを執っている。
最後の一人はギターやキーボードのような和音楽器でしょう! と思いきや、何とサンプラー。曲の飾りにしかなり得ない電子音っぽいワンショットやループ、ドラム二人が叩き出したビートや装飾音を、エフェクターでエコー処理して耳のあちこちへと忙しなく飛ばす、ダビーな音遊びを担当。よって、バンドの最終ラインを統括しているのはココ。
メロディ? ああ、もしかしてそれ、俺の担当かなあ……と、首を傾げながらベースが手を挙げるくらい普遍的な要素排除。
言うまでもなく、もう一つの普遍的な要素・ヴォーカルもなし。声はサンプラーに取り込んだワンショットくらい。純然たるインスト。
これだと何だか小難しそうな音出してそうだな、と思われるかも知れない。だが実際聴くと、そうでもない。むしろ取っ付きやすく思える。
ミニマルなビートと、運指が良く動くベースライン。そこへエフェクター掛かった各種装飾音がサイケちっくに音像全域で瞬く――ディスコちっくで、ドイツ産サイケ音楽〝クラウトロック〟ちっくで、ダビーである、がゆえにポストパンクちっくでもある――彼らの一種独特な折衷音楽を自然と楽しんでいる聴き手がそこに居るはずだ。
それもこれも、無駄を一切省いて各要素の重要部分だけを抽出し、彩り豊かな曲に仕立てられる卓越したセンスが織りなす業だろう。
なお、本作の録音技師はM-03、07、09がNeurot Recordings周りで暗躍するサンフランシスコのデズモンド・シェイ。M-01、02、04、05、08、11はかのへんてこハードロッキンテクノバンド・TRANS AMのギターとか弾いている人:フィル・マンリー。
なるほどねい!
M-01 Here It Comes
M-02 Nightfood
M-03 Eye Contact
M-04 Ghost Barber
M-05 Comma
M-06 Disco D'Oro
M-07 Decompression
M-08 Moon Tempo
M-09 Blue Beat
M-10 Fire Is Heat
M-11 Tight Jeans
日本盤は未発表音源の:
M-12 Sometimes Y
M-13 Untitled
:を追加収録。
EU盤はM08~10がなく、M-11が08になり、以下:
M-09 Eye Contact (Version)
M-10 Here It Comes (White Label Mix)
M-11 Windmill
M-12 Windmill (Soft Pink Truth Disco Hijack)
M-13 Don't Stop (Stuart Argabright Remix)
:と、EPのc/wを集めた仕様となっている。ジャケも差し替え。
ご購入はお好みに合わせて。
2015年6月30日火曜日
SOONER 「Scale Of Rime」
ウェブデザイン会社を経営する可児瑞起、CAELUMの塚原幸太郎からなるニカユニット。2009年作。
ジャケは無論、可児が手掛けている。
ユニットの主導権は一日の長がある塚原が握っているのかと思いきや、彼の役割は主に音色の提供(M-13の『はい向かってー、右!』という声ネタループは塚原の肉声かも知れない)。テクスチャを組んでいるのは可児なので、CAELUMとはまた違った感覚が味わえる。同時に、テクスチャ作業が地味にトラックの彩を左右しているのが良く分かる。
塚原らしい可憐で美しい上モノが楽しめ、CAELUMよりも聴き心地爽やかな音世界が当ユニットの特徴だ。
で、肝心な可児のマニピュレイターぶりだが……なかなかどうして堂に入っている。しっかり音空間を把握して組まれ、鳴らし方に音の快楽原則を忍ばせるゆとりがあり、各音色の整理も行き届いている。ビート構成もCAELUMと同様に細かく刻むタイプだが、きちんと差異が感じられる。
要らぬ情報がなければ『本業持ちの余暇』と揶揄する声も出まい。
ただ、くど過ぎる音色チョップや、聴き手への効果が薄い無意味なエフェクト、洒落っ気で持ち込んだっぽい唐突なエレクトロ風味など、デザイナー上がりらしい『一手間加えて作品をより向上させよう』とする作業が多少空回りしているような気がしなくもない。
ただその違和感とやらも、要らぬ情報さえなければこのように難癖として列挙されているかどうか疑わしい。
ニカ人種が匿名性を堅持したがる理由が何となく分かる。
結論は、几帳面できっちり質の高い日本産ニカ。
こういう手堅い作品は意外とリピート率が高い。
M-01 Clavier Montage
M-02 Sparkling Swallow
M-03 Fuzzy Sun
M-04 Delta
M-05 Alliance
M-06 Presse
M-07 Billions Of Galaxies
M-08 Blurred May
M-09 Half A Mile Reverse
M-10 Wanderer
M-11 Resistless
M-12 Two Shades Of Yellow
M-13 Take Ya Shoes Off
2015年6月28日日曜日
LAL 「Warm Belly High Power」
カナダはトロント出身の女性ヴォーカル+男性トラックメイカーデュオ、2004年作・二枚目。
音世界をド直球に説明すると、カナダ産のブリストル系アブストラクト――そうそう、トリップホップ(笑)。レゲエやダブを血肉とした、薄暗いブレイクビーツ。
いや、そこで『なーんだ、典型的トリップホップ編成の没個性出遅れ組(デビューは2000年)かー』と流してしまうのは、ちと了見が狭い。そもそも今までこのブログで紹介してきた男女アブストラクト系デュオはどれもこれも曲者ばかりだったではないか。
毎度書くが、良い音をくださる人々を型にはめるのは絶対に良くない。
アルバムの全体像はシンガーのレジーナ・カジーの声質から、メロウでアンニュイでほんのりレゲエっぽい。そこへ、彼女の弾くハーモニウム(リードオルガン)などの鍵盤系や、トラックの根幹を成すぶっといベース、ギターや鉄琴などのオーソドックスな楽器、タブラやヴィーナやサーランギーといった中東系民族楽器を生音色として乗せ、トラックメイカーのニコラス・マーリーが打ち込み音色を取り混ぜて統括する。中でも中東楽器はトラック内で扱いが良く、ココら辺がLALの個性を担っているようだ。
さて、下の曲目をご覧の通り、本作は四季が織り込まれている。前半の秋冬はしっとり切ない空気を漂わせ、後半の春夏はアンニュイな中にも躍動感を感じる。ボトムにBPM早めの四つ打ちを敷いたトラックもあるからか。夏編でメロウなトラックを演られても、潮風が顔を凪いでいるようにしか聴こえないのだから巧く並べたモンである。
で、ここからが彼らの本領。ヘッドフォンで聴けば分かるのだが、音数が異常に多い。しかも彼らの音楽性がダブの影響下にあるため、それらが平気であちらこちらに散る。
具体的に書けば、表現力に長けた一廉のシンガーであるカジーの声すら一パーツと解釈され、オーヴァーダブにより主音である歌メロを取り巻いて、副音としてあちこちで瞬き続ける。トラックの底辺を支えるビートをサビだけ右耳の外れに追いやりつつ、役目だけは果たさせるといった苛烈なトラック構成も平然と執る。
無論、ダブの素養があるのだから、音数に埋もれてトラックをごちゃつかせる訳がない。必要ない時はばっさり切り落とし、後々必要なら伏線として音量を絞ってさりげなく置き、ここぞの場面で効果的に聴かせる。
あえて大げさに言い切らせてもらうが、ここまで全使用音色を組織立たせるトラックメイカーもそうそう居ない。
あえて難点を挙げれば、フェイドアウトが雑なくらい。
もしかしてこの界隈でこの男女デュオ編成が多いのも、この方面の音を出したいからこの編成にする訳ではなく、優れた者たちだからこそこの編成を敷くのではなかろうか――なんて考えてしまうくらい彼らも出来人。
筆者はこの編成での外れ音源を知りたい。
Fall
M-01 OrangeM-02 Brown Eyed Warrior
M-03 Forget To Say
Winter
M-04 Pale
M-05 Creep
M-06 Saturn
Spring
M-05 Creep
M-06 Saturn
Spring
M-07 Raindrops
M-08 Faithful
Summer
M-08 Faithful
Summer
M-09 Musty City
M-10 Shallow Water
M-11 Dancing The Same
M-12 Invincible
(Bonus)
M-10 Shallow Water
M-11 Dancing The Same
M-12 Invincible
(Bonus)
M-13 B.E.W. Epilogue...Think...Bloodlines
(Bonus Track For Japan)
(Bonus Track For Japan)
2015年5月20日水曜日
GROUPER 「Dragging A Dead Deer Up A Hill」
またココか! オレゴン州ポートランドの宅録おねいさん:リズ・ハリスのソロユニット、2008年発表の四枚目。
オリジナルリリースはバーミンガムのTypeだが、2013年にシカゴのKrankyよりリイシューされた。どっちのレーベルも妖し過ぎる……。
音楽性を端的に表すと、アシッドフォーク。
おそらくかなりヴィンテージな(≒古ぼけた)機材で録っているであろう、デモテープさながらな音質。ダビーというよりも、全体的にぼやけた音像。
軸はリズおねいさんの歌――よりも、おねいさんが奏でるアコギとかエレギとかエレピ。真中中央にどっかと腰を下ろしている。そのやや上から、慎ましげにおねいさんの歌。声質から淡白一辺倒かと思いきや、儚げだったり、清らかだったり、陰鬱だったり、投げやりだったり、凛としていたりと、なかなかヴァラエティに富んでいる。その歌声をオーヴァーダブでハモらせたりもする。
ただし、ちょいちょいグリッチや裏に回ったエレピなどの副音に埋もれてなし崩し化する。
こんなロウさはアルバム全体にも波及。軽度な編集を施しているにもかかわらず、トラックの頭と終いでさーーーっと存在をあらわにするヒスノイズは放置。ギター弦が指と運指でこすれるきゅっという音、ピックがピックアップにばちっと当たる音すら拾う。音割れしない程度に、副音どころか主音すらハウリングを起こしてたりもする。
臨場感を出したいのか、生々しさを出したいのか。
いや、彼女の音による主張は一貫している。
音を意のままに操っているのではない。全てを受け入れている。
あなたはすきにしてくれてかまわない。だから、ありのままのわたしをみて。
何となくメンヘラなおねいさん(誤解なきよう記すが、彼女の肉声は強い意志を感じさせる自立した女性のそれだ)によるセルフヌード音源集(モノクロ)。
ただ、音像のあまりのアレさから素人ヌードのような雰囲気もあるが、あくまで彼女はプロ。自らのヴィジョンを余さず映し込むための技巧、と好意的に捉えることも可能。
M-01 Disengaged
M-02 Heavy Water/I'd Rather Be Sleeping
M-03 Stuck
M-04 When We Fall
M-05 Traveling Through A Sea
M-06 Fishing Bird (Empty Gutted In The Evening Breeze)
M-07 Invisible
M-08 I'm Dragging A Dead Deer Up A Hill
M-09 A Cover Over
M-10 Wind And Snow
M-11 Tidal Wave
M-12 We've All Gone To Sleep
2015年5月6日水曜日
CLARK 「Clark」
Warpの二枚舌男、クリストファー・ステファン・クラークもとうとう七枚目。2014年作。
アートワークはリミックス盤に引き続き、アルマ・ヘイザー。
ここにきて、ようやくセルフタイトルだ。
どうせコイツのことだからアルバムタイトルなんてどうでも良いみたいなダダイズムというか当ブログらしい表現でニカ人種っぽい思想で付けたんだろうと踏んだら、何と総決算的な内容だったので驚いた、初聴の感想から。
彼にしては着地点があまりに真っ当。何か悪いモノでも食べたのかと思った。
臓腑に響く音圧と、おそらくチューバであろう低音金管楽器が唸りを上げるイントロM-01で幕を開けたかと思えば、以降ボトムはおよそ四つ打ち。四枚目に回帰したかのようなシンプルさでキックを四つ並べる。
だが四枚目のようなぶんぶんすっ飛ばす破壊的な面は見られない。むしろシンプルなビートに繊細で浮遊感のある上モノを絡める方法論でアルバムをほぼまとめている――つまり上モノは前作っぽさを残して。前述の低音金管楽器やピアノ、鉄琴などの生音色をちょぼちょぼ用いる点も、その思いを助長させる。お蔭で、作中でアクセントを取るかの如くぽつぽつと割り込むイキの良さそうなトラックですら、どこか落ち着き払って聴こえる。締めのM-13も前作同様、穏やかでちょっぴり不穏なアンビエントトラックだ。
そこら辺で老練した彼の総決算っぽさが垣間見られなくもないが、音響的には根の深い構造が組み込まれているのを見過ごす訳にはいかない。
本作は近年のクラブ系の流行に即し、ダビーだ。
ダビーといっても、音色の加減算と拡大縮小で構築する古き良きダブメソッドを用いて組まれている訳ではない。幽玄な背景音色を垂れ込めたり、一部音色を籠らせたりノイズを塗したりして遠巻きに追いやりつつ、出来た広いスペースの真ん中で主音を奏でつつ、副音をあちらこちらで踊らせる、詐術のようなダブステップ以降の空間処理法だ。現にM-07はCLARK流ダブステップと称して憚らないトラックだ。
この現代的なダビーさが本作のキモだ。前作でもそれっぽさはあったが、世相と巧みに折り合いをつけて自分なりに深化させてみせたのはコレが初めてなのだから、結局は何をしでかすか分からない彼なりに奇を衒っていることとなる。
そうか、そう来たか。
コレを成長と見るか、迎合と見るか、老練と見るかは人それぞれ。
ただ前作でちょっとだけ窺わせた借り物臭さを、間に挟んだミニで修正し、本作できっちり払拭している点を指して、聴き手はどう感じるのだろうか。
筆者的聴きどころは、あちらこちらで瞬く電子音色を歪ませたピアノ音色が切り裂くM-03から、風の強い草原で遠巻きに鳴らされる流麗な長尺ピアノループを軸としたM-04へ進み、やがて曇天となり雷を呼び、力強い四つ打ちキックを取り巻くようにエコーがかった攻撃的な音色が雪崩れ込んでくるM-05の流れ。
M-01 Ship Is Flooding
M-02 Winter Linn
M-03 Unfurla
M-04 Strength Through Fragility
M-05 Sodium Trimmers
M-06 Banjo
M-07 Snowbird
M-08 The Grit In The Pearl
M-09 Beacon
M-10 Petroleum Tinged
M-11 Silvered Iris
M-12 There's A Distance In You
M-13 Everlane
M-14 Treat (Bonus Track For Japan)
M-14のボートラは、BOCみたいなうねうねした古臭いシンセ使いのノンビートトラック。ぶっちゃけ単調だわ、大した余韻もなくフェイドアウトするわで、特に必要は。
2015年5月4日月曜日
GRAILS 「Black Tar Prophecies Vol's 4,5&6」
アレックス・ジョン・ホール(本作は主にシンセ)と、かのカリフォルニアのスピリチュアルデュオ・OMの二代目ドラマー:エミール・エイモス(主にドラム)が二人で統べる、オレゴン州はポートランド出身の四人組インストバンド、2013年発表の編集盤。
レーベルは、美味しい音を目ざとく掻い摘むインディーの配給王:Temporary Residence Limited、レペゼンブルックリン。
編集盤なのでまずは資料的なことから。
タイトル通り、本作は「Black Tar Prophecies」シリーズを総浚いしたモノ。なお「1,2&3」は2006年にImportant Recordsより発表されている。
曲の内訳だが、件のImportantからのシリーズ4弾目で単独EP(2010年作)がM-01、02、05、08、09。Kemado Recordsからの5弾目でフィンランドのPHARAOH OVERLORDとのスプリットLP(2012年作)がM-04、06、07、11。6弾目に当たる残りのM-03、10、12は未発表曲だ。
のっけからもわ~っと煙が立ち込めるダビーなイントロ。何だか妖/怪しさ満点。
曲調をざっくり説明すると、70年代の空気漂うサイケデリックな音世界。ただし、サイケだからと安易にフィードバックギターへ逃げず、古めかしい音色を有機的なフレーズで多彩な切り口からあちらこちらで鳴らすことにより、独特のレトロでトリッピーな空気感を醸し出す、一筋縄ではいかない創りだ。それはホールとエイモスがプロデューサーとミキサーを兼ね、双方の担当楽器にサンプラーを記す点にも表れている。
――と書くと本作はせせこましくて作り物臭いのだろうな、と思われるかも知れないが、それは断じて否。
音色の多さで聴き手がうるさく感じないよう、バンドなのだからそこに器楽的なアンサンブルが感じられるよう、数々の生音から精製した副音をダブの要領で頻繁に抜き差しし、かつ生々しい音質でテクスチャすることにより、その難事を巧く解決している。もわ~っとしたダビーな空間処理によるフィルターの魔法がそれを可能としたのは今更論を俟たない。
ただ彼らの持ち味の一つである、じわじわとテンションを高め、大団円までトランスする曲単位でのドラマチックさが減退しているような気がしなくもない。
そこはほら、アルバムの方向性よ。アルバム一枚を通して音だけで映画のような情景を描き出す――前作で演ってる、その流れ。
比較的短めの曲を並べてゆったりと満ち引きを繰り返す中、あまりに切ないピアノのフレーズを柱に、アコギやエレギやハープシコードやメロトロンやフルートやハミングを上記の手法で継ぎ足し、空間を把握して折り重ね、聴き手の涙腺を崩壊させる、たった三分弱のM-09で本作は最大のクライマックスを迎える。
ほら、貴方の脳内で、愛し合う男と女の望まれぬ別離シーンに被さる、幸せだった頃のモノローグが走馬灯のように――
……あれ? 本作って編集盤じゃなかった?
いや、むしろこうして既出の音源のプレイ順番をバラしても、一枚のアルバムというドラマが再構築出来てしまう点が、バンドの強固なコンセプトの裏返しと言えまいか。
まずはコレ。彼らの音の深淵が十二分に垣間見られる一枚の重厚な物語。
M-01 I Want A New Drug
M-02 Self-Hypnosis
M-03 Invitation To Ruin
M-04 Wake Up Drill II
M-05 Up All Night
M-06 Pale Purple Blues
M-07 Chariots
M-08 New Drug II
M-09 A Mansion Has Many Rooms
M-10 Corridors Of Power III
M-11 Ice Station Zebra
M-12 Penalty Box
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