2014年10月22日水曜日

SHRINEBUILDER 「Shrinebuilder」


リッケンバッカーを抱えて習わぬ経を詠む男:アル・シスネロス(SLEEPOM)と、不撓不屈のドゥームメタルアイコン:スコット〝ワイノ〟ヴァインリッヒ(THE OBSESSEDSAINT VITUS)を中心に、NEUROSISの濁声咆哮担当:スコット・ケリー、意外と便利屋なヴェテラン太鼓叩き:デイル・クローヴァー(THE MELVINS)とまあ、その筋の強者が雁首を揃えたスーパーバンドによる2009年作。
レーベルはNEUROSISのトコ厨二魂擽るイカしたアートワークはNEUROSIS(後にギターで参加のRED SPAROWES共々脱退)のヴィジュアル担当:ジョシュ・グレアム。音響技師はトシ・カサイ

いずれも強烈な個性を放つ、ひとかどの者どもを集めたアルバムにしては非常に整っている、というのが第一印象。誤解を生みそうな表現だが、あえて。
ではどうやってこのどいつもこいつもエゴの強そうな連中を束ねて、一枚のアルバムに整えられたのか? 正直なところ、ワイノはこの面子の中で浮いてはいまいか?
キーワードは〝調和〟。

ジャケをご覧の通り、基本は呪術的でそこはかとなく暗く、ずるっとミッドテンポを堅持するヘヴィ音楽。その一方で、OMやNEUROSIS、THE MELVINSで聴かれるようなインプロを発展させたような酩酊パートも各曲ごとに用意されている。ゆえに曲は概ね七・八分と長め。また、ワイノ、ケリー、シスネロスの三声体制(蛇足ながらクローヴァーもメインヴォーカルを執れる人)だが、ヴォーカル主導の作品ではない。
こんな、面子からして容易に察せられる音世界。
そこへ、更に分かりやすく各メンバーの個性が意図的に反映されているところがキモ。
例えばワイノらしい朗々とした歌声に加えて、彼が掻き鳴らす明快なドゥームメタルリフとか。ケリーのあの喉を酷使しているとしか思えない濁った怒鳴り声とか。シスネロスがOMで流す読経ヴォーカルに、まろやかなベースラインとか。あと明らかに彼が部分的に持ち込んだ、密教ちっくな音世界とか。クローヴァーらしいタンタンと響くスネアの音とか(彼加入前に叩いていた元SLEEP、OMのクリス・ハキアスっぽいオフロードなビート感も、クローヴァーのプレイで再現されている)。
これらファンならピンと来る、個性派ならではの特徴をあえてパーツとして捉え、楽曲の雰囲気に添って当てはめる――こうすることでアルバムに調和が齎され、スーパーバンドの威厳も保たれるという寸法だ。

ここで意地悪く穿った見方をすれば『スリリングさに欠ける』のかも知れない。もっと個性と個性が激突する、ひりひりした作品が聴きたい方も居るかも知れない。
だがそんなこと、それぞれのメインバンドで演れば良いことだろう、と。
筆者からすれば、各曲に籠められた酩酊パートの心地良さで巧くカヴァー出来ているので何ら問題ない、と。あと、超個性ならではの〝音色〟が大ネタフレーズとして楽しめてにやにや出来る、とも。
この老練したメンバーによる理詰め感、ハードコアというよりもポストロックに近い――と強引な極論を吐き、このブログらしく締めさせていただこうか。

なおこのスーパーバンド、ワイノ曰く『シスネロスがイカレちまったので、今後何も起こらないと思うよ』とのこと。
ヘヴィ音楽から離れてダブに傾倒するシスネロスへの皮肉かと思われる。

M-01 Solar Benediction
M-02 Pyramid Of The Moon
M-03 Blind For All To See
M-04 The Architect
M-05 Science Of Anger


2014年10月20日月曜日

THE GENTLEMAN LOSERS 「Dustland」


フィンランド出身、サムとヴィルのクウッカ兄弟による2009年作の二枚目。

本作を抽象的な言葉で表せば〝ぜんまい仕掛けのフォーク〟か。個人的にはこういうコトをあまり書きたくないのだが、近似値の高い具体的な比較対象を挙げるならば、BIBIO(リミックスもしているし)エモメガネの別ユニット:GOLDMUNDになる。
つまり、数多くの生音を縒り合わせ、良く言えばヴィンテージな機材でモノラル録りする、セピア色の似合う哀愁の追憶フォーク。北欧らしい寒々しさを添えて。
もちろん、演奏も録音もジャケデザインもクウッカ兄弟。DIYの極み。
ああそう言えば〝フォークトロニカ〟なんて言葉、あったよね。

そんな彼らのキモは音色の多さ=演奏する楽器の数にあるのだが、これがまた巧いトコロを突いてくる。
以下、各々の担当楽器。()内はメーカー、機種。

サム:ローズピアノ(フェンダー)、ピアノ、ハープシコード、アナログシンセ(ヤマハ CS-15D、SY-1)、メロトロン、オルガン、キーボード(ローガン・ストリングメロディII、Siel Orchestra)、サンプラー(AkaiS5000)、リズムマシーン(エーストーン・リズムエース)、ベース(ヘフナー、ギブソン)、弓弾きアコギ、ログドラム(太鼓系じゃないよ)、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン。
ヴィル:ギター(ギブソン・レスポール、フェンダー・ストラトキャスター、テレキャスター)、ラップスティールギター(フェンダー)、六弦/十二弦アコギ、クラシックギター(ラミレス)、E-ボウ、ウクレレ、ベース(スクワイア)、ドラム(スリンガーランド)

どうやらサムは鍵盤系担当、ヴィルは弦楽器系担当らしい。またサムは写真とデザインを、ヴィルは録音を専任している。またケイサ・ルオツァライネンなる女性がヴァイオリンやヴィオラ、ワイングラスでゲスト参加している。

さて、ここで本題。
ご覧の通り、彼らはポピュラー音楽としては非常にオーソドックスな楽器ばかりを用いているのが分かる。普遍的たれと考えているのだろうか。
いや、重要なのは、更にその中でもよりオーソドックスな楽器に関して使用機材を明確にしている点であろう。
同じコードを同じ楽器で鳴らすにしても、ストラトとレスポールでは聴こえてくる音がまるで違う。更に掘り下げれば、同じフェンダーのベースでも純性モデルと廉価版では大いに音色は異なるはずだ。
逆に木・鉄琴系やアンプラグドの鍵盤系など、象徴的かつエフェクターやアンプが介在しない楽器について、機種まで明記する必要などない。
別に所有リストを晒して自慢している訳ではない。ココに彼らの音へのこだわりと、音色に対する考え方が表れていると思う。

何々に似てる似てないなんてどうでもいい。それぞれ創っている者が違うのだから、そこに提示された作家性を理解する必要が、聴き手にはある。

M-01 Honey Bunch
M-02 Silver Water Ripples
M-03 The Echoing Green
M-04 Ballad Of Sparrow Young
M-05 Bonetown Boys
M-06 Oblivion's Tide
M-07 Lullaby Of Dustland
M-08 Midnight Of The Garden Trees
M-09 Farandole
M-10 Spider Lily
M-11 Wind In Black Trees
M-12 Pebble Beach


2014年10月2日木曜日

MASSIVE ATTACK v MAD PROFESSOR 「No Protection」


二枚目(1994年作)を、あへあへダブおじ(い)さん:マッド・プロフェッサーがダブヴァージョン(リミックス)化! ありそでなかったこの一枚。
翌、1995年発表。

ぐう(の音も出ないほど)ダブ。おしまい。
いやいや待て待て!
もこもこ内に籠っているようで抜けの良い音像。過度に掛けるフィルター、エコー、ディレイ。気まぐれで定める一部音色への偏愛。流動的な鳴らす位置。大胆な音色の抜き差し。
これぞ、まごうことなきダブである。
ただ、元よりマッシヴはそんなダブを血肉としているユニット。これ以上ダブダブしくする必要があるのだろうか……? なんて疑問もあろうが、ここまで徹底してダブのメソッドに当てはめたモノを聴かされれば、聴き手はぐうの音も出ないはず。
本編では二曲ずつ宛がわれしトレイシー・ソーンのしなやかな、ニコレットの可愛い歌声も、クレイグ・アームストロングの感傷的なピアノも、ぶっつぶつのぎったぎた斬り。
この辺の主音への苛烈な扱い、正しくダブ。
なお男声――トリッキーとホレス・アンディが歌っているトラックは一つずつしか選ばれていない上、ヴォーカル音色を一切用いず、文字通り〝抜いて〟いるので注意。
これもダブ特有の音色偏愛の一端であろうか。

あと、クラブ系さんサイドからダブを眺めているだけの筆者からすれば、ダブと言えば(涼しげな音像と)低音の過剰な強調! が最大の特徴かと思っていたら、場合によってはベース音色も平気で抜くんだと本作で知った。
ぜひとも本作を入り口に、この加減算の妙を味わって欲しい。
ひんやりしててきもちいよv

M-01 Radiation Ruling The Nation (Protection)
M-02 Bumper Ball Dub (Karmacoma)
M-03 Trinity Dub (Three)
M-04 Cool Monsoon (Weather Storm)
M-05 Eternal Feedback (Sly)
M-06 Moving Dub (Better Things)
M-07 I Spy (Spying Glass)
M-08 Backward Sucking (Heat Miser)


2014年9月30日火曜日

31 KNOTS 「Worried Well」


オレゴン州ポートランドの変わり種スリーピース、2008年作の七枚目。
レーベルは引き続きPolyvinyl Record

このバンドにはドラムを兼任する録音技師:ジェイ・ペリッチが居る。その兄弟のイアンが今回も手を貸している。ミックスに至ってはそのイアンの単独作業とクレジットされている。
なのにとうとう、バンドの司令塔:ジョー・ヘージがエンジニアとしても首を突っ込むようになってしまった。
ああ、これがコントロールフリークか……。

だが音世界はさほど変わりなし。相変わらず色とりどりのキモ可愛い顔が練り込まれた十二本(日本製は更に二本増量!)の金太郎飴。
他メンバーへの締め付けもなし。フィンガーピッキングの手練れベーシスト:ジェイ・ワインブレナーは今回も生き生きとフレットを上から下まで動かしまくる。心なしかペリッチのドラムにも勢いを感じる。
どうやらこのヘージ、自分以外のパートは誰が好きに演ろうと気にしないタイプのようだ。

それよりも前作から垣間見せていたのだが、核である彼に変化が表れ始めた。
ギターを演奏して曲を組み立てることに頓着しなくなった。
今回ギターを軸に用いた曲は、手拍子付きのアカペラ風イントロから雪崩れ込むM-02。調子外れな歌とワインブレナーの肩肘張ったベースフレーズへ執拗に絡むM-07。音割れも辞さず爆発的な加減速を繰り広げた果てに……のM-08。ハモンド風シンセを巧く用いてドラマチックに仕立てたM-10と、ギターの単音爪弾きからサビでの掻き鳴らしでエモさを演出するボートラのM-13くらいなもの。あとは味付け程度か、ピアノを立ててギターレスの曲も多い。サンプリング音やループの含有率もいつも以上だ。
あくまで憶測だが、ヘージがピアノを弾いている時、ベースが鳴っていない代わりにギター音が聴こえる曲もあるので、ギターも弾けるワインブレナーに委ねてるケースもありそう。ピンポイントでギターの音色を欲しがってる曲もあるので、あらかじめサンプラーにギターフレーズを突っ込んでおいて場面場面でワンショットやループする手法も取りそう。
彼の本質はギタリストでもシンガーでもなくコンポーザーなのだから(リズム隊には好きに演らせて、音世界のキモを握る)自分があれこれ演れる体勢を取るのも理に適っている。
そもそもこの程度の変化で、盤石のヘンテコ31 KNOTSサウンドは揺らぎもしないのだから、ますますもって正しい。

そんな彼のギター離れ、コンポーザー視点強化が、エンジニアとして直接音を弄りたくなった理由に繋がるのかも知れない。
己の脳内音を具現化したいのなら、自分である程度何でも出来るようになるべきなのか。

M-01 Baby Of Riots
M-02 Certificate
M-03 The Breaks
M-04 Something Up There This Way Comes
M-05 Take Away The Landscape
M-06 Strange Kicks
M-07 Opaque / All White
M-08 Worried But Not Well
M-09 Compass Commands
M-10 Statistics And The Heart Of Man
M-11 Upping The Mandate
M-12 Between 1 & 2
M-13 Turncoat (Bonus Track For Japan)
M-14 Who Goes There? (Bonus Track For Japan)


2014年9月24日水曜日

CLARK 「Feast / Beast」


Warpのオオカミ青年:クリストファー・ステファン・クラークの二枚組リミックス盤。2013年。
ジャケはアルマ・ヘイザー

〝ごちそう〟と題したDisc-1は座して聴くようなイメージで、〝けだもの〟と題したDisc-2はクラブで踊るようなイメージで選り分けたそうな。
彼的に韻を踏みたかったらしい。(そういや〝Beast Feast〟なんてラウド音楽イベント、あったよね)

で、まあ……あのCLARKだし、容易に予測出来た結果なのだが――
相変わらず原曲を踏まえる気が更々ない。
具体的には、BATTLES流爆走ナンバーのDisc-2:M-02が、タメの利いたデジデジしい触感のトラックに挿げ代わっていたり。Disc-2:M-06に至っては、歌モノなのにヴォーカル音色をハナから無視した上、代わりに自分で歌っていて、ただただ愕然とした。
リミックスをしてくだすっているBIBIOやネイザン・フェイクら友人は、ある程度テメーの原曲を踏まえて己の色を出してくれているのに、この勝手気ままさ。
リミックスをしてくれた友人のトラックは彼にとって〝ごちそう〟で、一切元ネタに配慮しないオマエは〝けだもの〟そのものとちゃうんかい。
いや〝けだもの〟なこの野郎にとって、各クリエイターの捧げてくれた元ネタこそがなによりの〝ごちそう〟なのかも知れない(生贄的な意味で)

ただ、CLARK謹製としか思えないトラックが三十曲・二時間超分詰まっている――それこそがCLARKファンにとって〝ごちそう〟だと考えれば如何であろうか。
しかも彼の音楽には定着化した〝CLARKテイスト〟なんてものが存在せず、APHEXチャイルドと騒がれてた一枚目二枚目期、生音に色気を見せ始めた三枚目期、衝撃のフロアユース化で度肝を抜いた四枚目期、騒がしい上モノを整わない拍で引っ掻き回す五枚目期、生音回帰で(悪)夢見心地な六枚目期――と、各々をくっきり分別出来るコトが本作で更に浮き彫りとなった。
――人の創ったトラックを踏み台にして。(その割には原曲より遥かに凝った創りをしているモノばかりだったりする)
ゆえに、リミックスアルバムを指してこう評すのは不適切かと思うのだが……『未発表曲で編んだコンピレーションアルバム』である、と。

なお、CLARK当人は『コレを機に、もうリミックスしない』とかまたテキトーなその場限りの発言をほざいている模様。
そら(原曲踏まえぬリミックス曲など)、そう(自作のトラックと変わらん)よ。

Disc-1 (Feast)
M-01 THE BEIGE LASERS - Smoulderville (Clark Remix)
M-02 DM STITH - Braid Of Voices (Clark Remix)
M-03 AMON TOBIN - Kitchen Sink (Clark Remix)
M-04 NATHAN FAKE - Fentiger (Clark Remix)
M-05 CLARK - Alice (Redux)
M-06 KUEDO - Glow (Clark Remix)
M-07 BARKER and BAUMECKER - Spur (Clark Remix)
M-08 SILVERMAN - Cantstandtherain (Clark Remix)
M-09 RONE - Let's Go (Clark Remix)
M-10 NILS FRAHM - Peter (Clark Remix)
M-11 GLEN VELEZ - Untitled (Clark Remix)
M-12 CLARK - Absence (Bibio Remix)
M-13 CLARK - Ted (Bibio Remix)
M-14 VAMPILLIA - Sea (Clark Remix)
M-15 PRINCE MYSHKIN - Cold Caby (Clark Remix)
M-16 CLARK - Absence (Switchen On Barker Revoice) (Bonus Track For Japan)
Disc-2 (Beast)
M-01 MASSIVE ATTACK - Red Light (Clark Remix)
M-02 BATTLES - My Machines (Clark Remix)
M-03 LETHERETTE - D&T (Clark Remix)
M-04 CLARK - Growls Garden (Nathan Fake Remix)
M-05 AUFGANG - Dulceria (Clark Remix)
M-06 MAXIMO PARK - Let's Get Clinical (Clark Remix)
M-07 THE TERRAFORMERS - Evil Beast (People In The Way) (Clark Remix)
M-08 CLARK - Suns Of Temper (Bear Paw Kicks Version)
M-09 HEALTH - Die Slow (Clark Remix)
M-10 DEPECHE MODE - Freestate (Clark Remix)
M-11 Mr. BOGGLE - Siberian Hooty / Fallen Boy (Clark Remix)
M-12 DRVG CVLTVRE - Hammersmashed (Clark Remix)
M-13 MILANESE - Mr Bad News (Clark Remix)
M-14 FEYNMAN'S RAINBOW -The Galactic Tusks (Clark Remix)


2014年9月16日火曜日

BURIAL 「Untrue」


謎めいた男:ウィリアム・エマニュエル・ビーヴァンによる2007年作の二枚目。

ダブステップだそうな。
籠っているけど奥行きがだだっ広い〝ダビー〟な音像の中、拍を刻みたいんだか装飾音として自由で居たいのか分からないビートを軸に、これまた〝ダビー〟なぶっといベースラインと切り貼りのヴォーカルフレーズを散りばめる、ようなクラブミュージック――
だそうな。
今やそのトップランナーとなった彼がその公式にぴったり当てはまるかと言うと、思ったよりそうでもない。
そうでなくて良かった。だからこの場で書けている。

ダビーなのは合っている。と言っても本来のダブのような、全音色のどれかを気分次第で偏愛(過度のエフェクトを掛けて可愛がったり、えこひいきするために邪魔な音色を抜いたり)はしない。一枚靄(フィルター)の掛かった音像の中、各音色をはっきりしない位置取りに据えてトラック毎に固定し、鳴らすような感じだ。
彼、BURIALの場合、そのテクスチャ管理が非常に巧みで、聴き手は一寸先は霧で視界が定かではない位置から無限の空間が広がっているような心地にさせられる。
音の抜けが良くてがちゃがちゃしていないのに、一トラックで用いている音色は意外と多い点に秘密がありそうだ。

次にボトムだが、これがしっかりと拍を打っている。最低速度でBPM124、最速だと138のアグレッシヴなテンポでカツカツ刻んでくる。ダブステップが2ステップという20世紀末に一瞬流行ったジャンルの派生ということもあって、四拍子の一と三を強調する特異なビートのトラックもあるが、クラブで聴く音楽を前提とした創りなのでノリは失われていない。
筆者は一番コレが意外だった。どうせ裏を取ってるのかテキトーなのか分からないビートのような何かを敷いて小難しいアート風吹かせているのかなあ、なんて斜に構えていたがとんでもない。むしろループ感が強いくらいだ。
それが身体で拍を取りたくなるほど、おしなべてカッコイイ。
カッコ良いビートは正義。

最後はなにげに大事な点なのだが、切り張りヴォーカルパーツの扱い方が非常に巧い。誰かさんの最新作のように、ただ単純にワンフレーズをループさせることなく、ワンショットとして安易にぶっ込まれる声ネタに堕せず、要領良く様々なフレーズを継いでいる。
それはもう、あたかも彼のために歌ってくれたフィーチャリングシンガーのように。
M-02のRAY J(離れ目米女性R&Bシンガー:BRANDYの弟)以外声ネタ元は明かされていないが、歌モノトラックっぽくなっている点は非常に大きい。最強の音色である人声を匠の技で普遍的に聴こえるよう操るだけで、聴き手の層が格段に広くなる。

本人はあまり有名になりたくないようなのだが、逸材がこのような高品質の作品を世に送り出した時点で世間が黙っちゃいない訳で。
とっとと内に籠る気質と自己顕示欲に折り合い付けて、三枚目を出しておくれよ。単発ばかり切られても物足りないんだよ。

M-01 Untitled
M-02 Archangel
M-03 Near Dark
M-04 Ghost Hardware
M-05 Endorphin
M-06 Etched Headplate
M-07 In McDonalds
M-08 Untrue
M-09 Shell Of Light
M-10 Dog Shelter
M-11 Homeless
M-12 UK
M-13 Raver
M-14 Shutta (Bonus Tracks For Japan)
M-15 Exit Woundz (Bonus Tracks For Japan)

日本盤はM-04をA面に据えた12インチEPのB面二曲を追加収録。


2014年9月14日日曜日

QUAKERS 「Quakers」


7STU7ことステュアート・マシューズ、KATALYSTことアシュリー・アンダーソン、FUZZFACEことジェフ・バーロウ――以上三名のトラックメイカーによるヒップホップユニット、2012年作。
本作は二枚組で、Disc-2はまるまるDisc-1のインストとなっている。お・と・く。

100%サンプラーを用いて創られたような、愚直なヒップホップ。音の触感としてはニュースクール辺りの、ヒップホップがしっかりメインストリームに根差した頃を思わせる。
フィーチャリングラッパーの記述がないトラックは全て1分弱のスキット(寸劇)かインタールード(間曲)。それ抜きでも多い曲数から察せられる通り、一曲一曲は短め。ヒップホップは通りすがっただけな筆者のような聴き手としては、各トラックがあっさり終わって食い足りないかなーと思わなくもないが、矢継ぎ早にトラックが飛んで来るのでミックステープのような小気味良さがある。
そもそもヒップホップという音楽の構造上、単調さを覚えず各トラックを長くするにはMCの高難度なスキルとトラックへの過剰な工夫が必要となってくるので、これで良いのだ。

一方の作風だが、ホーンセクション使いが目立つ――いや、ホーンセクションは目立つ。あのド派手な音色を巧く用いれば、大ネタ使いばりの強烈なトラックが組めるのだなあ……と、ほとほと感心した。
例えばラップといえばギャング(スタ)だが、威風堂々としたホーン群でマフィアの風情を醸し出したM-03や10。高らかに鳴らすことで映画のテーマ曲のような達成感が得られるM-17や36や40。またM-26のようにファンキーに鳴らすことで王道感を出すことも出来る。
金管楽器は反則。
あとはトライバル風だったり、シンセをわざと安っぽく用いて時代性を出したり、SANTANAばりのきらびやかなギターを立てたりと、ヒップホップという狭い狭い狭い枠組みの中でいろいろ演っている。ただし、録り方を前述のニュースクール風の音質で統一しているので、散漫さは微塵もない。
またNASJURASSIC 5あたりのフレーズをサンプリングしたりと偉人へのリスペクトも忘れない。(蛇足ながらJFKのあの名言を茶化したりもしている)

好きなんだなあ、ヒップホップが。
これを温故知新と見るかパロディと見るかで、聴き手の音楽的スタンスが分かるっちゅーかバレるっちゅーか……モニュモニュ……。

Disc-1 (Rhymes)
M-01 Intro
M-02 Big Cat (feat. SYNATO WATTS)
M-03 Fitta Happier (feat. GUILTY SIMPSON、M.E.D.)
M-04 Smoke (feat. JONWAYNE)
M-05 The Lo
M-06 Russia With Love (feat. COIN LOCKER KID)
M-07 What Chew Want (feat. TONE TANK)
M-08 Flapjacksmm
M-09 Jobless (feat. QUITE NYCE)
M-10 Sidewinder (feat. BUFF 1)
M-11 Mummy (feat. DIVERSE)
M-12 Belly Of The Beast (feat. EMILIO ROJAS)
M-13 Up The Rovers
M-14 The Turk (feat. KING MAGNETIC)
M-15 There It Is (feat. THE CHAMPS)
M-16 RIP
M-17 I Like To Dance (feat. KRONDON、GENERAL STEELE)
M-18 Dark City Lights (feat. FRANK NITT)
M-19 The Beginning (feat. COIN LOCKER KID)
M-20 Kreem
M-21 War Drums (feat. PHAT KAT、GUILTY SIMPSON)
M-22 R.A.I.D. (feat. LYRIC JONES)
M-23 Fresh
M-24 Something Beautiful
M-25 Chicken Livers (feat. FC THE TRUTH)
M-26 Rock My Soul (feat. PRINCE PO)
M-27 Lost and Found (feat. ESTEE NACK)
M-28 My Mantra (feat. DAVE DUB)
M-29 Hunnypots Of Beeswax
M-30 TV Dreaming (feat. BOOTY BROWN)
M-31 Don't Make It Worthless
M-32 Soul Power (feat. DEAD PREZ)
M-33 Glide
M-34 Get Live (feat. COIN LOCKER KID)
M-35 Sign Language (feat. ALOE BLACC)
M-36 Earth Quaking (feat. AKIL)
M-37 You're Gonna Be Sorry
M-38 Outlaw (feat. DEED)
M-39 The Tax Man (feat. SAREEM POEMS)
M-40 Chucky Balboa (feat. SILVERUST)
M-41 Oh Goodness (feat. FINALE)
Disc-2 (Instrumentals)


2014年8月22日金曜日

NEUROSIS 「A Sun That Never Sets」


この道、もうすぐ三十年! カリフォルニアはオークランドの悪夢、2001年発表の七枚目。ペンシルヴァニアの地下音楽専門レーベル:Relapse Recordsより。
ジャケはシンメトリーの鬼:セルドン・ハント

基本線は重く暗い、バンド名が体を表す音世界。特級の鬱音楽である。
前作同様のアルビニ録音(スタジオも例の場所)らしさ溢れる、バカデカい音でボトムを支えしジェイソン・ローダーのドラム。ヘヴィ系にありがちなサウンドに埋没する縁の下の力持ち的存在とは一線を画す、くっきりとしたフレーズワークのベース:デイヴ・エドワードソン。この種のバンドにしては珍しい専任キーボード奏者として、サンプラーを駆使しつつバンドの裏で鳴りし効果的な音を一手に引き受けるノア・ランディス。それらを盾に、ソロ同様アコギを能くする底抜けに暗い歌声のスティーヴ・ヴォン・ティルと、喉を酷使した濁声を張り上げるスコット・ケリーの両ヴォーカル兼任ギターを立てた創りとなっている。
そこへ三枚目から非常勤ヴァイオリン/ヴィオラ弾きとして、バンドの退廃美を演出する色白ぽちゃメガネっクリス・フォースが必要に応じて音を重ねる、と。
暗く重く激しいだけではなく、音の鳴りを注視し、ジャンルの垣根を取り払う実験性も重視した理知的な作風だ。

そんな三枚目で確立した音楽性を毎盤アップデートしながら保守し続けている彼ら、今回は徹底して駆けない。元ハードコアパンク上がりならではの外連味ないファストナンバーは封印したものの、テンポが速めの曲はアルバム毎に演ってきた。
だが今回は徹底して低速。どろっと、ずるりと重々しく、遅い。まるで呪詛である。
ゆえにM-02を始めとする、静かに始まって、タメにタメて後半でバンド一丸となり音塊を爆発させる曲展開が彼ら史上最大の(負の)高揚感を発揮することとなる。
それにより、既に暗黒音楽の重鎮として君臨する彼らが、箔というか更なる名状し難き凄みとやらを付与出来た。
これはもう、彼らにとって一大到達点かと。
そのくらい実の伴った緊張感と、押し殺した迫力に戦慄する。
作風からして長尺になりがちなのだが、組曲としても聴ける13分にも亘る漢哭きの大曲:M-05の堂々たる創りからして王者の風格を醸し出している。しかもコレでアルバムを締めて『ねっ!? 俺たちって凄いでしょ?』といちびるのではなく、あえてアルバムの真ん中に配し、続くM-06では常に得意にしてきたトライバルな反復ビートの曲をインタールードのように用いて後続の喚起力を高める、大正義な進行も素晴らしい。

ファンによって傑作が変わる奥深きバンドだが、筆者としては揺るぎなきNEUROSISらしさが具現されたコレが頂点。
ずるずるどろどろ音楽は冗長で単調、なんて批判は浅はかだと本作で知るべきだ。

M-01 Erode
M-02 The Tide
M-03 From The Hill
M-04 A Sun That Never Sets
M-05 Falling Unknown
M-06 From Where Its Roots Run
M-07 Crawl Back In
M-08 Watchfire
M-09 Resound
M-10 Stones From The Sky
M-11 Dissonance (Bonus Track For Japan)

日本盤のみボートラ1曲追加。M-01のロングヴァージョンっぽいので、アルバムをリピートして聴くとループ感が味わえて吉。
それよりも、本作の全曲を映像化した(のと、別働隊がある部屋にて本作を大音量で鳴らしたモノを録音して、その録ったモノをまた同じように鳴らして、それを録音して……を最終的に三十回繰り返した)ブツがあるんだとよ。おお怖っ。


2014年8月20日水曜日

CHRIST. 「Cathexis Motion Picture Soundtrack」


元BOARDS OF CANADA:クリストファー・ホームの、2012年作・六枚目。
Benbecula Records閉鎖により、Parallax Soundsへ軒を移しての初アルバムで、シュテファン・ラーション監督が手掛けたアニメのサントラとなる。

強烈にアート臭い形而上的なアニメの導入曲ということもあってか、想像を掻き立てやすいアンビエントトラックが多め。M-04でようやくビートを敷いた曲になる。
後は歯切れの良いブレイクビーツで軽快に進んだり、キックで拍を取るだけの上モノ任せな感じでまったりしたり、ノンビートで御想像通りのぼわーっとした背景音を立ち籠めたりと、何だかんだでソレっぽく料理している。
元々、地味なパーツをテクスチャで活かす才に長けた人。上モノの出来は言わずもがな。アンビエントなど得意中の得意であろう。最後のM-11、スタッフロール映えしそうなアルバム総決算っぽいブレイクビーツトラックで締めるのも良い。
また、元からメロディを軽んじない人。アニメはあんなんだが、劇伴まで難解そうだなと身構える必要は一切ない。
彼は彼。普段通り。相変わらず。

――と、ニカクリエイターらしからぬ作風の継続性が売りの人。特にこれ以上書くことはないと言えばないのだが……強いて挙げれば生成された音色がやや平べったい鳴りになったような気がする、Benbecula期よりも。
ま、機材を変更したなどの記述を確認出来ない以上、あくまで筆者の感覚なのであしからず。無論、元々ゴージャスな作風ではないので安っぽくなろうがCHRIST.らしさに何の陰りもないのは論を俟たない。

派手な主音を立てて、一発豪打で大量得点! ではなく、軽打と進塁打を地味に重ね、守り抜いて勝つニカを推進するクリス・ホーム。コレ以降、活動拠点を失って沈黙状態だったが、そのままフェイドアウトせずに戻って来てくれて、本当に良かった……!

M-01 Eternity In Our Lips And Eyes
M-02 I Have No Mouth
M-03 Indrid Cold
M-04 Zeroth Law
M-05 Epoch Six
M-06 Twynned
M-07 Need Between The Station
M-08 Singular
M-09 Ehaye
M-10 We Two Are One
M-11 Kardashev Type One


2014年8月18日月曜日

RIOW ARAI 「Survival Seven」


タイトル通り七枚目、2006年作品。

三作目あたりから見えだした己の方向性の許容範囲内で試行錯誤しつつ、その一方でじわりじわりとその音楽的テリトリーを広げて来た彼だが、今回は本質的な進化があまり感じられないように思える。
巨人丸太で拍を刻むかのような、いびつでバカデカいビート。作為的な音色でぶっとく鳴らす細切れのベースライン。ワンショットを軸に(ループがないとは言っていない)構成した、メロディを欲しがらない上モノ。忙しなく左右にちらつかせる音響工作。イントロ(M-01)で開けて、メロウな曲調でアウトロ(M-11)のように閉めるアルバム構成。
M-06のようなインターリュードを初めて組み込んだからとて、新機軸と触れ回るほどではないでしょうに。

ただ本作はこれまでの〝アルバムをリリースするという研究〟の成果を総括した作品であると考えれば合点がいく。
三作目のような音割れ上等のビートで攻め、四枚目のように聴き込むとより楽しい工夫が仕込まれ、五枚目のようにその効果を分かりやすく向上させ、六枚目のようにヒップホップフォーマットに近付いてノリを良くしたアルバムがコレ。
正しくコレ、良いトコ取り。
うわコレ、もしかして最高傑作じゃね!?

――と、皆に思われていないらしく、地味な扱いを受けている(よう見受けられる)本作。各トラックの出来もいつもながらおしなべて良いのに。
おかしい、こんなことは許されない。
とは言いつつも、いろいろ産みの苦しみを味わいながら確実に何かを掴んでいく、彼の他の作品の方に魅力を覚えていたり。逆に比較的安定感のある彼は、本作のようにあるべきだと思ってみたり。

M-01 Intro
M-02 Slide Slender
M-03 Electro Smash
M-04 Plus Alpha
M-05 Death Breaks
M-06 Mid-Day
M-07 Fundamental
M-08 Criminal Groove
M-09 BeatCast Yourself
M-10 Survival seven
M-11 Over Circle
M-12 Dead Or Alive (Inst.Version)

M-12は前年に発表したNONGENETIC(SHADOW HUNTAZ)とのコラボ作品収録曲のインスト。一応、ボートラという枠組みだが、日本盤しかフォーマットがない


2014年8月10日日曜日

DEATH GRIPS 「Money Store」


HELLAのクレイジービーター:ザック・ヒルと、ココでもツルんでるアンディ・モリンの2トラックメイカー、怪人:ステファン・バーネットの1MCからなるイカレヒップホップトリオのデビュー盤、2012年作はメジャーのEpicから。
ジャケはご覧の通り、HENTAI文化などのキワモノ系題材を嬉々として弄り倒す露悪趣味な作風のスア・ヨー。(セクシャルマイノリティ擁護のメッセージ? 知らんよ)

安くて鬱陶しい音色を撒菱の如く散りばめる、ライヴではシンセ担当のモリン。M-02ではいつもの詰め込み過多なビートを披露しているが、全体的にはタメを利かせたそれに終始している、ライヴでは生ドラム担当のヒル。この二人が耳障りでブリーピーな音色を、寄って集ってエフェクト掛けまくり、ディレイしまくり、フィルター掛けまくる――無論、バーネットのラップへも。おまけに無配慮なワンショットも、明らかにラップの邪魔をするタイミングでぶち込みまくる。
以上、聴き手の脳裏にこびり付けるためには手段を選ばない、並のラッパーなら存在が消し飛んでしまうくらいがちゃがちゃした上モノとボトムに対し、この見るからにヤバそうなタトゥー塗れの狂犬は、渡り合うどころか完全に手の内に入れているのではないかと思えるほど馴染んでいる。
何なんだこの存在感は。
そんなバーネットのラップスタイルは基本、オラオラ系。あまり韻にはこだわらず、リリックの内容も特に意味はない。だが抜群の声量と栄えるトーンから繰り出されるフロウは、ボクサーのような彼の肉体同様に強靭かつ、押し殺した声色で目先も変えられるしなやかさも有している。

はちゃめちゃなようで、本人はきちっと第三の目で自我を見つめている。本作が意外とバランス感が取れていて分かりやすいのも、彼が突き抜け過ぎていないお蔭かも知れない。(突き抜けていたらこのアルバム、どうなってたか……)
よくこんな逸材を拾って来れたな、と言わざるを得ない。(イメージが崩れるので伏せ文にするけど、彼はヴァージニア州のハンプトン大学で視覚芸術を学んだ知性派でもある)

三者三様のうっざいうっざい個性が三位一体となって共存共栄し、聴き手の耳へ波状攻撃を仕掛けてくる奇跡の一枚。
激烈なインパクトから勢い任せに聴こえるので、各々の背景より漂うアート臭さが相殺されているのも良い。

M-01 Get Got
M-02 The Fever (Aye Aye)
M-03 Lost Boys
M-04 Blackjack
M-05 Hustle Bones
M-06 I've Seen Footage
M-07 Double Helix
M-08 System Blower
M-09 The Cage
M-10 Punk Weight
M-11 Fuck That
M-12 Bitch Please
M-13 Hacker


2014年8月8日金曜日

BEAK> 「Beak>」


PORTISHEADのジェフ・バーロウが満を持して発動させた3ピースのデビュー盤。コレから一年(半)後の2009年発表。
レーベルはもちろんバーロウのトコ。また、米盤はパットン将軍のトコでお世話になっている。嫌な繋がりだなあ(ニヤニヤ)。

他のメンバーはGONGAやCRIPPLED BLACK PHOENIXなどに顔を出していたキーボード奏者:マット・ウィリアムス、FUZZ AGAINST JUNKのベーシスト:ビリー・フラー。どちらもInvadaで厄介になっていた面々だ。
なお、バーロウはドラムを担当しているらしい。いずれもクレジットはないが、ともかく各々のメイン楽器はこんな感じらしい。
そんな彼らが鳴らす音は、ブリストルらしいダビーで薄暗いトリップ音楽。しかも上記の通り、バンドサウンド。
一口にトリップ音楽と言ってもいろいろあるが、軸は反復反復アンド反復のクラウトロック。単音でねちっこくまとわり付くベースラインが如何にも酢漬けキャベツ。そこへたまにパターンを崩すが(モタっているという説がある)一切難しいことをしないシンプルなドラムが這い、カビが生えたような音色のハモンドオルガンが乗る。コレが基本路線。
おおむねインストだが、M-02、03、10、11のようにぼそぼそっと歌う曲もある。誰によるものかさだかではないが。
ただ、この路線を貫徹する訳ではなく、M-03、M-11のようなOMばりにベースにファズをかけたギターレスなゴリゴリスラッジ曲を演ってみたりもする。M-05のようなギターサイケデリア舞い散るシューゲイザーっぽいこともする。M-07みたいに即興風味の効いたサイケ曲も演る。M-09のようにガピーガピーうるさいハーシュノイズ曲もある。最後を飾るM-12など人力ミニマル曲だ。ちなみに、たぶんフラーがウッドベースを弾く曲もある。
節操がない、と言うのは簡単だが、どれも聴き手や演り手が音を媒介して陶酔するためにプレイする類の音楽に終始しているので、語弊はあるが統一感がある。

と言うかこんなダビーな音像で、それほど演奏技術を追い求めず、不気味でエッジの立ったバンド、あったなあ……。
そうそう、THE POP GROUP!! ブリストル出身の!

M-01 Backwell
M-02 Pill
M-03 Ham Green
M-04 I Know
M-05 Battery Point
M-06 Iron Action
M-07 Ears Have Ears
M-08 Blagdon Lake
M-09 Barrow Gurney
M-10 The Cornubia
M-11 Dundry Hill
M-12 Flax Bourton


2014年8月6日水曜日

PORTISHEAD 「Third」


二枚目が発売されたのは1997年。ライヴ盤が発売されたのは翌年の1998年。
三枚目の本作は2008年発表。何やってんの!
その間、メンバーはそれぞれ、別活動をしたり、レーベルを立ち上げたり、誰ぞのプロデュース客演をしたり、誰ぞのトリビュートアルバムに参加したりしていた。貢献度の高いサポートメンバーを正式加入させたりもしていた。

お陰で十年も経てば音楽性も変わるわな、と思わせるに十分なアルバムとなった。

一言で語れば〝より器楽的になった〟。
元からリズム楽器以外は一通りこなす、晴れて正式メンバーとなったエイドリアン・アトリー(メイン楽器はギター)が居る。司令塔のジェフ・バーロウも生演奏に熱心だ。シンガーのベス・ギボンズはデビュー前、パブでアコギを抱えてブライアン・アダムスの弾き語りをしていた過去を持つ。あと他に、ライヴではおなじみのジョン・バゴット(Key)やジム・バー(Ba)やクライヴ・ディーマー(Ds)だって居る。
アルバム全体像が、おそらくバーロウがドラムセットに向かって叩いたビート(ちなみにあんまり巧くない)をループさせる手法を採っているのだから、彼らがブレイクビーツ音楽から一歩踏み出したと考えるべきだ。
(その一方でわざとらしいほどに打ち込み臭いM-08をリーダートラックに据える、一所に収まりたがらない食えなさも健在)

ならどのような形で、PORTISの持ち味を損なうことなく器楽的になったのか。
まずは、ブレイクビーツという反復音楽とは意外にも好マッチングを見せる、ドイツが生んだ音楽魔境・クラウトロックへの接近だ。メロディに頓着しない音色や、単音旋律の多用、機と見るに意地でも反復を維持する(オスティナート)やり口はココから拝借したようである。
その一方で、聴き手が仰天するほど意外なカードも含ませてきた。バーロウがライヴを観て『PUBLIC ENEMY以来の衝撃だった』と語るSUNN O)))、EARTH、OMなどの重低音サウンドを能くするバンド群からの影響である。
M-02、05、09、11のようなダウンチューニングのギターを、曲の立ち上がりでどろーんとぶち込んでくる恐れ知らずな手法は、陰鬱さをモットーとするPORTISと絶妙な相性を醸し出す。線の細い声質ゆえにバックに力負けするかと思われたベス姉さんの歌唱も、儚さを以って対抗することで、インスパイア元に依存しない新たな魅力も獲得出来た。
バーロウ、慧眼! と言わざるを得ない。(蛇足ながらベス姉さんは彼よりも年上である)

ただし、非常に地味でとっつきの悪いアルバムなのは否めない。ただでさえ暗い音楽性なのに、クラウトロックやスラッジコア色を入れてみましたでは人を選ばない訳がない。一聴で聴き手をがつんと持って来れない。
恥ずかしながら筆者も発売当初、『コレ、練り過ぎでパッション失われてね? つかコレで一番良い曲ってウクレレ一本で歌われる小曲のM-07じゃね』とか公言していた輩であった。
だが生み出した二枚のオリジナルと一枚のライヴ盤全てが傑作と謳われるような才の持ち主が、何の工夫もない如何にもし難い凡作を長い長い長い長い期間掛けて創るはずがないだろうと。
つまり旨味のじっくり染み込んだ、かったいかったいスルメなので、強靭な顎を以って何度も何度も噛んでくださいと。

筆者の顎と掌はもうがくがくデス。

(2011/5/11執筆文を大幅改筆)

M-01 Silence
M-02 Hunter
M-03 Nylon Smile
M-04 The Rip
M-05 Plastic
M-06 We Carry On
M-07 Deep Water
M-08 Machine Gun
M-09 Small
M-10 Magic Doors
M-11 Threads


2014年7月16日水曜日

ONEOHTRIX POINT NEVER 「Replica」


Warp移籍に乗じて一気に知名度を上げた、ブルックリン出身:ダニエル・ロパーティンの2011年作、五枚目。Mexican Summer傘下で自ら興したSoftware Recordsより。
気になるこの不気味なアートワークは、パルプフィクションなんぞの挿絵で糊口を凌いでいた不遇の絵師:ヴァージル・フィンレイ。

〝ヴェイパーウェイヴ〟なる音楽をご存知だろうか? 日常で流れている当たり障りのないフレーズを(アイロニー含みで)コラージュしてトラックを組み立てる、何とも露悪的な代物をこう呼ぶ。生活音や自然音を録り込んで利用する〝ムジークコンクレート〟とは似て非なるモノだ。
さて本作はロパーティンが100ドルで、昔のCMがふんだんに詰め込まれたDVDを買ったところから端を発している。言うまでもなく、コレを素材にアルバム一枚ヴェイパーウェイヴってみよう! となる訳だ。その発想が理解に苦しむ。
もちろんこのDVDから盗んだ拾った数あるパーツのみで構成した訳ではない。そこへ、ロパーティンがシンセ音色を当てはめて融合する形を取っている。彼はこれまた数あるシンセ音色の中でもクワイヤ(模擬コーラス音色。荘厳な雰囲気が出る)を好みがちなので、何となくどれか分かるだろう。

ただ、分かるからと言って、どこまでが件のDVDをサンプリングした音色で、どこからが彼がシンセで生成した音色か? と問われたらどう答えるべきなのだろう。
『ンなコトどーでも良いよー』と思考停止するのも快楽主義的に悪くない。『いや、これは分析する価値ありますぞ!』なんてメガネクィッとするのもスノッブで俗っぽくて悪くない。
このアルバムのキモは現実(ロパーティンのシンセ音色)と虚構(DVDからのサンプリング)の境界線が曖昧になっているところにある。
アルバム一音色が注ぎ込まれたM-03のDVD音色含有率は如何に、とか。〝Up!〟と無機質にループさせた声ネタの底で、彼の作品としては珍しく用いられているパーカッシヴなビートはもしやサンプリングなのでは? とか。M-09に浴びせられたヘンテコなループ群はもしやヴィデオゲームから持ってきた(ちなみに彼はヌルゲーマー)のかという以前にトラック半ばで入る血の通いが薄い少年少女合唱音色は本物なのかクワイヤなのか? とか。
こうして疑念が生じてくると、M-05の主音であるピアノすら、どこの馬の骨の音色かも分からなくなってくる。
いや、そもそもロパーティンの浮遊感漂うシンセ音は現実を意味しているのか? むしろかつてTV番組の合間で確実に存在していたDVDの方が現実感あるぞ、とか。

このような現実と虚構の狭間で揺れ動く感覚、堪らんね。
ロパーティンはアンビエントちっくな長音を能くするので、意識を集中させると相乗効果でお手軽なトリップ感覚が得られる俗っぽいアルバム。
おやおや、やっぱりこの人の本質って露悪主義だわ。

M-01 Andro
M-02 Power Of Persuasion
M-03 Sleep Dealer
M-04 Remember
M-05 Replica
M-06 Nassau
M-07 Submersible
M-08 Up
M-09 Child Soldier
M-10 Explain


2014年7月14日月曜日

JOE VOLK 「Derwent Waters Saint」


ストーナーロックバンドのGONGAや、ジャスティン・グリーヴス率いるCRIPPLED BLACK PHOENIXなど幅広いバンド活動を展開していた(現在無所属)、英国はブリストルのシンガーソングライター(SSW)、2006年の初ソロ。
レーベルはPORTISHEADの首魁:ジェフ・バーロウ主宰のInvada Records。その相棒のエイドリアン・アトリーがプロデュースを手掛け、彼の自宅でレコーディングからミキシングまで執り行われた。

音世界は大方の予想通り、フォークソング。得意のアコギを抱えて、ぼそぼそっと歌う。どことなく儚げで、何となく物悲しくて、ちょっぴり優しい彼の歌唱だが、バッキング如何では無残に当たり負けしてしまうタイプなので曲調は選ぶものの、ハマればじわじわと聴き手の寂寥感を掻き立てる麻薬と化す。
もちろん彼のみの弾き語り曲もあるが、その他は軒並みアトリーが様々な楽器で彩を加えている。またゲストもちょぼちょぼ呼んでおり、お馴染みPORTISHEADのサポート鍵盤弾き:ジョン・バゴット(M-02)に、ブリストルの女性SSW:ラーシャ・シャヒーンがベースで(M-01、08)、GONGAのドラマー:トム・エルギーがハーモニカで(M-09)、脇を盛り立てる。

そんな当アルバムは基本、彼のこの煮え切らない声質を立てた哀歌なのだが、このブログ的なキモはそこではない。
皆さんは〝バイノーラル録音〟をご存知か。
要は臨場感と生々しさに特化した録音方法なのだが、本作はどうやらコレで録られている様子。ヘッドフォンをご用意いただきたい。
目を閉じればそれはもう、ヴォルクが貴方のすぐ傍で弾き語っているような気にさえさせられる。むしろヴォーカルに至っては、直接耳元で囁いているかのような近さだ。
無論、ピックがフレームに当たる音、左指がフレットを滑る音どころか、さーっと鳴り続けるヒスノイズまで余さず拾っている。
これはプロデューサーのアトリーによる妙策と、筆者は判断する。地味でか弱い部分がヴォルクの長所でもあるのだが、あえて聴き手の目の前にでんと置いて全面フィーチャーすることでその長所が脳裏に焼き付くぐらい鮮明になる(親近感すら湧くかも知れない)。その上、このしつこくない特性なら鬱陶しく感じようがない。

最後に重要なことを。
こんな地味ーィな彼が様々な有力クリエイターにフックアップされて、こうしてソロアルバムが切れるのも、この作品に集められたような良質な楽曲が書ける――裏付けのある能力を有すがゆえ。
僥倖なんてこの音楽界にはないのだよ。

M-01 You, Running
M-02 The Sun Also Rises
M-03 Dwarf Minus
M-04 Thaumaturgist
M-05 Lanfranchis
M-06 Toecutter (Our Lady)
M-07 Farne
M-08 Watching The Crest
M-09 Whole Pig, No Head
M-10 This Vehicle Is Moving
M-11 The Weir


2014年7月12日土曜日

S.E.V.A. 「S.E.V.A.」


カリフォルニア出身:MUMBLESことマシュー・フォウラーと、GONE BEYONDことダーヴィン・ブガスからなるブレイクビーツデュオの2005年作品。
地元の有力インディーズ:Mush Recordsより。

ユニット名は〝Spirit Evolves Via Awareness(魂は意識により発展する)〟の略。また〝Seva〟だとサンスクリット語で〝献身的な奉仕〟を意味するらしい。
おまけにインナーのサンクスリストでは、二人とも真っ先にそっち方向の導師を挙げている。
スピリチュアル系っすなあ! カリフォルニア産はこんなんばっかだ。
これで自己啓発的なリリックを乗せたヒップホップでも演らかしてくれちゃったら即フリスビーなのだが、インスト系なので大丈夫! ご安心を。

となればどんな音世界か、予想も絞れてくるはず。
ダビーで湿ったアブストラクトど真ん中の音像に、中東風(ボートラのM-14はさり気なく和風)の音階や楽器が幅を利かす。トラックによってはタブラなどの打楽器が副音として効果的に働いているので、トライバルな雰囲気もある。
その一方でMUMBLESの父がジャズミュージシャンということもあってか、ジャジーな彩が強いトラックも多い。
その異なる二色がトラックごとに塗り分けられ、たまに混じったりしながら、淡々とアルバムは進んでいく。(当たり前のことだが)録り方は統一されているので、音楽性剥離による違和感は全くない。それどころかMUMBLESの背景とバックボーンが一枚に封じ込めているがゆえに、両者の食い合わせは非常に良い。
よって、いつの間にか約一時間のランタイムが過ぎていることだろう。

スピリチュアルでジャジー、となれば自ずと地味な作風になるが、それも旨味であると。
オーソドックスなブレイクビーツ音楽は今となっては古臭いが、それも旨味であると。
聴き手がたたずむ空間で流しておいても邪魔にならないクォリティこそ、この手の音楽に求められる品質なのだろうと。

M-01 Spirit Evolution
M-02 Event Horizon
M-03 Suspended Animation
M-04 In The Tiger's Mouth
M-05 The Eternal Self-Knowledge
M-06 Stonehenge
M-07 The Tides Of Titan
M-08 Sun Shining / Eclipsed
M-09 Love & Devotion
M-10 Collective Thoughts
M-11 Soul Surgery
M-12 Awareness Is Openness
M-13 Balet Mechanique (Bonus Track For Japan)
M-14 Sleeping Beauty (Bonus Track For Japan)


2014年7月2日水曜日

FOUR TET 「Pause」


そういや書いてなかったね……。
FRIDGEの才人:キエラン・ヘブデンのソロ二作目。2001年作。
レーベルは本作より、本体と共に移籍したロンドンのDomino Records

琴に似た音色(ねいろ)、アコギ、更に逆回転音色、それらにスネアをリムショットで取ったブレイクビーツ――生っぽくて、でも作為的な、摩訶不思議FOUR TETワールドの雛型のようなM-01から始まる。
それから、軽快なビートにアコギやウィンドウチャイムや小刻みな声ネタを被せつつ、さり気なく高らかに鳴らしたトランペットでアクセントを取るM-02あたりで、聴き手の予想と期待を裏切らない展開に小さくガッツポーズをするか、渋い顔をしてスカしたままか――その者の感性の品性が問われる。

つまりかなり有体な作品だと思う。
その割にはヘブデンらしく音遊びがそこかしこに仕込まれているのだが、特に着目する必要のないくらい普遍的な創りがなされている。各トラックで、まず何を聴かせたいかはっきり意識付け出来ているせいだ。
そのため、ニカ入門者にはうってつけのブツかと思われる。
だが前述の音遊び――逆回転音色の多用、執拗なディレイ、即興風味の卓加工、部分的に用いるダビーな音像、ひょうげた声ネタ、無意味な生活音のサンプリング、などなど――を効果的に当てはめたせいか、聴くたびにいろいろな発見がある奥深き作品でもある。
『なーんか当たり前ーなニカだよなー』と斜に構えてるアータ、ちゃんと聴いてごらん。結構ハチャメチャだよ。

この絶妙なバランス感覚こそが、彼をトップニカクリエイターに押し上げた要因であろう。

後にみんなが取り入れ、普遍的な手法となる〝生音折衷打ち込み音楽(フォークトロニカ)〟のFOUR TETとしての完成度は次作に譲るが、こちらだって負けてはいない。
でも、今となってはちょっと古臭いのかなあ。小気味良くて良いモノデスヨ、古き良きブレイクビーツを敷いた打ち込みは。

M-01 Glue Of The World
M-02 Twenty Three
M-03 Harmony One
M-04 Parks
M-05 Leila Came Round And We Wached A VIdeo
M-06 Untangle
M-07 Everything Is Alright
M-08 No More Mosquitoes
M-09 Tangle
M-10 You Could Ruin My Day
M-11 Hilarious Movie Of The 90s


2014年6月30日月曜日

FROM FICTION 「Bloodwork」


カナダはトロント出身の四人組、唯一のアルバム。2006年作。
録音技師はかのスティーヴ・アルビニ。無論、シカゴにある彼所有のElectrical Audioにてレコーディングされた。

音世界は刺々しいマスロック。かなり荒っぽい上に、嫌みのない程度に複雑な展開を志向しているので、マスコア扱いを受けて然るべき存在かと思う。(蛇足ながら両者はルーツからして似て非なるジャンルなので、混同しないよう注意されたし)
自由闊達なインストM-02以外は、投げやりなんだかヤケクソなんだか分からないヴォーカル入り。左右から違う音のギターが聴こえるので、おそらく兼任だろう。また、M-06の静かな出だしで併せているたぶんリラグロッケン(鼓笛隊でよく見る、歩きながら鳴らせる鉄琴)以外、すべてギター二本+ベース+ドラムで音を賄っている。

さて、そんな彼らの軸はざらついた金属質な鳴りの二本のギターワークなんだろうが、そこはアルビニレコーディング。真中中央に配置されたドデカイ音のドラムが幅を利かせまくる。頻繁にリズムチェンジするのに、この手の音楽性にしては鋭い突起物でざっくざく刺しまくる切れ味鋭いテクニシャンタイプではなく、鈍器でがっつがつ殴りまくる漢臭いビートを身上としているのも面白い。
小声で言わせてもらうがこのドラマー、ごく稀にモタったりしているのだが、おそらく生々しい音を録ることに血道を上げているアルビニが黙殺したものと思われる。なおこのドラマーの名誉のために付け加えると、良いタイム感を有する手練れだと上から目線で筆者は評価している。
ただこの類のバンド、門外漢には『曲展開が複雑で意味分かんない』と敬遠され、好事家には『どのバンドも似通ってて個性出しづらいよね』としたり顔されがち。だが彼らは曲展開に変態ちっくなあざとさがなく、むしろ流麗ですらある一方、アルビニに背中を押してもらった持ち前の馬力も相俟ってスリリングかつ喚起力のある演奏が存分に味わえる。オリジナリティがあるとは言わないが、良いバランス感覚を有していると思う。
でもまあそのゥ……ヴォーカルが演奏に埋もれていて弱いと言えば弱いのかも知れないが、がなりまくって吼えまくって何を歌ってるのか分からないタイプではないので、へヴィミュージック耐性のない聴き手を取り込みやすいのでは。

ただし、残念ながら彼らは本作を発表する前年、既に解散してしまっていたらしい。
今回は情報がなさ過ぎて困った。でも銀盤という名の記録は永遠に残り続ける。

M-01 Tumult
M-02 Terry
M-03 Patterns In Similar Static
M-04 Nnii
M-05 Laywires
M-06 Q In The G (Cue Indigee)
M-07 Quagmire


2014年6月10日火曜日

REMINDER 「Continuum」


THE ROOTSからTOWN AND COUNTRYまで、縦横無尽にシーンを駆け回るジャズベーシスト:ジョシュア・マイカ・エイブラムズの一枚目。2006年作。
多作家:スコット・ヘレンが一枚咬んでいるEastern Developmentsより。

1曲目から彼の主楽器であるウッドベースのまろやかなフレーズが耳に心地良いジャジーなトラックだが、ほぼイントロ扱い。本作を象徴していない。
基本線はボトムにブレイクビーツを敷いたインストだが、M-05と06ではゲストラッパーを迎えている。しかもM-05は奥まった場所に配置しているラッパーから、初期THE ROOTSを想起させるトラック。逆にM-06ではその彩をまるで感じさせない、少年声のラッパーに合わせた音色使いが何となくひょうげたトラック。
また、M-03では今を時めくタイヨンダイ・ブラクストン(元BATTLES)が例の多彩な声ネタ多重録音で参加している。
更にM-04と10は、後にエイブラムズとマズレク大将のプロジェクトで共闘するフルートのニコール・ミッチェル、クラリネットのマット・ボウダー(M-04のみ)を招いて、トラックの良きスパイスとしている。(余談だが、ミッチェルとボウダーはやはり後ほど、タイヨンダイ・ブラクストンの父・アンソニーのプロジェクトにお呼ばれしている)
その一方でM-12など、やけにジャズジャズしいブレイクビーツで、しかもどっかで聴いたことがあるギターフレーズだな……と思っていたら、やはりマズレク大将周りで大活躍する現TORTOISEのジェフ・パーカーのソロ作から〝Toy Boat〟をチョイスし、リミックス(+改題)した代物。

つまり、雑多だと。

ただ、ほぼ全曲にブレイクビーツを敷くことで〝いろいろ演れるトラックメイカー〟と印象付けられてるのが本作の強み。本職はウッドベース弾きなのに。
いや、ベース弾きだからこそ、ボトムラインが非常に野太いのも本作の強み。
多彩だけど芯のしっかりしたトラックが組めて、多彩で豪華なゲストが呼べるのも、多才なエイブラムズならでは、ということ。

M-01 New Spells
M-02 On Rooftops
M-03 Of Light
M-04 Tranqui
M-05 Leave What You Come With
M-06 Pinheiros Message
M-07 Telepathic Part I
M-08 Spectral Robbery
M-09 Ten Paces
M-10 As Its Falling
M-11 Now I Disappear
M-12 Terradactyl Town
M-13 Dri
M-14 Untitled (Bonus Track For Japan)


2014年6月8日日曜日

BIBIO 「The Green EP」


六枚目から、本人お気に入りのM-01をフィーチャーした、2014年作のEP。
EPなので、ボートラ含んでも三十分満たないランタイム。

嬉しい、M-01以外は全て未発表曲。
さて、Mush Records期を思い起こさせるM-01を立てた創りなら、後続の曲もその路線に準ずるのが〝流れ〟と言うモノだ。つまり、未発表曲を詰め込んだ安易な作品ではないと言うコトだ。
さあ、ゆったりと流れる調べに身を任せ、たゆたおう。

あのテレコ音像が強烈なレトロ感を醸し出すM-02(LETHERETTEの片割れとデビュー前に録った音源らしい)、本編の流れを汲む弾き語り曲のM-03と、本編収録曲〝Wulf〟の別ヴァージョンにあたるM-04まではあっさりとした小品。
M-05からようやく本編と言って良い、あの儚くも優しい歌声入りのトラック。終盤は歌が止み、甘いアコギの音色を愛でつつ、くぐもったトーンのビートを併せて締める。
M-06はM-02や04よりしっかりとした構成のインスト。乾いた音のエレクトリックギターや、表・裏の拍を単調に取るカウベルとタンバリン、それとは別個に存在する何となくジャジーなビート――の背後で揺らぐシンセがどんどん幅を利かせてゆく佳曲。
で、ボートラのM-07は各音色に強いフィルターを掛け、まどろんでEPを締める。
そんな流れ。

とりあえず本作が彼の今後の展開を示唆しているとは考えづらい。本人が、M-01を中心に据えるべく手持ちのアーカイブを漁り、相性重視で並べてみた、と語っている通りの内容だと思う。
だからこそ、おかわり盤としてはこのくらいあっさりしてた方が腹八分目で良いかと。
無論、コレをお試し盤にすれば、肝心の本編が気になること請け合いかと。

M-01 Dye The Water Green
M-02 Dinghy
M-03 Down To The Sound
M-04 Carbon Wulf
M-05 A Thousand Syllables
M-06 The Spinney View Of Hinkley Point
M-07 Vera (Bonus Track for Japan)

CDは日本盤のみ(ボートラ付)。輸入盤はアナログのみだが、タイトル通りのグリーンヴァイナル盤なので、得した気分になれればそちらでも。


2014年6月6日金曜日

FILA BRAZILLIA 「Dicks」


2004年九月に発表された、十作目で最終章。自家醸造
『何ておげふぃんなタイトルざましょ!』と顔を顰めた貴方はいかんでしょ。フランス語で十を表す〝Dix(ディス)〟を英語読みにしただけデスヨ。ただ、ケース表面に貼ってあるステッカーには〝You Have Fila Brazillia's Dicks In Your Hand〟なんて刻まれているので、そういう方の意味もあるんデスケドネ。

内容は相変わらずの、ちょっぴりもこっとした音像で鳴らされる、気にならない程度にダサいブレイクビーツ系ジャズファンク。やけに曲数が多いのは間曲を含んでいるため。その上、各曲も若干短め。また、前作同様トラックギャップがなく、DJミックスのような聴き方も出来る。
さて、その前作からたった三か月しか経っていないこの作品。音楽性など変わりようがないだろう、と言う傾向論、一理ある。
だが、そうでもなかったりする。

本作は何となくヒップホップっぽい。
ブレイクビーツ音楽はヒップホップから派生したものだ、なんて身も蓋もない意見は捨て置いて、ヒップホップやエレクトロの彩が強い。
先述のDJミックスっぽさや、声ネタなどワンショットの安易な挿み方、皿をスクラッチする音(おそらく模擬音)、ヴォイスパーカッションを用いたトラック、上モノとボトムのベタな絡ませ方など、ヒップホップ様式にすり寄った創りとなっている――
あくまでFILA流を残したまま。
こうなったら間曲もスキットぽくして、メーンメーンファックファック喚き合って――しまっては英国紳士の矜持はどうした! という話になってしまうので、何でも演り過ぎは良くない温いのは身体に良いなんて結論に落ち着く。

ただ、何でこうしてしまったんだろう? なんて疑問も浮かぶ。

あくまで憶測だが、前作制作時あたりでメンバーのスティーヴ・コビーとデイヴィッド・マクシェリーとの間に深刻な音楽的溝が生まれてしまったのかも知れない。
コンビ解消秒読み段階だが、二人で創ったマテリアルは中途半端に残っている。一トラックとして成立していないモノも多い。
ならミックスCDっぽく繋ぎ合わせて半端っぽさを拭い、とっととリリースしてしまうことで、お疲れさん今までありがとなまたクラブで会ったら酒でも飲みながらバカ話でもしようぜ、って意味なのかも知れない。
もう一度書くが、これはあくまで憶測だ。

このような語り口だと〝どうでも良い作品〟扱いを受けてしまいかねないが、小粒なもののFILA的守備範囲内でヴァラエティに富んでいて、出来はすこぶる良い。
むしろ未発表曲集にするより、よっぽどクラブ系っぽいやり口ではなかろうか。

最後に、本作の装丁デザインはかのThe Designers Republic。この簡素っぷりが終焉を浮き彫りにする。だってブックレットを開くと五ページ〝(書くこと)Nothing〟だぜ?
ちなみに上の画像は裏ジャケにあたる。ブックレットになっている本来のジャケは、同様のピンク地で収録曲のタイトルが羅列されているだけなのでお察し。

M-01 An Impossible Place
M-02 Sidearms And Parsnips
M-03 Shellac
M-04 D'Avros
M-05 The Great Attractor
M-06 Kiss My Whippet
M-07 Ballon
M-08 Lullaby Berkowitz
M-09 The Cubist News
M-10 The Goggle Box
M-11 Heil Mickey
M-12 Doggin'
M-13 708-7606-19
M-14 ...And Flesh
M-15 Curveball For The 21st Century
M-16 The Hull Priests
M-17 Sugarplum Hairnet
M-18 Furball Shindig
M-19 The 3rd Tendril Of The Squid
M-20 We've Almost Surprised Me
M-21 V.D.
M-22 Nutty Slack
M-23 Septentrion


2014年5月24日土曜日

HIMURO YOSHITERU 「Where Dose Sound Come From?」


なにげに十五年以上のキャリアを持つ、大分県出身のヴェテランニカクリエイター:氷室良晃の六枚目。2010年発表。

彼のデビューは1998年FREEFORMトム排出輩出したロンドンのWorm Interfaceから。何と逆輸入クリエイターだったりする。
現在は日本のレーベルを転々としながらもコンスタントに活動を続けているが、音楽性は変わらず忙しない。とは言え、初期の作品を今聴くのは猛烈に恥ずかしいらしい。
デジデジしい上モノをがちゃがちゃ引っ掻き回し、アタックの強いビートをケンカ腰に叩き込んでくる、チップチューンばりの安さに、コーンウォール界隈が演るドリルンベースばりの粗雑さを加えた音楽性は未だ健在。M-05あたりがその頃を垣間見せてくれる。

ただ、これがワイや! と開き直り続けず、原型を残しつつも老練していった点に、彼の高い学習能力を感じ取ることが出来る。

本作におけるトラックはいずれも予期せぬ展開に満ちている。それを支えるのは、変幻自在の打ち方で独特のずれ感覚を演出する卓越したビートセンスだ。
速いBPMでがんがんぶっ飛ばしたかと思えば、後半ずるりとテンポを落として電池切れを待つかのような終わり方もする。シャツのボタンを掛け違えたような裏打ちビートが、やがてオーソドックスなブレイクビーツや四つ打ちへと整っていくのかと思いきや、結局はサボってみせたりもする。まるでDJプレイさながらにビートをシャッフルしまくって、崩壊一歩手前でぶった切ってみせたりもする。
またトラック構成も異質で、前半と後半がまるで様相の違う二層構造も多い。M-04などその代表格で、終盤に突如としてノークレジットの男声レゲエディージェイが割り込み、我が家の如く振る舞う暴挙も。
無論、破壊衝動よりもメランコリックな彩が強いトラックも存在する。また〝破壊〟美ではなく、シンセを効果的に使った純粋に美的なトラックもある。

この通りハチャメチャなのだが、そこかしこに計算が見え隠れする。これ以上音色を崩したら何が何だか分かんなくなっちゃうとか、ここらでトラックを終えとかないとだらだら聴こえちゃうとか、ここから何か変化付けないと流されて聴かれちゃうとか――ちゃんと聴き手を置いてけぼりにしない配慮が随所に込められているからだ。
ゆえにポップですらある。
だが本人はそんなことないよ、と嘯いてそう。こんにゃろう、シャイなあんちくしょうめ!

M-01 The Adventure On My Desktop
M-02 Is Resistance Futile?
M-03 We, Mess-Age
M-04 Start It
M-05 I Wanna Show You What I'm Seeing
M-06 Unwind And Rewind
M-07 Bold Lines
M-08 Laser Diode
M-09 BSK - Miss Kimono Dancers (Himuro Remix)
M-10 Sort Of DnB
M-11 Hi!
M-12 Why Done It
M-13 If I Could Play Guitar
M-14 Me Vs Me

M-09は福岡のチップチューンソロユニット:撲殺少女工房(BSK)とのコラボ。BSK側にオリジナルトラックがないようなので、氷室があちらからトラックを貰って自分なりに仕上げたものと思われる。


2014年5月22日木曜日

HOMELIFE 「Flying Wonders」


アシッドハウスの巨人:808 STATEグレアム・マッセイが名を連ねるアブストラクト系バンド、2002年作の三枚目。
Ninja Tuneと、過去二作を出していた自己レーベルMad Waltzの共同リリース。

どうやらこのバンドを仕切っているのはアンソニー・バーンサイドなる人で、マッセイは一参加メンバーに過ぎないようだ。(後にマッセイはココの参加メンバーを軒並み引っこ抜いて、TOOLSHEDを結成する)
さてその音世界はラウンジ風(当然ジャジー)な人力ブレイクビーツ。〝あぶすとらくと〟でタグを括ったが、特有の暗さはない。日光の射し込む室内音楽といった趣き。
また、アジアンテイストの強い曲調だが、それ系の楽器はシタールくらい。むしろコンガやボンゴやマリンバやティンバレスやウクレレのようなラテン系楽器を用いたトロピカル風味も能くする。もちろん曲によっては打ち込みも絡める。

要はラウンジミュージックを軸に、勝手気ままに創ってみました! という印象。無論、土台はしっかりしているので散漫さはかけらもない。完成度も非常に高い。
惜しむらくは、オトナでハイセンスな雰囲気漂う耳触りの良い音楽性のお蔭で、聴き込むには物足りなさが残る点か。
実は、鼓膜を弾く打ち込み臭いキックを含むエディット感満載なラウンジ曲のM-07や、続く間曲代わりのM-08では、ターンテーブルを用いた生音素材の打ち込みトラックなど、面白いコトもちょぼちょぼ演っていたりする。
なお、気に留められることはあまりない模様。

ただこのさらっとした楽曲群が必要最低限の自己主張しかしないせいで、アルバムリピート率は恐らく高くなるものと思われる。BGMにもってこい。
聴き疲れしないからこそ、聴きたくなる。〝オサレ〟も悪くないモンだぜ。

M-01 Flying Wonders
M-02 Buffalos
M-03 Try Again
M-04 Seedpod
M-05 Fairweather View
M-06 Steps-Tone
M-07 Fruit Machine
M-08 D.Ex. 1
M-09 Mai Beshe Peeinal Dosta
M-10 Too Fast
M-11 Wonderley


2014年5月20日火曜日

31 KNOTS 「The Days And Nights Of Everything Anywhere」


オレゴン州はポートランドのヘンテコスリーピース、2007年作の六枚目。
引き続きレーベルはイリノイ州のPolyvinyl Records

今回は前作よりも多くのゲストを迎えている――と言っても仲間内だが。
バンドの支柱:ジョー・ヘージの別バンド:TU FAWNINGのトゥーサン・ペロー(M-01、03で金管楽器系)と、前作に引き続き参加のコリーナ・レップ(M-03、06、11でコーラス)。本作でもドラム兼任録音技師として兄弟のイアンと共に卓へ向かうジェイ・ペリッチが手掛けたDEERHOOFのドラム:グレッグ・ソーニア(M-06でギターと、本作の共同ミキサー)など。
それによる変化は……特になし。
まあ金管楽器導入は新機軸っぽいが既に演っているし、ヘージが忙しなく操るサンプリングを生演奏にしただけという見方もあるので、本当に特になし。平常運転。
ゲストを呼んだ程度で音楽性が移ろってもらっても困るが、少しは新風を吹き込んで伸びしろを見せていただかないと、なんて意見もありうる。
ここで考えてみて欲しい。存在自体が特異な音楽性をしているのに、毎回毎回あっと驚く新機軸を考える必要があるのだろうか。
いや、全く、一切、これっぽっちもない。

相変わらず曲展開やアルバム構成はごろごろ変わる。奇妙なサンプリングセンスを山車に不条理な夢を具現化したような、地に足が付けないM-02。フィンガーピッキングのベーシスト:ジェイ・ワインブレナーの妙技が存分に味わえる、ラウドなM-04。タメの使い方がクセになるM-05。一つの曲として聴いて欲しい、ギターの掻き鳴らしから明け、三者三様の火花散るバトルに発展するM-08~09。アルバムの終わりに向けて、ピアノを用いてしんみりさせにくるM-10。大聖堂で録音したかのようなラストのM-11――
この通り、剥離しそうな多岐に亘る音楽性を存在感だけで癒着しているバンドへ、他に何を試せと仰るのか。
逆に彼らにとって作品の統一感や方向性など、件の〝存在感〟とやらを全作曲の舵を取ることで背負っているヘージが有する奇天烈なセンス任せだと分かる。
ココでも書いたが、感性の勝った出来人と我々凡人では同じ景色でも映り方が違うのだ。

このある意味堂々たる風格は、もっと評価されるべきかと思う。
彼らは彼らなりに王道、金太郎飴なのだ。

M-01 Beauty
M-02 Sanctify
M-03 Savage Boutique
M-04 Man Become Me
M-05 The Salted Tongue
M-06 Hit List Shakes (The Inconvenience Of You)
M-07 Everything In Letters
M-08 The Days And Nights Of Lust And Presumption
M-09 Imitation Flesh
M-10 Pulse Of Decimal
M-11 Walk With Caution
M-12 Innocent Armour (Bonus Track For Japan)
M-13 Wrong And Why It's Not Right (Bonus Track For Japan)
M-14 The Beast (Bonus Track For Japan)

日本盤は本作でしか聴けないボートラを三曲追加し、アートワークも差し替え。
アウトテイクっぽい地味な曲だけど、捨て曲ではないのでお得。


2014年5月18日日曜日

RIOW ARAI 「Graphic Graffiti」


2011年作、大台の十枚目。
本作から、自ら立ち上げたRARでのリリース。

今回も異色作の内に入るかと思われる。何せ切れ味鋭いワンショットのブッコミが特徴の上モノ使いを、ループを立てたミニマル路線にシフトしたのだから。
M-03のように、如何にも彼っぽいベースラインをあえて寸断して短尺ループを生成し、回しっぱなしにするメソッドで、いつもとは違う匂いを感じ取っていただきたい。
そこで固定観念とやらが邪魔になるので、同時に取り払っていただきたい。
加えて、ヘッドフォンもご用意いただきたい。

さて今回、短尺ループを主音に立て、副音もループで固め、そのループの抜き差しの妙で勝負を挑んでいるかのように思える。
あらら? 日本ビート学の権威の金看板は?
いやいや、ここでヘッドフォンを。聴いていた印象ががらりと変わるので。

とりあえずいつもの左右チャンネルで音色をちらつかせる手管は、以前より控えめだがちゃんと残してある。それよりもM-05やM-07のようなスネア音色に過度のエコーを掛けたり、カットしたり、カットした残響音で拍を取ったりするダビーな創りの方が特徴的だ。
だがそれを以て新しいビート解釈! と語るのは表層的かと思う。
本作は、やけにビートが刺すのだ。
今まではアタックの強いビート音色を用いていても、刺されるような触感はワンショットの上モノが担っていた。だが今回、鈍器で殴打一辺倒ではなく、時には大剣、らしさを求めて突剣、いやらしく待ち針、と要所用途に合わせたビート音色で鼓膜を貫いてくる多角的かつ逆転の発想を用いているのだ。
おそらくスネアよりもキックの入れ方に力を入れた結果かと思われる。それよりも、ループという刺せない上モノを立てた以上、彼の持ち味である歯切れの良さを保つための結論かと筆者は考えている。
鼓膜を突き刺す鋭利なビート――ビート特化の彼らしい新たな方向性かと。

最後に、今回は恒例のイントロはないものの、終いのM-10はアンビエントで優しく締める。いろいろ音楽性は冒険するのだが、アルバム内ではこのような法則性を堅持するのも、几帳面な人柄が伺えて面白い。

M-01 Adam
M-02 Centerposition
M-03 Middleage
M-04 Beatleaks
M-05 Desolation
M-06 Regret
M-07 Stopcoolconfine
M-08 Exposure
M-09 Newstream
M-10 Graphication

なおRARで、ただでさえダビーな本作のダブヴァージョンがオンライン配信販売されている。